第4話 シャーク・フィスト

 人魚アリアのお陰で俺はシャーク・サモナーに覚醒できた。


 あの日、俺はシャーク軍団(レギオン)で復讐の女神を食い尽くさせ、メガロドンで海賊たちを蹴散らした。

 しかし、まだこの召喚術を完全に使いこなせているわけではなかった。


 海賊たちを憲兵に引き渡した後、俺はあまりの疲労から、宿屋で2日間程寝続けてしまった。久しぶりの召喚だった上、消費魔力が大きいヤツらを連続して呼び出したせいだろう。


 だから、自分が現状どの程度の召喚術までなら無理せず使用できるのか、低級ダンジョンで腕試しをすることにした。資金も稼げるしな。


 ベッドから起き上がり、備え付けの鏡を覗き見る。

 2つの眼は、暗い海の底を思わせる紺色をしている。


「ハァ……色が戻ってる」


 俺は自分の顔を眺めながらため息を吐いた。

 一年前の召喚の義を終えた後、俺の眼はこの紺色になっていた。だけど、俺はこの色が好きじゃない。暗すぎて不安になってくる。


 だけど、シャーク・サモナーに覚醒し、初めてサメたちを召喚した後、俺の眼は晴れやかな空を思わせる水色に変化していたのだ。


 この水色の眼ってのが、自分で言うのも何だが、惚れ惚れするくらい綺麗だった。だから、喜んでいたのに今はまた紺色に戻っている。


 サメを召喚している間だけ変化するのだろうか?


 ◆


 低級ダンジョンは主に海岸沿いの洞窟などに存在している。

 海上にある孤島ダンジョンとは違って、低レベルの魔物しか生息していないから初心者向けなのだ。


 そこで、街のフリー冒険者向けのクエスト屋でパーティを組んでくれる者は探してみたのだが、だーれも俺と組みたがらない。

 頼み込んでも、みんな俺に恐怖の眼差しを向けやがる。


「き、君、この前海賊たちを引き連れてやって来た召喚士だろ?」

「あの恐ろしいサメに海賊たちを喰わせたんだって?」


 など、変な噂が流れていて、みんな俺に畏怖の念を抱いているらしいのだ。


 てか、メガロドンに海賊を喰わせた覚えはないぞ!


 勝手に話に尾ひれがついてやがる。


 仕方がないので俺はソロでダンジョン攻略することにした。

 街の南側に広がる海岸。その一角に洞窟があった。そこが低級ダンジョンの入り口になっている。

 薄暗い洞窟内へと入っていくと、天井に青白い光の玉がゆらゆらと飛び交っている。そのお陰で視界を確保することは出来ていた。


 しばらく洞窟を進むと、前方から異臭が漂ってきた。身構えて待っていると、暗がりからシーゴブリンたちが現れた。主に海辺に生息する魔物で、赤黒い顔に細く鋭い眼が特徴的だ。

 そんな残虐な目で俺のことを睨みつけながら彼らは襲いかかって来た。


 よーし、力試しにはもってこいの魔物だ。

 ソロなのはちょっと不安だけどな。そもそも召喚士は近接戦闘向きの職業ではないし。だけど、近接で戦う手段がないわけではない。


 《簡易召喚》ダルマザメ!!


 俺の両拳の前面に小さなサメの頭が召喚される。


 そのサメの頭で迫りくるゴブリンの首筋を殴りつける。ダルマザメに噛みつかれたシーゴブリンの首筋から血が吹き出す。


 名付けてシャークフィスト!


