第10話 後輩と歓迎会

 苺谷いちごだにくんに連れてきてもらったのは、通りのハンバーグ屋さんである。


 ああ、じゅわーっと焼き上がったチーズハンバーグカレーが、最高においしい。ビールに合う。


「こんなところで、すいません。たちばな先輩」


「いえいえ。わたしは連れて行ってもらえるなら、ファミレスでもうれしいおばさんだから。ありがとうね。予約までしてもらって」


 駅前のステーキハウスなどではない辺り、苺谷くんらしい。


「候補にはあったんですが、予約が取れなくて。かといって焼肉というのも、翌日に響くので」


 彼なりに考えていてくれたのか。


 ヘタに鉄板焼屋さんなどに行くとなると、シェフとのトークになってしまう。お酒も上品さを求められる。


「んふふ。おいしいからいいよー」


 わたしはおどけて、ハンバーグカレーを口いっぱいに含んだ。わたしはハンバーグ店といっても、今食べたいものや好きなものを頼む。カレーライスだろうが、なんでも。


「ありがとうございます」


 あらら。よけいに気を使わせたか。


 まあいい。二人で向かい合って、飲み放題のジョッキを片手に語らえばいいのだ。高級肉より、ハンバーグとポテサラをワシワシ食べているのが、わたしたちらしくていい。


「てかさぁ、ごちそうになっていいの?」


 本当は、わたしが奢らないといけない立場なのに。


「構いません。お話も、したいので」


 お話ねえ。


「ごめんねー。わけあって、歓迎会がなくて」


 こればかりはどこでもそうだが、念のために詫びておく。


「今のご時世だと、仕方ありません。それに、ホッとしています。あまり飲めないので」


「まあ、うちは無理やり飲ませる先生いないけどね」


 わたしはむりやりではなく、黒ビールにスイッチする。ああ、苦味がカレーとよく合う。気を使わない飲み会って、最高だ。


「それでさ、話って何?」


「特に重要ってわけではないんですが。最近、変な人たちが暴れているとウワサを聞きまして」


「うっ。うん……」


「騒動を止めているのが、不思議な力を持った女性だとか」


「あ、へ、へえ」


 わたしです。おそらく。


「迷惑と思ってる?」


「違います。迷惑だなんて。街の平和を守っているなら、なにも問題はありません。ただ、騒動自体がどこから来ているのか」


「どうして、苺谷くんが気にしているの? 警察のお仕事でしょ?」


 あくまでも、わたしは白を切った。


「ですが、生徒たちに危険が及ぶかもしれない。用心するに越したことはないかなと思いまして」


「わたしたちにできるのは、生徒の安全を考えるだけだよ。起きるかわかんない事情にやきもきしても、神経がすり減るだけじゃん」


「そう、ですね。すいません。熱くなりすぎました」


 苺谷くんが、恐縮する。


「生徒思いだね、苺谷くんは。そういう先生は慕われるから、その気持は大事にしよ」


「ありがとうございます。橘先輩」


三咲みさきでいいよ。特別に許しちゃう」


「はい。三咲先輩」


 若いって、いいなと思った。


 わたしはそこまで、生徒たちに情熱を注げるだろうか。過干渉だと思って、やや突き放し気味になっていないかと、自己分析する。


 とはいえ苺谷くんの場合は、少し違った印象を受けた。なにか、使命感のようなもので動いている感じがする。


「そうだ。歓迎会で思い出したけど、お誕生日会にお呼ばれしているんだよ」


 食後のチョコレートパフェを堪能しながら、話す。


「たしか、三廻部みくるべ サユさんでしたね?」


「うん。他に三人の女子が、お誕生日を迎えるそうなので、プレゼント交換会もあるみたいだね」


 あまり高価なものを渡すと、えこひいきになりそうだ。みんなで食べられるお菓子を、持っていくか。


「それにしても、富小路とみこうじくんも出席するみたいですね」


「リクくんね。三廻部さんは、あまり彼のセクシャリティなんて気にしていないみたいだよ」


「彼氏持ちですからね、三廻部さんは」



 あの娘はあの歳で、婚約者がいるらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る