第42話 萌咲、怒りのあまり実家に帰ってきました



 フーガがオーダライ領を去ってから数日が経った。

 ボーヨウがドクターと二人の見知らぬ男たちを伴って萌咲の部屋を訪れた。そこには萌咲の部屋を訪れるのがすっかり日課になったサラもいた。


“モエ、サラ、話がある”


 萌咲は怪訝な顔でボーヨウを見上げたが、サラはビクッと体をこわばらせた。


‟モエ、お前は体調も優れないようだし安全を期して早めに中央の病院に送られることになった。これからすぐ出発してもらう。二十週になったら赤ん坊を取り出し養育施設で育てることになる。サラ、お前はオーダライ領から別の領に移動してもらい、そこで新たに配偶者を選ぶことになる”


 言いながらボーヨウの表情は硬い。萌咲とサラはは驚愕に真っ青になった。ケーイチが部屋に駆け込んでくる。


“おじさん、なんで!今更サラをよそにやるなんて。しかもこんなに急に”


‟これは先ほど届いた中央の決定だ。モエが戻ってきた今、一つの領に二人の天女がいるのは不平等だ。移動するなら早い方がいい。萌咲は出産後、改めてここで配偶者を選んでもらう”


 ボーヨウとともに来た白衣の男が無表情で答える。


 そんな、お菓子の分配じゃあるまいし、こっちに余分にあるから隣に分けましょうとか、そんな簡単に割り切れるものじゃない。


 サラが涙をためた目で縋るようにケーイチを見つめる。唇は震え何も言葉にならない。


‟信じられない…”


 萌咲がスカートを握りしめる。怒りで頭が爆発しそうになった。


‟何で…なんでそんなことができるの?”


‟モエちゃん…”


 サラの両目から涙がはらりと落ちる。


‟赤ちゃんを二十週で取り出す?冗談じゃないわ。そんなことさせない。サラさんを他所に移す?彼女はもうケーイチさんって決めてるのよ。そっちの都合で勝手にきめないで!”


‟落ち着きなさい。妊婦にあまり鎮静剤は打ちたくない”


 冷ややかな声でそう言いながら、ボーヨウの後ろに控えていた男たちは萌咲に近づいてくる。力づくで連れて行こうというのか。手首を掴まれて萌咲は振りほどこうともがく。男が目配せするともう一人の男が手に持っていたケースから注射器を取り出す。


‟乱暴はしないでくれ”


 ボーヨウが萌咲をかばおうとして手を伸ばす。

 男の手が緩んだ一瞬に萌咲は手を振りほどいて走り出した。部屋から飛び出し、階段に向かって走る。


“こんな世界で子供なんて産めない!産みたくない!”


 叫んだ瞬間に萌咲は振れを感じた。足元が揺れる。


“モエ!危ない!”


 ボーヨウとケーイチが同時に叫ぶ。


“きゃあ!”


 萌咲は数段降りたところで足を踏み外した。


 落ちる!


 体が宙に浮く。


 衝撃を覚悟したがそれを感じる前に意識が遠のいた。



 ~~~



“萌咲‼萌咲!目が覚めた?”


 懐かしい声が聞こえる。


‟お母さん…?”


 目を開くとそこには夢にまで見た母と父の顔があった。二人とも泣いている。


‟萌咲、心配したのよ。よく無事で…”


 母に強く抱きしめられる。


 ‟お母さん、私は…?”


 ‟あなたは突然いなくなって半年も行方不明で、昨日家の前で倒れてるところを発見されたの”


“一体どこにいたの?それにあなた、にん”


‟紗月、今は萌咲が無事だっただけでいいじゃないか。萌咲が落ち着いたらゆっくり話そう”


 色々と訊きたそうな母の言葉を遮り父が萌咲に微笑みかける。


 ‟まずはゆっくり休みなさい。桃たちも会いたがってる。お前が良ければ病室に呼ぶけど、いいかい?”


‟うん、会いたい”


 萌咲は涙ぐみながら頷く。そしてハッとした。


“赤ちゃんは?赤ちゃんは大丈夫?!”


 私階段から落ちたんだ。もしかしたら


‟落ち着いて、萌咲。赤ちゃんは大丈夫よ”


 ほっとする萌咲を両親は複雑そうに見たが、何も言わなかった。


 兄の颯真に連れられて桃と拓がやってきた。桃は萌咲に抱きつくなりわんわん泣き出した。


“萌咲ちゃん萌咲ちゃん!どこ行ってたの?!”


“そうだよ、みんな心配したんだからな”


 拓も目を真っ赤にして怒ったように言う。


“ごめんね、何が起こったのか私もよくわからないの”


‟体は…大丈夫なのか?”


 父似の優しい兄がそっと萌咲の肩に手を置く。


“うん”


 萌咲も泣きながら頷いた。


 優しい家族。自分の常識が通じるこの世界。


 帰ってきたんだ。


 萌咲は身も心も疲れ果てていた。


 萌咲は一晩病院に観察入院することになった。面会時間が終わったので子供たちを家に帰した後、萌咲の両親は眠りについた萌咲を病室に残して病院の食堂に来ていた。セルフサービスのお茶を飲みながらしばらく二人で黙り込む。


‟萌咲が行方不明だったのは半年。そして今妊娠十週。一体どういうこと?萌咲に恋人がいたなんて気が付かなかった”


 母の紗月がカップを握りしめてつぶやいた。


 母親失格だ、と自分のうかつさを責めずにはいられない。


‟僕たちに言わなかっただけで恋人がいたのかもしれない。萌咲だって全くの子供ってわけじゃない”


“子供よ!まだ十八よ?まさか、言えないような人と付き合って妊娠したってこと?だから黙って家を出た?”


‟でも、帰ってきた”


‟相手の人とうまくいかなくて戻ってきたのかもしれないじゃない!”


‟紗月、先ず落ち着こう。僕たちだけで憶測ばかりしても仕方がない。萌咲が落ち着いたらきっと話してくれるよ”


‟…そうね…”


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