第3話 航海士ウィルの後悔 その1

 フィンを置き去りにしたアフリバーク・ボルテア号の船員たちは大いに浮かれていた。

 航海士ウィルが手軽でかつ高価な魔石が手に入るダンジョンを紹介していたからだ。


 しかし、ウィルはそんな彼らを内心では嘲っていた。

 あのフィン・アルバトロスがどれほどの逸材かも知らずに置き去りにするとはとんだ間抜け共だ。


 彼らの船がこれまで順調すぎるくらいに航海できていたのは、フィンの持つ《海神の加護》のお陰だったのだ。

 航海中に極稀にしか嵐や魔物に襲われなかったのも、ダンジョン内で上級の魔物と遭遇しなかったことも、全てはそこにフィン・アルバトロスがいたからだ。


 それを知らないこの船員共はこれまで通り、無茶な航海を続けるし、自分たちのレベルに合わないダンジョンに挑むのだろう。悲惨な目に遭うことは容易く想像できる。

 だが、忠告してやるつもりは一斉ない。ウィルにとってはこんなお粗末な船がどうなろうとどうでも良かった。


 その前にウィルはこの船からおさらばするつもだった。泥船と一緒に沈むつもりはない。


 航海を終えた後、何日間か余暇ができた。

 ウィルはその余暇を利用して街のとある路地裏にやってきた。

 建物の陰に隠れるようにして古い木製の扉がある。アレが目印だ。


 ウィルは周りに誰もいないことを確認すると、恐る恐るその扉を開いた。中は真っ暗で何も見えない。


 ウィルはそっと中へと足を踏み入れた。

 そして何歩か歩くと、扉は勝手に閉まった。それと同時に青白い炎が灯り、空間が照らし出される。そこはどこかの地下室のようだった。少なくともさっきウィルが入った建物とは別の場所だ。


 これが空間転移の魔術によるものか、幻術を見せられているのか、はたまた別の魔術なのかウィルには判別できなかった。


 青白い炎の側にいつの間にかフードで顔を隠した謎の人物が立っていた。


 その人物はダゴン深海教団のターコー司祭と呼ばれている男だった。

 彼の依頼によってウィルはフィンをトラップダンジョンに置き去りにされるよう仕向けた。報酬は冒険者ギルドなんかにいても一生手に入らないような額だった。


「ターコー様、計画は成功しました。フィン・アルバトロスは復讐の女神に囚われています」


 ウィルは媚びへつらうようにターコーの様子を伺う。その陰になった顔を見ていると、何とも表現仕切れぬ不安を感じる。


「そうなのかねウィルくん? 別の者から受けた報告によると、彼はシャーク・サモナーに覚醒したそうだが?」

「え?」


 一瞬ウィルは何を言われているのか理解できなかった。


「そ、そんなはずはありません! 私が見た時、ヤツはろくに召喚術も使えませんでした!」

「私が嘘をついているとでも?」


 ターコーの冷ややかな声にウィルは戦慄した。


「いえ、とんでもございません!」


 信じられなかった。あの土壇場でシャーク・サモナーに覚醒したというのか。いっったい何をきっかけに?


 まさか《海神の加護》の恩恵によるものか?


「さて、これでは君に報酬を与えるわけにはいかないだろうな」


 ターコーの言葉にウィルは何度も頷く。


「次こそは必ずあのフィン・アルバトロスを……」

「当然そうだろうね。二度目の失敗などあってはならない」


 そう、失敗すればどうなるか? 

 ターコーには他者の顔を剥ぎ取って魂を奪う力があるという。

 自分がそうなる姿を想像して背筋が寒くなった。


 報酬に惹かれてこんな依頼を引き受けなければよかった。


 ウィルはターコーに頭を下げ続けながら、後悔の念に襲われていた。

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