第11話 インスマウスの光

「ダゴン深海教団が俺を……?」


 そんな得体の知れない連中に狙われているなんて、何だか急激に寒気がしてきた。


「俺のシャーク・サモナーの力が、ソイツらにとって邪魔だってことか?」

「そうだよ。サメズ・シャクリトが持っていた海神様の加護をフィンも受け継いでいる。ダゴン復活を目論む彼らにとって君は天敵ってわけだね」


「海神様の加護って?」


 アリアは頬に指を当てて考え込む。


「うーん、言葉で説明するのは難しいなぁ……じゃあ、キスしようか!」

「なんでぇ!?」


 今の流れでどうしてそうなる!?


「ん? だって手っ取り早くあたしの知識を見てもらった方がいいでしょ。あたしたち人魚は粘膜接触で情報を伝えることができるんだよ」

「粘膜接触で?」


 そう言えば、復讐の女神のダンジョンで彼女にキスされた時、海の中の映像が頭に浮かんだ。あれがそうだったのだろうか?


 それを尋ねると、アリアは頷いた。


「あの後、君、色んなサメの知識が浮かんできているんじゃない?」

「確かに……」


 アリアの言う通りだ。

 ダルマザメとかオナガザメとか、今まで知らなかった種類のサメの知識が自然と頭に浮かぶ。

 それもアリアとの接触のおかげだったわけだ。


「あたしの知識が刺激になって君はシャーク・サモナーに覚醒できたんだよ」

「なるほど……」

「というわけで。シャクリトと海神様の加護のこと見せてあげる」


 そう言ってアリアは顔を近づけて来る。


 サメズ・シャクリトや海神様の加護のこととか知っておきたいけれど、キスをするのはなぁ。

 レミーに対して申し訳なさを感じてしまう。


 と、その時、岩礁のどこかから物音が聞こえた。そちらを振り返る。

 誰かがこちらに歩いて来ているようだ。


「ちょっと待ってくれアリアーー」


 彼女の方を見ると、驚いたことにその姿はどこにもなかった。


「あれ……?」


 今の一瞬で海の中に戻ってしまったようだ。それとも今までの彼女は俺の幻覚だったのだろうか?


 そうやって海を眺めていると、岩礁の陰から声を掛けられた。


「お兄さん、そんなところで何をしているの?」


 一人の少年が首を傾げて俺のことを覗き見ている。

 痩せている少年だ。服もヨレヨレしている。

 ポート・コルの子供、だよな?

