第8話 航海士ウィルの後悔 その2
フィン・アルバトロスがいなくなったボルテア号は、殺伐としていた。
孤島ダンジョンへの挑戦はどれも失敗ばかり。その内何度かはダンジョンにさえ到達できていなかった。
「おいウィル! てめぇ、いい加減な航海術使ってんじゃねぇぞ!!」
デッキ上で船長が苛立たしげにウィルに掴みかかって来た。
「僕はしっかりと仕事はこなしましたよ」
「だったら何でまともにダンジョン攻略できないんだよ!?」
それはお前たちが無能だからだろうが……
ウィルは心の中でそう呟いた。
「……失礼します」
「てめぇ、次失敗したら覚悟しとけよ!!」
船長の怒鳴り声を聞き流しつつ、ウィルは船にある自室に向かった。
彼は焦っていた。と言ってもそれはボルテア号の航海が上手くいっていないからではない。
彼がダゴン深海教団のターコー司祭から受けた依頼。【シャーク・サモナー】フィン・アルバトロスを封印させること。その2度目の企みが3日前に失敗したことを知らされていたからだ。
海賊たちにフィンの情報を密かに流したのはウィルだった。
彼らにはフィンを生け捕りにするよう命じていた。そしてトラップダンジョンに封印させるつもりでいた。
その為にウィルはツテを当たって強力な傭兵集団ガンネローズ家の紹介状も手に入れていた。彼女たちの力を借りれば、まず確実にフィンを捕らえることができる……はずだった。
なのに、彼らは返り討ちに遭ったという。
なぜか雇わせたはずのガンネローズ姉妹が裏切ったらしい。
意味がわからなかった。
これもフィンの《海神の加護》のおかげだとでも言うのか?
それがどうであれ、失敗したという事実は変わらない。
ターコー司祭は決してウィルを許しはしないだろう。
今度会った時はどのような目に遭わされるか、想像しただけでウィルは吐き気を催された。
だが、幸い今は航海中である。ここでならターコー司祭に会うことはない。
この間にどうすればいいか考えよう。
ウィルは自室の扉を開いて中に入った。
「やぁ、ウィル君」
「あっ」
ターコーがいた。
ウィルの自室だったはずの部屋が、ターコーといつも会うあの暗黒の部屋に変わっていたのだ。
ウィルはすぐさま振り返って閉じられた扉を開けようとしたが、ビクともしなかった。
「人の顔を見るなりいきなり逃げ出そうとするとは、随分と失礼じゃないかね、ウィル君」
ウィルは急いでターコーに向き直る。
「あー、申し訳ありませんターコー様、突然のことで気が動転してしまいまして」
と、苦しい言い訳するウィルをターコーはジッと見つめている。
「あの、ターコー様、なぜこんなところへ?」
沈黙に耐えられずウィルはそう問いかけた。無論答えなどわかりきっているが。
「君はまたも失敗したそうだな、ウィル君」
「は、はい」
ウィルはビクつきながら頭を下げた。
「海賊を使ったそうだな?」
「はい、迂闊でございました! あのようなモノ共を使うべきではありませんでした!」
ウィルは後悔していた。
海賊どもを使ったのが間違いだった。後ろめたいことをするのなら、連中はピッタリだと考えていた。
「いや、ウィル君、海賊を使ったのは良い判断であったよ。彼らはとても使い勝手がいいからな」
ターコーはウィルの考えを見透かしたように言う。
「ただ、君は彼らの扱いを間違えたのだ。次はもっと君自身が直接手を加えなさい」
「えっ?」
ウィルは思わず問い返していた。
ターコーが言った言葉があまりにも意外だったからだ。
「ターコー様、次ということは、まだ私にチャンスを頂けると……?」
ウィルが恐る恐る尋ねると、ターコーは優しく頷いた。
「あ、ありがとうございます!」
ウィルは心の底からターコーに感謝していた。
顔を剥がされるのではないかとずっと怯えていたのだ。今、この場を無事に切り抜けることだけが、彼の最大の望みであった。
「シャーク・サモナーたちはポート・コルに向かったそうだ。あの港には我らの支部がある。彼らと協力してヤツを封印するのだ」
ポート・コル。
そこはアサイラム王国の中でも規模の大きい港の1つだ。ダゴン深海教団の支部があるというのも納得できる。
「わかりました……あの、1つお聞きしたいのですが、フィン・アルバトロスは封印ではなく、殺すわけにはいかないのでしょうか?」
ウィルには、封印するよりも殺す方が楽に思えた。しかし、ターコーは首を振る。
「それはダメだ。シャーク・サモナーは我らにとって天敵ではあるが、教団繁栄の鍵でもあるのだよ。殺してはならぬ。いいね?」
「は、はい、仰せのままに」
ウィルは頭を下げる。
「では、私は失礼します」
そう言って彼は扉に向かうのだが、そこは固く閉ざされたままだった。
「あの、ターコー様?」
「ウィル君。私はまだ君のことが心配なのだよ。また失敗するのではないかとね」
「え、いえ、そんなことはありません!!」
ウィルの背中に冷たい汗が伝う。
なぜなら、ターコーの両袖から赤いヌメヌメとした触手が這い出してきていたからだ。
「あの、ターコー様!?」
その赤い触手の1本がウィルの胴に巻き付いた。
「何をッ!?」
「特別に私の力を授けてあげようと思ってね」
もう1本の触手がウィルの顔に近づいて来る。その触手にはいくつもの吸盤が付いており、小刻みに収縮と弛緩を繰り返している。
ウィルは悲鳴を上げるために口を開けた。その隙に触手はウィルの口の中へと入って行く。そして胃の中に何かを流し込まれる感覚。
「吐き出してはいけないよ」
ターコーは笑みを浮かべながら言った。
声にならぬ悲鳴をウィルは上げ続けた。
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