第50話 大神官、風芽の出生の秘密を語る

 

 風芽の小屋では萌咲と風芽、大神官以外は防護服を着て台所にあるテーブルに着く。端から見ればなんとも珍妙な光景だ。未来はサカキに預けてきた。ボーヨウと風芽が大神官に会うのは二度目だったが他の人間たちは初めてで皆緊張の面持ちだ。

 そんな空気を和ませるように大神官は萌咲が入れたお茶をすすりながらにこにこと話始める。


“いやいや、期待はしていたがこんなに期待通りになってくれるとは、うれしいもんじゃの。前にここに来たのはもう二年ほど前になるか。あの時は随分頼りなげな娘のように聞いていたが、今は随分しっかりとたくましい母親になったんじゃな”


 一体どんな話をしたのやら。


 萌咲がストレスで倒れた時のことを言っているのだろう。萌咲は気恥しくなった。


‟さて、お前たち聞いてもらいたいのはフーガの両親のことじゃ”


 ここで大神官は一息つく。その表情は打って変わって硬いものになる。


‟先ずは密やかに噂されている話をモエにしよう。彼らの話はずっと醜聞として口外しないよう通達されていたのにもかかわらず、心無い噂だけが独り歩きしていた。まあ、それが中央の狙いでもあったのだろうがな。おそらくケーイチ達やフーガも幼い頃聞いただろう”


 大神官はそこにいる人間たちを見渡した。


‟四十年前、隣国の二区の野で天女が見つかった。今思えば彼女はモエと同じで、異世界から来たのではないかと思う。彼女の存在はしばらく隠されていたのだが、天女の存在をいつまでも隠しておくことなど不可能。彼女は見つかって一区に連れていかれた。この世界で天女を秘匿することは重罪だ。しかも見つかった時天女は身ごもっていてすでに二十五週に入っていた。当然男は投獄されたのだが、ろくな審議もなくすぐさま処刑された。天女は出産と同時に体に不調をきたし間もなく亡くなった”


 ここまでは萌咲が風芽から聞いた話と一致する。おそらく他の人間の認識も同じだろう。


 風芽から前に聞いた時には男は無理やり天女に乱暴したと聞いたが。

 萌咲の疑問を察したかのように大神官は続けた。


‟男が無理やり乱暴したことについて本人も天女も強く否定していたと聞く”


 その答えに風芽だけでなくそこにいる全員がはハッと顔を上げる。


“なのにどうして男性は処罰されてしまったのですか?”


 萌咲も思わず聞いてしまう。


“隣国は歴史的に刑罰が非常に厳しい国でな。この国とは少し違う。天女を半年もの間隠していたこと、その天女が妊娠していた事実、それだけで裁判すら必要ないと判断したのだろう”


‟そんな…”


“真実が判明したのは後になってからだった。天女は自分で赤ん坊を出産したがその後具合が悪くなり亡くなったが、その頃には精神的にもまともではなかったと記録にはある。だが、その後彼女が一区に保護された時に書いたらしい手記が見つかったのだ”


 ここからは風芽もボーヨウたちも知らない事実だ。


“それにはこう書かれていた。自分は乱暴などされていない。相手の男とは合意だったのだと。ここへ来た時に彼女はひどく怯えていて優しく保護してくれた男と心を寄せ合うのに時間はかからなかった。一区へ報告しようとする男を止めたのは彼女自身で自分の所為で男が罰せられることになり後悔している。そしてこの手記が男の処罰を少しでも軽いものにするための助けになれば、と”


 誰もが息を飲んで先を待つ。


“だが、男はすでに処刑されていて、その報せを聞いた天女は錯乱状態に陥ったという。そしてそのまま体調を崩し亡くなった。天女の手記は公にされることなく、それが見つかったのは天女が亡くなった後だった”


“でも、どうしてその男は犯罪者のままにされていたのですか?合意であれば亡くなった後でも、犯罪者として記録されることはなかったのでは”


 ケーイチも疑問をぶつける。そうすれば、風芽がここまで苦しむこともなかったはずだ。


 大神官は悲しそうに首を振った。


‟天女に関する刑罰は国ごとではなく国都で定められており各国共通だ。その当時の法では「強姦」はもちろん極刑に値するとある。だが、「合意」で妊娠した場合はそれに値しないと明確に書かれており、そこには「配偶者」でなければならないとは書かれていなかったのだ。正確に言えば、「配偶者」という言葉さえなかったのだ”


“え?”


