第45話 萌咲と風芽、つかの間の逢瀬

 

 萌咲が小屋の扉を開ける。小屋の主は長く不在で小屋は使われていないはずなのに埃っぽくもないしきれいに片付いている。誰かが掃除をしてくれていたのだろうか。

 萌咲に付き添ってきてくれたノリアキが


‟それでは、私はこれで”


 と言いバタンと扉を閉めた。

 萌咲は静かな小屋の中に佇みテーブルに手を這わせ滑らかで冷たい手触りを楽しみながら、反対の手でさすがにポッコリとふくらみが感じられるお腹をなでる。この小屋で過ごした時間はそう長いものではないがどこよりも懐かしく感じた。


 風芽さんの匂いがする。


 その時背後に人の気配を感じて萌咲はびくっと体を硬直させた。気配がすっと近づいてきて長い腕を萌咲の体に回した。


“!”


 振り向いた先にあるのは、恋焦がれて止まない男の顔だった。厳しい生活をしていたのか輪郭が少しシャープになり肌も前より浅黒くなっている。それでも不健康そうには見えず以前より精悍になっている。


‟風芽さん”


 それ以上の言葉は出なかった。風芽も黙って萌咲を強く抱きしめた。



 萌咲は体を回し風芽に向きあうと両腕でそのたくましい体にしがみついた。

 会いたかった。いつも、どこにいても考えるのは風芽の事だった。

 しばらくそうしていたが、風芽がそっと萌咲のお腹に手を当てた。


“大丈夫なのか”


 誰が、とは問わなかったが萌咲はこくんと頷いた。

 妊娠二十六週。今は安定期とはいえ妊娠してからの約半年、風芽と引き離されたり、異世界間を行き来したりと心身ともに衝撃的なことづくめで胎児が問題なく育っているのが不思議なくらいだ。萌咲も健康そのものと言っていい。


“良く帰ってきてくれた。お前が突然消えたと聞いたときは目の前が真っ暗になった”


“元の世界に戻ってしまっていたんです。でもどうしてもあなたの傍に戻ってきたかったから”


 正直言って萌咲が異世界を行ったり来たりしている原因がわからない。場所なのか、萌咲なのか、それともほかに要因があるのか。だいたい萌咲が戻ってきたいと思たからと言って戻ってこられるものでもない。普通なら。


 風芽に促されて椅子に腰を掛ける。

 実際は椅子に腰を掛けたのは風芽で萌咲は風芽の膝の上だ。少しでも放したくないというように風芽は萌咲の腰をしっかりと支える。


 恥ずかしいけど誰もないし、私のくっついていたい。


‟家族に会いました”


“そうか”


 風芽はさすさすと萌咲の腹をなでながら答える。


‟家族に風芽さんの事を話しました”


‟お前の家族はなんて言ってた”


‟驚いてました。特に両親は。父と同い年なんですから”


 萌咲はくすくす笑う。風芽は眉をしかめる。


“…それは驚くだろうな。反対されなかったか”


 萌咲は首を横に振る。


‟初めは不倫じゃないかと思ったみたいだけど”


‟…こっちに戻ってきてよかったのか”


‟家族に会えてすごくうれしかった。みんなとても心配してたし家は居心地よかった。それに、向こうに戻る前は、私すごく怒ってて初めてこの世界が嫌いだと思った”


“そうか”


 風芽が萌咲を抱く手に力を込める。


“でも、桃が、妹が言ったんです。私も赤ちゃんもきっとパパに会いたいよって。だから私、こちらに帰ってくるって決めたんです。どうやったら戻れるのかわからなかったけど、帰るって決めたんです”


 風芽は萌咲の頬に手を当てて目を見つめる。


“ありがとう”


 戻ってきてくれて。


 そっと唇が触れる。

 何度かついばむような口づけを繰り返しながら風芽の手が萌咲の存在を確かめるように頭、背中、腕と移動する。

 口づけが深くなった。萌咲も風芽の首に腕を回し口づけにこたえる。


‟ん…”


“その…どこまでしてもいいんだ?触れるだけなら大丈夫か?”


 ためらいながらに萌咲に聞いてくる。


 それって、やっぱり、あれの事よね。


 問いの意味を理解して萌咲は真っ赤になった。


“やさしく、ゆっくりなら、大丈夫です。最後までしても”


 小さな声で答える。


 念のために向こうでいろいろ勉強してきた。

 具体的ににこういうことを口にするのは恥ずかしいが大事なことなので萌咲はいろいろと注意事項を並べた。


“わかった。ベッドに行こう”


 風芽が萌咲を抱きかかえる。


 うれしそう。


 こんなに口元が緩んでいる風芽を見るのは初めてだ。


 ちょっとスケベっぽいかも。


 そっとベッドに降ろされ背中を支えられながら押し倒される。口づけをしながら風芽の手は萌咲の胸元のボタンをはずし始めた。

 体を重ねたのはファン達のところに保護された時だけだが、不安はなかった。


“大丈夫か”


 と風芽の方が気遣ってくれる。

 真っ赤になっているだろう自分が恥ずかしく萌咲は顔を少し背ける。


‟萌咲、顔を見せてくれ”


 風芽の大きな手が萌咲の頬に触れて優しく正面を向かせる。


“今度会える時までお前を目に焼き付けておきたいんだ”


 そうだ。恥ずかしがってる場合じゃない。


 無駄にする時間は一瞬たりともないのだ。今この時がどれだけ大切で愛しいものなのか思い出し風芽を見つめる。深い茶色の瞳。少し伸びた髪。顎から首にかけてのライン。


 ああ、風芽さんってやっぱりかっこいいんだな。


 手を伸ばして風芽の頬から鼻、唇をなでていくとその指を取られチュッと口づけられる。


‟ふ…”


 萌咲が吐息を漏らす。

 風芽は萌咲の耳元に唇を寄せ


‟愛してる…”


 とささやいた。

 これから起こることに羞恥と期待を覚えながらこくりと頷き萌咲は目を閉じた。

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