 今使った簡易召喚は、小型のモノ、あるいは大型、中型の体の一部分を約30秒間だけ喚び出すことができる。通常召喚だと発動するまでに時間がかかるが、簡易召喚は即座に発動するメリットがある。


 だから、次々と襲いかかってくるシーゴブリンどもを、シャーク・フィストの餌食にしてやった。


 シーゴブリンたちを倒しきった後、俺はさらに洞窟の奥に進んだ。


 そしてダンジョンの最深部である魔石が埋め込まれているエリアに到着する。するといきなり頭上から青白い影が襲いかかってきた。


「おわっ!」


 咄嗟に避けて見ると、そこにいたのは巨大な青白いトカゲ、シーリザードだった。


 こいつがこのダンジョンの主のようなモノだろう。


 確かこのシーリザードには炎属性の攻撃が効果的だったはず。


 ならば……


 《簡易召喚》!!


 俺の左右の空中に数匹の小型のサメが召喚される。


 さらに、


 《術式付与》炎!!


 召喚したサメたちに炎が纏われる。俺はそのサメたちをシーリザードに向かって放った。


 名付けて、ファイヤー・シャークアロー!


 炎のサメたちに噛みつかれたシーリザードは断末魔を上げながら地面に倒れ伏した。


「ようし!」


 中々いい感じだった。


 ちなみに、術式付与というのは召喚獣に魔術式の効果を上乗せする方法だ。炎、水、風、雷などの属性や、攻撃力や防御力を底上げする補助魔術などを付与することができる。

 これだけでもかなり戦術の幅を広げることができる。


 邪魔者を片付けたので、俺は魔石を回収するこにした。

 石柱に蒼い石がいくつも埋め込まれている。

 魔石だ。海に漂う魔力が地表に出て凝縮したモノ。単純なエネルギー源でもあるし、魔道具の素材にもなる。


 魔石を回収し、俺はダンジョンから出た。そしてクエスト屋で換金してもらって外に出てみると、いきなり見知らぬ男から声を掛けられた。


「君が海賊を捕まえたサメの召喚士だな?」


 声のした方を見るとスキンヘッドで少し小太りな男が立っていた。


「なんですか?」

「俺は情報屋のビリーだ。よろしくな」

「どうも」


 挨拶されたのでこちらも返すと、ビリーは手招きしてきた。


「君に関する情報があるんだが、買ってかないか? 今なら安くするぜ」


 見るからに胡散臭い。だけど情報屋の情報は信用できるという評判も聞いたことがある。何より、俺に関する情報というのが気になって仕方がない。


 ええい、安くしてくれると言うし、話を聞いてみるか……


「教えてください」


 俺はビリーが提示した金額を手渡した。

 あぁ、せっかくダンジョンで稼いだのにもう無くなっていく。


「まいど。じゃ、教えるが、君、海賊たちに狙われてるぜ」

「え?」


 突然の宣告に俺は思わず聞き返した。


「君が憲兵団に突き出した海賊たちはさ。大海賊団の一員だったわけよ。そんな彼らがたった1人の召喚士に捕らえられたなれば、彼らのメンツに関わる。だから、なんとしても君に報復するつもりらしい」


 成り行きとはいえ、海賊たちを倒して憲兵に突き出したのだから、目を付けられたとしてもおかしくない。だけど、こんなに早く大海賊団に狙われるとは思わなかった。


「大事なのはここからだ。その海賊たちはなんと、あの【マーセナリー・ガンネローズ】を雇ったらしいんだ」


 情報屋は声を潜めながら言う。


「マーセナリー・ガンネローズ?」


 どうだとばかりに情報屋は言うが、俺はピンとこなかった。


「おいおい、まさかガンネローズ一家のことを知らないのか?」

「まぁ、はい」


 情報屋はやれやれと首を振る。何だか恥ずかしくなってきたな。


「いいか。彼らは雇われ傭兵一家なんだ」


 傭兵。情報屋がこう言うのだからきっとやり手なんだろうな。


「それも今回雇われているのはルルカとレミリアの双子姉妹だ。彼女たちは一家の中でもとりわけ恐れられているんだぜ」


 情報屋ビリーは身震いしながら言った。


 どうやら、想像以上に厄介なことになってしまっているらしい。

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