第47話 萌咲、国都へ移動する

 


 実家の庭で姿を消した萌咲はまた一区と二区の境界にある大木の根元に倒れていた。それを見つけたのは二区の住民だった。ボーヨウを始めケーイチ、サカキ、おまけに中央からの使者達までもが目の前で萌咲が消えたのを目の当たりにした。そのおかげで再びこの世界に戻ってきた萌咲は更に丁重に扱われるようになった。萌咲を怒らせたあげく妊娠した天女を失ってしまった事実は大事だし、今度は自分がその責任を負う羽目になってはたまらないからだ。いつもならそんな風に腫れ物にふれるように扱われるのを厭う萌咲がそれを甘んじて受け入れていた。その上萌咲は自分から国都へ行くと言い出し、周りの人間を驚かせた。




“サカキ先生、お願いがあるんですけど”


 国都へ出発する前に検診に来たサカキに萌咲が改まった口調で相談をもちかける。


‟モエ様のお願いですか?なんだか嫌な予感しかしないんですが”


“ひどい。私って信用ないんですね。でも先生には出産を含めて面倒をおかけすることになると思います。先生を信頼して、そしてそれにこの子と私たちの未来がかかってるんです。実は…”


 萌咲の話を聞きドクターも付き添っていたサクも看護師も一瞬言葉が出なかった。

 ドクターは震える声で


 ‟わかりました。協力しましょう”


 その場にいる者は皆深刻な顔で頷いた。





 萌咲が落ち着き体調に問題ないことを確認後、萌咲はドクターサカキ、サク、トモとともに国都へ移動した。

 出発の日、サラが萌咲を見送る。サラはそのままオーダライ領に残る事になったのだ。


‟モエちゃん、本当にいいの?”


 サラは萌咲が自分をオーダライに残すために国都に行くのだと随分申し訳ないく思っているようだが、萌咲はそれをなだめて気にしないよう言い聞かせた。


“大丈夫です、サラさん。私の事は気にしないで。私が自分から行くって決めたんですから”


 また会う約束をして二人は別れた。


 国都に行き萌咲が最初に主張したことは自然分娩だった。反対されることを覚悟していたが予想外にあっさりと萌咲の意見は通った。出産までにサカキはそのための勉強、バーチャルトレーニングを行うこと、妊婦、胎児の健診結果は全て中央に報告することで許可された。決め手となったのは萌咲がすでに妊娠二十六週であることだった。この週数になってしまっては胎児を取り出すことは普通の帝王切開と同じリスクを伴うと判断されたからだ。


“まず第一関門突破”


 萌咲は独り言ちした。


“総領主夫妻がかなり頑張って皆を説得してくださったのです。今度は私たちが頑張る番ですね”


