第9話 中級ダンジョンでのんびりハイキング
快晴の空の下、俺とガンネローズ姉妹は鬱蒼と生い茂るジャングルを突き進む。
今、俺たちがいるのは、中級の孤島ダンジョンだ。
「--でさ、ガンネローズ家の男たちってのは代々変人ばかりなんだよ。あたしらの親父と兄貴もそう」
先頭を歩くルルカが手刀で邪魔な枝を切り落としながら家族の愚痴を言う。
「そうですわね。ガンネローズ家がこれまでやってこれたのは、ひとえにお母様のお力によるモノですもの」
レミーの言葉にルルカが同意するように頷く。
「そうそう、お母様はマジで尊敬してる! フィンも会ってみればわかるよ」
彼女たち姉妹の母親は、このアサイラム王国で【薔薇の女帝】と呼ばれる結構有名な女性らしい。まぁ、二人の母親なのだからそれも納得できる。ちなみに今回の海賊からの依頼を勝手に引き受けたのは父親らしかった。今頃、母親による制裁を受けているだろうと二人は言った。
「でも、お前たちは家に戻らなくてもいいのか? 依頼も有耶無耶になっちゃったわけだし」
「そこは大丈夫ですよ」
レミーが笑顔を浮かべる。
「長期の依頼を新たに受けたことを手紙で出しましたの。いずれ、最高の報酬をお連れして参ります、ってね」
最高の報酬って……俺のこと?
「てか、それで納得するのか?」
ルルカがヒラヒラと手を振る。
「大丈夫! お母様はあたしたちには優しいんだ。兄貴には鬼みたいに厳しいけど!」
うーん、何だか話を聞いていると、ガンネローズ家の男たちがおかしくなるのはその環境のせいじゃないかと思ってしまうな。わざわざ指摘するつもりはないけど。
「にしても、いいな、家族って」
俺は家族のことを話す二人を少し羨ましく思っていた。
「フィンって孤児院育ちなんだっけ?」
ルルカが振り返りながら問い掛けてくる。
「あぁ、そうだよ。アルバトロス孤児院ってところで育ったんだ」
「ご両親のことは覚えておられないのですか?」
「うん、まったく覚えていないな」
ま、孤児院では良くしてもらっていたから、特に気にしたこともなかったけど。
「そうなんですの……けど、もう寂しくはありませんね。だって私たち、家族になるんですもの!」
レミーが目を輝かせながら言う。
まったく、気が早すぎる。
「そうだ、フィン。何なら今からでも『ルルカお姉ちゃん』って呼んでもいいんだぜ?」
「いや、遠慮しとくよ」
何だか俺たちはハイキングにでも来たかのように和気あいあいと話をしているけれど、これでもダンジョン攻略に挑戦中なのだ。しかも、並の海洋冒険者なら手こずるクラスの中級ダンジョンを。
魔物が襲って来ていないわけではない。前方から来る魔物はルルカが半自動的に殲滅していくし、後方から来る魔物はレミーが召喚している巨大な蛇アナコンダが丸呑みにしてしまうのだ。
「あ、フィン。上から飛んでくるよ」
ルルカが木々の上を指差す。そこには巨大な蜂、タイタン・ビーが数匹襲いかかって来るところだった。
「あいよ」
《簡易召喚》ファイア・シャークアロー!!
炎を纏った小型のサメが蜂たちに喰らいつき、焼き尽くす。
そんな感じで俺たちはあっという間に中級ダンジョンを攻略してしまった。
最深部にある魔石群をかき集め、冒険者御用達のクジラ袋にどんどん入れていく。この袋は見た目以上に多くのモノを収納できるのだ。
孤島ダンジョンを抜けると、目の前に錨を下ろした船が停泊している。
「んあー! 久しぶりにのんびりできたー!」
「うふふ、フィン様とのハイキングデート! 楽しかったですわ!」
二人とも大いに満足しているようだ。
てか、ホントに遊びに来たようなもんだったな。
船に近寄ると、慌てて船の操縦士が出てきた。
「はやっ! 途中で引き返してきたんですか?」
「いや、最深部まで到達してきたよ」
俺はクジラ袋から魔石を取り出して見せた。
「えぇ! 他の人達ならもう2、3時間くらいかかるのに!」
タラップを取り付けながら操縦士が驚きの声を上げる。
彼とこの船は、今俺たちが滞在している港街、ポート・コルにあるクエスト屋で雇っていた。
船を持たないフリーの冒険者は、こうしてクエスト屋で船の貸出を斡旋してもらえる。
ちなみに、操縦士が冒険者をダンジョンに置き去りにしてしまうことがないよう、【誓約の錨】という雇い主の同意なしに引き揚げることができない錨を下ろす決まりになっているのだ。
船は孤島ダンジョンからポート・コルに向けて出港した。
「なぁ、フィンはどうして海洋冒険者になろうと思ったんだ?」
船の先端付近で海を眺めていると、ルルカに声を掛けられた。
「あ、私も気になっていましたわ」
その後ろから、レミーが潮風にたなびく黒髪を抑えながらやって来る。
「俺がまだガキだった頃さ、アルバトロス孤児院にある海洋冒険者が尋ねて来たことがあるんだよ。なんでも、昔に院長に世話になったらしくてさ。孤児院にかなり寄付してくれたらしい」
俺は当時のことを思い返しながら話を続けた。
「それだけじゃなくてさ。その彼は俺たちにたくさんの冒険の話をしてくれたんだ。俺にとって冒険者は憧れの存在だったんだよ」
うんうんとレミーは頷いている。
「そのお方のお名前は何というのですか? フィン様の憧れの方ですもの、知っておきたいですわ」
俺は二人を見比べた。きっと驚くだろうな。
「彼の名前はジェイコブ・ステイザムだよ」
俺がその名前を告げると、二人は想像通り驚きの声をあげた。
「あのジェイコブ・ステイザム!?」
「最強の海洋冒険者の!?」
姉妹の驚きも当然だろう。
ジェイコブ・ステイザムを知らない者は、このアサイラム王国にはいない。なんせ彼は、あの伝説のダンジョン《ルルイエ》に到達した数少ない人物の一人なのだ。
「そうだよ。それで俺さ、無謀にも彼に言ったんだよね。俺もいつか《ルルイエ》に到達して、アナタと肩を並べてみせますって」
「うへぇ! あのステイザムに!?」
「まだガキだったからさぁ」
思い出したら恥ずかしくなる。
「でも、あのステイザムとそのような約束を交わしていたなんて、さすが私の未来の旦那さまですわ!」
興奮した様子のレミーを眺めていると、こちらまで笑みが浮かんでしまう。
まぁ、どうせステイザムもそんな約束なんて忘れているだろうけどね。それに、成長するに従って彼への航路がどれだけ困難なものなのか思い知らされてきた。
でも、今なら。
少しは彼への航路に近づけている気がするんだ。
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