そのことに大きな意味はあるのか、萌咲にはわからなった。


“配偶者システムは百年ほど前にできたシステムだ。天女たちは例外なく大人しく割り当てられた配偶者を選んでいた。だがそのシステムが確立される以前には天女が自分で二区の男を選んで配偶者としていたこともあったようだ。システムが出来上がった時、誰も法を確認しなかったのだろう”


“そんな、それならなんで”


 尚更おかしいではないか。


“天女の手記が見つかった時、誰かが法を再確認したところ「合意」であれば配偶者でなくとも罪にはならないとわかった。だが男はすでに処刑されてしまっていた。だから中央は早急に法を書き換えたのだ。新しい法には天女が国で定めた配偶者以外との間に子供ができた場合、合意であっても男には厳罰が下される、と。それでも法を改定した日付はどうしても天女の手記が見つかった日の後になる。このままでは隣国は本来処刑されるべきではない男を処刑したことになってしまう。しかもそのせいで間接的とはいえ天女までも亡くなってしまった。中央は恐れた。支配階級のミスは秩序の乱れに繋がる、と”


 風芽の顔が蒼白になっていた。手は震えている。


“だから中央の議会は事実の隠蔽を指示した。隣国では天女は男に凌辱されて気がふれた、と公表した”


”ひどい…”


‟天女は男への想いと、そしてこの世界への怒りと恨みを吐きながら亡くなったという。彼女の最後の心残りがフーガだった。彼女の望みはせめてフーガが愛する男を殺した隣国から出て穏やかに暮らすことだった。先代の総領主の配慮でフーガはオーダライ領の領主のもとに養子に出されたのだ”


 自分の名前を出され風芽は大神官を見た。


‟いくら赤ん坊に罪がないとはいえ仮にも犯罪者の子を領主の養子にするなどおかしいと思わなかったか?普通ありえないじゃろう?これは事実を公にすることができなかった前総領主の贖罪だったのだろう”


 その言葉にボーヨウも


 確かに、と頷いた。風芽がオーダライ家に引き取られてきたときにボーヨウは父親から言い含められた。この子のことは自分たちの家族だと思って守ってやらなけれなならない、と。


‟心無い大人たちの噂話でまだ幼かったお前は傷ついたことだろう。お前の母親は幸福な奇跡の天女になりえたかもしれない。彼女の不幸は周りの人間に理解と力が無かった事だ。だが、そのお前が萌咲と出会った事こそがお前の両親に導かれた奇跡なのだと思う”


 許してくれ、と大神官は頭を下げた。


 風芽は泣いていた。

 驚き、怒り、そして言葉にできない両親への想い。

 萌咲も、そして他の男たちもしばらくは何も言えなかった。


‟もう二人は亡くなってしまったのだから、と事実を隠ぺいした国の決定を黙認したわしにも罪はある。お前が罪人の子だとしてもオーダライ家に引き取られたお前は今までは大きな問題なく暮らしているようだったからこのままでもいいのではないかと思っていた。だが、モエが現れた。両親の悲劇が枷となってお前たちを苦しめている。同時にお前たちがそれに抗おうとしていることを聞いた。だからわしも今更ながら真実を明るみに出そうと思った。今となっては許しを請う資格すらないのかもしれない。だが、これだけは言わせてくれ。風芽、お前の幸せの手助けをさせてくれ”


 膝の上で握ったこぶしを震わせて声を殺して泣く風芽の腕に萌咲はそっと自分の手を置いた。


‟では、その天女の手記があればフーガさんの父親の無罪が証明され、少なくともフーガさんにも配偶者候補の資格があるという事になりますね。年齢は便宜上の枠でしかないしそれほど問題にならないはずだ”


 コーキが希望を持った声で言う。

 風芽が配偶者になる資格を持つのならば今の法律でも萌咲が妊娠したことは重い刑罰を受ける程の罪になならない。そして風芽はすでに十分以上の処罰を行けたのだ。

 


“その手記は国の機密文書保管庫の中にあったがいつの間にか消えていた。誰かが抹消したのかもしれない。わしの証言がどれだけ取り上げられるか負からないがわしは喜んで証言しよう”


 大神官はそう誓った。






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