 サカキ、サク、トモが気合を入れて言った。



 ~~~



 萌咲が国都へ来て知りたかったことは、子供がどうやって生まれてどうやって育つかということだった。


 サカキと共に大きな施設に案内される。

 職員は大きなラボの前で止まるとガラス越しに部屋の中で行われていることを説明する。


“ここでは、受精卵を培養液で十週から十二週まで育てます。その中で”傷のあるものやDNAで問題があるものはより分けられます。それから残った胎児(お腹の中にいないのだから胚児とでも呼ぶべきか)を肺呼吸が可能な時期まで育つのを待ち、その後二つのグループに分けます”


“二つのグループ?”


‟はい、一区で育つものと、二区で育つものです”


‟…分ける基準はあるのですか?”


“この段階では両親が手元に引き取ることが確定している領主などの胚児、まれに二十週まで母体にいた胎児がそれに加わりますがそれ以外はランダムです。肺呼吸が開始になってから(新生児になってから)別々の施設で育てられるのです”


 淡々として説明を続ける職員に、サカキとサクはチラッと萌咲の方を見る。萌咲が動揺するのではないかと危惧したのだが彼らの心配をよそに萌咲は表情を変えることなく真剣に説明を聞いていた。


 ‟この施設はすごいですね。母親の胎内で十か月過ごす胎児が培養液の中で育つなんて”


 純粋に驚いた。

 おそらくこの世界の最高の知能と技術がここに凝縮されているのだろう。人類が生き延びるために。体外で完全に子供を育てるなど萌咲の感覚からかけ離れているとしてもそれを批判する資格などないと思った。


 別の日には萌咲達は養育施設に案内された。ここには生後(培養液から出されてから)一年から三歳くらいの幼児たちがいた。

 二十人くらいの子供たちが大きなスクリーンのある部屋の中で思い思いに動き回っている。

 三歳くらいの子の中にはタブレットを操作している子もいた。

 久しぶりにみる小さな愛らしい子供たちに萌咲は微笑んだ。


“ふふ、かわいい”


 自然とお腹のふくらみに手をやり、なでている。


“ここは一区で生きていく子供たちが養育されています。子供の知的レベルにもよりますが五歳くらいでまた別の場所に移され、学校が始まるのです”


 萌咲はふんふんと頷いた。この場所だけ見れば日本の保育園とそんなに変わらない。



 萌咲が驚愕したのは二区に行くことになってる子供たちの施設に行った時だった。


 二区にほど近いこちらの施設は先ほどよりもずっと大きい。聞くところによると人数は三、四倍いるそうだ。

 萌咲は必要ないと言ったのだが半強制的に防護服を着せられて施設に入る。まだ幼児と言っていい子供たちは庭で遊んでいた。


“仕切りはありますが、ここはもうに二区なのです”


 職員は説明する。子供たちは日に数時間、外で防護服なしで遊ばせられる。その様子だけを見ていると特に違和感はない。むしろ一区の子供たちよりも健康そうだし楽しそうだ。

 そう思いながら眺めていた時、一人の子供が倒れた。すぐさま防護服を着た大人が駆け寄り子供を連れて別の建物に入って行った。


‟あの子は?具合が悪いんですか”


‟こうやって一日数時間外で遊ばせてだんだん免疫をつけていくのですが何割かの子供は耐えられずに具合が悪くなってしまいます”


‟じゃあさっきの子は”


‟おそらく熱が出たのでしょう。隔離施設に収容します”


“そこで治療するのですか?”


‟はい…もちろん”


 歯切れの悪い返答に萌咲は不信感を持った。


“さっきの子が入って行った建物に案内してもらえますか?”


 萌咲はあくまでも平静を務めて頼んだ。あまり乗り気のしない様子だった職員も仕方なさそうに案内する。

 そこは病院だった。

 一部屋に四つのベッドがあり子供たちが寝ている。点滴をされ、モニターで監視されているが部屋に大人は誰もいない。

 驚いたのはその人数だ。建物のほとんどが病室といってよくそれに反して医者や看護師といった職員は極端に少ない。子供たちの様子はすべてモニターで監視されているようだ。

 何も言えずにガラス越しにベッドに寝ている子供たちを見つめる。


‟感染症にかかった子供たちはここで抗生物質を投与され回復するとまた元の施設に戻されます”


‟この子達のどれくらいが助かるんですか”


‟…出生時の時にこちらに連れてこられてからですと、約半数です”


 それは、約半数が死んでしまうということか。こんな小さな子供たちが苦しくとも手も握ってもらえず死んでいくというのか。

 一区の子供たちの三倍もの人数がこちらに連れてこられる理由。


‟ここで生き残ることができて免疫をつけたものが二区へ行くのです”


‟さっき倒れた子のところへ行くことは”


‟お控えください。普段ならいざ知らず、落花様は妊娠されいているのです。子供たちは皆何らかの感染症にかかっています”


 言われなくともわかっている。ただ、熱で苦しんでいる子供の手を握ってあげたかったのだがそれは一時的な慰めにもならないだろう。


 息が苦しくなるような気分の悪さを覚え、疲れを理由に萌咲はその場から離れた。

 吐き気がするような憤りを覚えたが萌咲はこらえた。この世界の在り方を非難するのは簡単だ。理不尽だと責めることも。でも、ではどうすればいいのかと聞かれてもそれに答えることは萌咲にはできない。

 必死で気持ちを落ち着け、萌咲はこれから生まれてくる子供の事を考えた。


 懲りることなく萌咲は二区の年長の子供たちの施設も見学した。ここでも外気に慣れるプログラムは続けられ、抵抗力をつけてきたせいか子供たちは健康そうな肌をしており体も大きい。そこまではよかったのだが、座学を見学して萌咲は言葉を失った。

 そこで行われていたのははっきり言って洗脳だった。一区と二区の違い、そこに住む人間の立場の違いを徹底的に叩き込まれるのだ。免疫力があり体格的に一区の人間よりも優れている二区の住民には一区の人間に従うべきという教育が子供のころからされているのだ。

 萌咲がファン達の村に行ったときに感じた二区の人間達と村人たちとの違いの原因がここにあったのだ。


‟モエ様、大丈夫ですか”


 家に戻りぐったりとソファに体を沈めた萌咲にトモが心配そうに話しかけた。


“あーもう!大声で叫びたい気分だった”


 萌咲が顔を両手で覆う。


“わかってるの、わかってるのよ。仕方がないことだって。だけど”


 萌咲は声を殺して泣いた。


“モエ様、今はご自分とお子様の事だけ考えてください”


 サクも萌咲の手を取り気遣ってくれる。


“ありがとう。もともとそのための情報収集だったんだけどね。思っていた以上に衝撃的だったから”


 でも、ここで子供がどうやって育てられているか知るのが目的だったから、それは達成されたわ。


 その後萌咲は定期的に一区の子供たちの施設を訪れるようになった。本を読んで聞かせたり、一緒に遊んだりするだけだったが子供たちは思いのほか萌咲になついて彼女の訪問を喜んだ。それが今の萌咲に出来る精一杯だった。










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