第49話 萌咲と仲間たち、育児に励む
萌咲達の育児生活が始まった。萌咲にとって自分の生んだ赤ちゃんは特別だが、それが風芽の子供となれば愛しさもひとしおだ。だがはりきっていたのも初めのうちだけで数時間おきの授乳やおむつ交換、夜泣きなどで萌咲はへとへとだった。幸いこの世界では天女は至れり尽くせりで赤ん坊の事以外は何もしなくていいので贅沢なものなのだが。
おまけにサクやトモだけでなくオーダライの男たちもしょっちゅう国都の萌咲の住居を訪れてはサカキが発掘してきた大昔の育児情報を見ながら赤ん坊の世話を手伝ってくれる。
コーキはおむつ交換中に悲鳴を上げ、ケーイチはお風呂に落としそうになり、ジュンは胸元にげっぽり吐かれた。リョウにいたっては夜泣きしたら寝かしつけるのは僕がやる、と意気込んで泊まっていき翌朝ゾンビになってトモと共に部屋から出てきた。それでも皆赤ん坊の事が可愛くて仕方ないようで萌咲は幸せだった。唯一風芽がここにいないことを除けば。
それでもコーキなどはひっきりなしに写真やビデオをとって伝手を辿って風芽に送ってくれている。
その中でも萌咲にしかできないのが授乳だ。ようやく慣れてきた萌咲がお乳を与えている姿を近くで見られるのはオーダライ家の人間だけの特権だった。初めは端末を通して苦情を言ってきた風芽も授乳の回数が頻繁なのと萌咲があまり気にしないので家族に限り男たちがそこにいることをしぶしぶ了承したのだ。
萌咲が頭を悩ませていたのが中央の知識人たちの訪問だった。総領主とマリエはともかく医師や科学者たちが入れ代わり立ち代わり訪ねてきて赤ん坊を観察してくのだ。
“とにかく赤ん坊をいじくりまわしたくて仕方ないみたいですね。人工培養液で育った子と母体で十か月育った子の違いを見つけたいらしくて”
対応のほとんどを任せているサカキはげんなりしていた。
“サカキ先生ご迷惑かけて本当に申し訳ありません”
‟いや、いいんですがね。でもいつまでごまかし続けることができるか僕も自信ありません。モエ様はどうするおつもりですか”
“もう少しだけ…”
タイミングが大事なのだ。
医師たちが興味を持つのはわかるけど、いい加減にしてほしい。
産後と授乳で心身ともにナーバスになっていることを理由に直接訪問は極力控えてもらうように言っているのだが。
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生後十日程したころ、萌咲がぽつりと言った。
“名前がない…”
“…”
‟…”
皆沈黙した。そう言えばだれもが“赤ちゃん”と呼んでいたのだ。
‟本当に名前ないの?”
コーキがあきれ顔で訊ねる。
‟いえ、あります。あるんですが発表するのを忘れてました”
萌咲は慌ててトモにペンを持ってきてもらい紙に
未来
と書く。
“ジャジャーン!みなさん、これからこの子のことはミラと呼んでください。未来(みらい)、フューチャーという意味です”
オーダライのハズレの天女が赤ん坊を自然分娩したというニュースは世界中を駆け巡った。
萌咲やと未来の映像があちこちで流れ、未来の成長ぶりが一々ニュースになる。こういう扱いは萌咲の本意ではないのだが、萌咲はそれを甘んじて受け入れていた。
世間が萌咲と未来に注目しそれが好意的であればある程これからの計画に有利に働くのだから。
風芽の一年の拘留期間が過ぎ、風芽はファン達の村に移住したという。村の存在はあくまでも秘密であるため風芽と頻繁に連絡を取ることはできなかったが萌咲がオーダライ領を訪れた時には短い時間ながらも親子の時間を持つことができていた。
未来が生まれて半年ほどたった頃、ボーヨウが改まって萌咲を訪ねてきた。
‟大神官様がオーダライ領に来られる。ぜひお前と風芽に会いたいそうだ。あの方ならばきっと力になってくださるはずだ”
‟本当ですか?でも、それはどういう意味で?”
萌咲の問いに
‟すまないが私の口からは何も言うことはできない”
と返答は濁された。焦らされているようで不満はあったが萌咲は予想していた。
多分、風芽さんの出生に関することだ。
それから数日後萌咲は再びオーダライ領の行き、二区にある風芽の小屋で風芽と共に大神官と落ち合った。そこにはボーヨウを始めケーイチ達も同席していた。
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