 レミーの変装の件があるから少し警戒してしまう。


「ちょっと海を眺めていたんだ」

「一人で? 誰かと話してなかった?」

「いや、一人だよ」


 とりあえず、アリアのことは伏せておくことにした。


「ふーん、そっか」


 少年は特に気にする素振りも見せなかった。


「君は……えーと」

「僕はポール。お兄さんは?」

「俺はフィンだ。ポールはポート・コルに住んでいるのか?」


 そう問いかけると、ポールは南の方を指さした。


「ただし、北の方じゃなくて、こっちだけどね」


 どうやら、このまま岩礁地帯を南に進んだ先にも港があるらしい。


「そうなのか。俺はまだ北の方の港街しか見て回ってないな」


 そう言う俺をポールはジッと見てくる。


「ねぇ、フィンさんってもしかして召喚士なの?」

「あぁ、そうだよ」


 俺の眼の色を見て判断したんだろうな。


「じゃあ、海洋冒険者なの!?」

「まぁな」

「すっげぇ!」


 するとポールは眼を輝かせて俺のことを見上げる。

 何だか照れ臭いな。


「と言っても、最近までは雑用係みたいなもんだったけどな」


 と、照れ隠しに苦笑してしまう。


「でも、すっごいよ!」


 そんな俺に対してポールはなおも憧れの眼差しを向けてくる。


「ポールはこんなところで何をしていたんだ?」

「えっとね」


 ポールは肩に提げていた袋の中身を俺に見せてきた。


「これを集めていたんだ」


 袋の中にはたくさんの貝殻などが入れられていた。


「北側地区の装飾屋さんで買い取ってもらえるんだ。少しでもお金を稼ぎたいからさ」


 ポールの話によると、彼は最南地区にある孤児院で暮らしているらしい。

 しかし、あまり恵まれた施設ではないらしいことは、彼の話し振りから察することができた。


「まさか生活費の為に……?」


 俺がそう問いかけると、ポールは首を振って否定する。


「違うよ。これは冒険者養成所に通う為に貯めているんだ」


 と、ポールは少し顔を赤くしながら言う。


「頑張っているんだな、ポール」

「えへへ、でも今日はもう日も沈むから、孤児院に帰るよ」

「だったら送ってくよ」


 いかに港街内とはいえ、子供一人でこの岩礁地帯を帰らせるのは忍びない。


 俺とポールは彼が住む最南地区に向かった。

 その道中、俺は彼と話を続けた。


「食料とかの心配はないんだ。僕らが暮らす最南地区には【インスマウスの光】っていう団体がいるんだけど、その人達が色々と無償で提供してくれるんだ」


 このご時世にそんな慈善活動をする団体だなんて珍しい。


「みんな優しいんだ……ただ、最近派遣されてきたっていう人は少し怖いんだけど」


 その時、ポールの顔が陰った。余程その人物が怖いらしい。

 そこで俺は自分の境遇のことを話して聞かせた。


「え? フィンさんも孤児院で育ったの!?」

「あぁ、そうだよ」


 自分と同じような境遇の者が海洋冒険者に成れていることを知って、ポールは嬉しそうだった。


 かつて俺が、ジェイコブ・ステイザムから夢を与えてもらったように、ポールにも何か良い影響を、なんて柄にもないことを考えてしまう。


「俺に召喚術を教えてくれたのが、ゲオルギス大召喚士という人でさ、その人も孤児院育ちだったんだって」


 養成所では彼にとても世話になった。あの頃は決して優秀とは言えなかった俺に、親身になって教えてくれた。今の俺を見たら、彼は何というだろう?


「ねぇ、フィンさんはどんな召喚獣を呼び出せるの?」


 ポールのその質問はちょっと答えに詰まる。

 シャーク・サモナーであることはあまり言いふらさない方がいいだろう。


「あー、俺は魚を召喚できる」

「魚?」


 ポールはポカンとしている。


「あー、まぁ、ちょっと想像つかないだろうけど、色々と役に立つんだぜ」


 と笑いながら誤魔化す。

 幸い、ポールは実際に召喚してみてなどとは言わなかった。


 ◆


 ポールの住む最南地区に到着した。

 白を基調とした建物が立ち並んでいる。北側が賑やかな印象であるのに対して、こちらは静寂に包まれている。あまり人も出歩いていない。


 静か過ぎないか……?


 周りを見回していると、手前の建物から二人の子供たちが出てきた。


「あ、シーラとロイだ」


 ポールが振り返る。


「あいつらも僕と同じ孤児院で暮らしているんだ」


 二人と挨拶を交わす。

 シーラは好奇な目で俺のことを見てくる。一方、ロイの方はまるで無関心。対象的な反応だった。


 ポールが俺のことを説明してくれていると、さらに建物から別の人物が姿を現した。長身の男だ。


「あ、マーシュさんだ!」


 ポールがその男を紹介してくれた。


「さっき言った【インスマウスの光】の職員の人だよ」


 食料などを無償で提供してくれるっていうあの団体か。


「ポール、そちらの方は?」


 マーシュの問い掛けにポールは再び俺のことを説明してくれた。


「わざわざ送っていただき、ありがとうございますフィンさん」


 マーシュは頭を下げ、お礼に夕食をどうかと誘われた。しかし、なるべく丁寧に断った。北側地区で人を待たせているからと彼らには説明した。


「そっかぁ……ねぇ、フィンさん、明後日のお祭りでまた会わない?」


 ポールが恐る恐るといった様子で尋ねてくる。


 あぁ、ルルカがポート・コルの祭りが近々あると言ってたな。


「もちろんさ。一緒に見て回ろう」


 ガンネローズ姉妹と回るつもりだったが、まぁ、多いほうが楽しめるだろう。


 パッと顔を輝かせるポールに見送られて俺は最南地区を後にした。


 岩礁地帯を歩きながら、俺は先程会った【インスマウスの光】のマーシュという男について考えていた。


 あの男は俺と話している間、ずっと穏やかな顔をしていた。一見すれば友好的に思えるが、あまりにもその表情が崩れなさすぎる。


 こちらが罵詈雑言を浴びせたとしても一切その表情を崩さないのではないか? 


 まるで表情の仮面を貼り付けているような……


 それと、周りの建物の窓からいくつかの視線を感じていた。

 閉鎖的な地区だから、来訪者が珍しいのかもしれない。てか、ポールたちは普通に暮らしているようだから、俺の気にしすぎなのかもしれない。


 しかし、こうしてあの地区を離れた今も、あの視線たちが追いかけて来ているような感覚に、俺は襲われていた。

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