第51話 風雅、審判のやり直しを求める

 


 大神官の話を聞いた後、風芽とオーダライの男たちは風芽の審判のやり直しを求める手続きを始めた。痛手は母親である天女の手記が盗まれてしまっていることだが大神官が証言をしてくれるというので、それに賭けるしかない。


 それを聞き、萌咲も自分の計画をサカキに話した。この審判会の時こそ決戦の時だと。



 一か月後、風芽の再審判が国都で行われた。風芽にとっては父親の汚名を雪ぎたいという思いと共に一区へ戻り堂々と萌咲と未来と共に暮らすことが目的だった。


 大神官の言葉と風芽の母親の手記。それらによって明らかにされた過去の事実にその場にいる者たち全員が頭を抱えた。風芽の父の不幸な死と罪のない風芽を長年苦しめてきた事実。同時に彼らに同情しながらも、事実を隠蔽して男と天女を死に追いやった当時の国都の指導者たちの罪が今、公になることの恐ろしさ。


 年配の審判員達は大神官の言葉だけでは確固たる証拠にはならないことを主張した。天女の手記が失われたことが残念でならない。


 これでも、風芽の処分を取り消すことはできないのか。


 ボーヨウやケーイチ達、そして風芽本人が唇をかんだ。


 その時一人の男が会議室に入ってきた。男を見て風芽は目を見開く。その男、タオは正装をし風芽が見たこともないような所作で礼をすると発言の許可を求める。


‟この者はいったい何なのだ。勝手に入ってきおって”


“部外者を立ち入らせるなど”


 突然の見知らぬ男の乱入に会議室はざわめきタオに退室を求める声が上がった。

 タオが議長の傍に行き持ってきた鍵付きのケースを開けながら小声で話すと議長は一瞬驚きの表情をしたが発言の許可を出した。


 タオはゆっくりとした動作でケースから一冊の古いノートを取りだした。


 まさか


‟私、タオ.イェシェンは前イェシェン領主の父より、四十年前に子供を産んだ後に失意の内に無くなった天女、カオリの手記を託されました”


 その場は騒然とした。イェシェン家は確かに隣国の領主の家系の一つだ。


“私の父は当時件の天女が落ちてきた領を治めていました。天女が隠れているのが発覚した時天女はすぐに国都に連れていかれたために直接関わり合いになることはありませんでしたが、現場の領主ということでその関係の会議には全て出席していました。ですから男性が満足な審議もなく投獄され処刑されたこと、天女の手記が見つかったのにもかかわらず秘匿されたこと、すべての事実が隠蔽されたこと、その経過を全て知っていました。事実を知りながら何も出来ず、声を上げる勇気すらなかった自分を恥じ領主という役目を退き死を覚悟で一区を離れたのです。その際に天女の手記を処分する動きがあることに気が付きせめてそれを守ろうと手記を盗み出し、将来必要になった時のために隠し持っていたのです。将来全てが明るみになった時、いや全てが明らかにされるべき時に役立てて欲しい、というのが父の遺言でした。この度”


 と、タオは風芽を見る。


‟フーガ殿の処分の見直しのための再審判が行われると聞き、父の代わりに彼の父上の汚名を雪ぐためにカオリ様の手記を証拠品として持ってきました”


‟ではあなたの御父上はもう?”


 大神官が問う。


‟父は二区では長くは生きられませんでした。私は当時十歳でしたが父と共に二区へ移住し、数年後父を見取りました”


 しばらく、場は静まり返っていた。

 だが、一人の審判員がぽつりと発言する。


‟風芽殿のご両親に同情するが、この国の秩序と未来を考えると当時の事を蒸し返すのは…”


‟確かに悲しい事故であったが今更な…”


 周りの審判員も同意する。

 その言葉に風芽もタオも怒りと失望を覚えた。どうにか激昂を押さえようと必死になってた。


 タオが地の底から響いてくるような声でつぶやく。


“悲しい事故だと?虫唾が走るぜ。だからここには戻ってきたくなかったんだ…”


 ボーヨウたちも落胆を隠せずうなだれる。





 萌咲はこの時会議室の外に立っていた。


 サカキが問う。


“モエ様、準備はよろしいですか”




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