第41話 風芽、一区より追放される
二日後ボーヨウは国都に出発することになった。ケーイチも審判会に出席を認められた。
‟ボーヨウさん、私も行ってはいけませんか”
‟モエ…”
ボーヨウも他の男たちも困惑気味に眉を顰める。
‟お前が来てどうするというのだ”
‟わかりません。でも、ここで結果を黙って待っていられません”
思いつめた表情の萌咲にボーヨウはため息をつく。
‟仕方がない”
わかってくれたのかと顔を上げると
“確かに、ここにおいて行くのは私も心配だ。またお前が何がしでかさないかと”
信用されていないだけのようだ。
結局ボーヨウと風芽、萌咲、サクとケーイチ、ドクターとともに国都へ赴いた。この二日いろいろ考えたが打開策は見つからなかった。いずれにしても審判会の結果が出ない事にはどうしようもない。萌咲にはボーヨウ家の男たち諦観の様なものが感じられ、それが不安だった。
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会議室には各領の代表たちと医師たちがコの字型に席についており風芽は中央に向かい合う形で座っていた。萌咲は隣の部屋からマジックミラーから見る様な状態でスクリーンを眺めていた。
本当に裁判みたいだ。
俄かに緊張してきた。
最後に総領主が議長席に入ってきて審議会は始まった。
話し合いというよりは淡々と事実が述べられ、前例や法律に基づいて風芽の処罰が決められていく。大体ボーヨウが予想していた方向に結論が向かっていった。萌咲に関してはいろいろと意見が飛び交ったが、風芽に関しては役職の罷免、罰金、追放という結論になりそうだった。ボーヨウも風芽も何も言わない。最後に萌咲は中央の病院に収容され体調を鑑みながら二十週程度で胎児の摘出、となった。
この時点で萌咲は我慢ができなくなり隣の会議室に駆け込んだ。
‟あんまりです!ひどい!あなた方は私を、私たちを何だと思っているんですか!”
突然萌咲がいきなり駆け込んできたのにその場にいた誰もが驚いた。
‟萌咲、よせ“
風芽とボーヨウが小声で止める。興奮する萌咲の肩を追いかけてきたサクが抱きかかえる。
‟なんてことだ。天女がこんなところに怒鳴り込んでくるなんて”
‟彼女が例の…”
‟ああ、ハズレという…”
‟オーダライも手を焼いてるようだ”
‟妊娠すると興奮しやすくなると文献にあったがなるほどこういうことか”
普段は天女にへりくだるような話し方をする神官たちでさえ萌咲を奇異の目で見てひそひそと話始める。
‟サク、早くモエを連れていけ”
ボーヨウが硬い表情でサクに命じる。
‟私たちは何も悪い事なんてしていないのに”
尚も言い募る萌咲をサクが隣室に連れ戻す。
‟モエ様、落ち着いてください。お腹の子に触ります”
サカキに諭されて、そこで初めて萌咲が反応した。沸騰した頭と煮えくり返っていた腹を深呼吸することによって治めていった。かわりにぽろぽろと涙がこぼれてくる。
なんでこんなことになったんだろう。皆は風芽を軽率だと責めるが萌咲だって望んだことだ。どうして決められた相手じゃなければ罪になるんだろう。どうして妊娠したことが罪になるんだろう。どうして皆、風芽まで言いなりになってるんだろう。
初めてこの世界が嫌で嫌でたまらなくなった。
萌咲の行動は妊娠初期の情緒不安定によるものとされ、審判会にまで連れてきたボーヨウは厳しく注意されたが特に罰則は与えられなかった。萌咲の乱入で一時ごたついたが会議は予定通り終了し風芽の処罰はそのまま決定となった。
オーダライ領に戻ってきた風芽は着替え数着と簡単な身の回りの物をカバン一つに詰め出発の準備をした。
囚人が送られるという二区にある労働場で一年収容された後解放される。解放と言っても一区およびオーダライ領には立ち入り禁止、大抵の一区の住人にとっては緩やかな死刑宣告にも等しいほどの厳しい刑だが風芽にとってはそこまで重い刑には当たらない。仮にもオーダライ領主の弟で軍でもそれなりの地位にあった風芽への温情なのだろう。
追放前に風芽は数日オーダライに帰宅を許されのも総領主とマリエが口添えがあったらしい。
出発する前日の夕方、萌咲と風芽は二人で大木の下に来ていた。しっかりと手をつなぎお互いの目を見つめ合う。
‟今はどうすることも出来ない俺を許してくれ。だが俺は死なない。生き延びて必ずお前と子供のもとに帰ってくる。本当だったらお前を連れて逃げたいが今はお前と子供の安全が第一だ。分かるな"
わかっている。この世界で妊娠したままで逃亡生活は無理だ。
‟私も頑張ります。あきらめずに必ず会えるって信じてます”
審判会に行ってきてからぐずぐずと泣いていたのは一晩だけ。萌咲は必死に笑顔を作って風芽に応える。
風芽が握りしめていた手をほどいて萌咲をしっかりと抱きしめた。萌咲も力いっぱいフーガを抱きしめた。
‟愛してる”
‟風芽さん、私はあなたに会えたからこの世界に来てよかったって思えるんです。私もあなたを愛してる”
翌朝、風芽は護送車に乗りオーダライ領を去って行った。萌咲は部屋にこもって見送らなかった。
トモが
‟モエ様、フーガ様が出発されますよ”
と声をかけてくれたが、ゆるゆると首を振り
“もうお別れは済んだからいいの”
と部屋から出ようとしなかった。
罪人のように車に乗せられていく風芽の姿を見たくなかった。
しかし、バタンと車のドアが閉まりエンジンの音が聞こえてくると、萌咲は思わず立ち上がり部屋から飛び出した。
風芽さん!
もしかしたらもうこっれっきりになるかもしれない。もう一目。
‟モエ様”
‟モエ”
風芽を見送っていたケーイチ達とサクが萌咲を振りかえる。だが、護送車はもう出発していた。階段の手すりに縋りついたまま萌咲は泣き崩れた。
‟ああ…”
トモが萌咲の肩を抱いて部屋に連れ帰る。真っ青な萌咲を見て誰かがサカキを呼んだのだろう。ベッドに横になってしばらくするとサカキが部屋に入ってきた。萌咲の診察をし、ごく軽い鎮静剤を打たれて萌咲は眠りについた。
目を覚ますと傍にサラが座っていた。
“気が付いた?”
"サラさん”
‟まだ横になってた方がいいわよ。顔色悪いわ”
心から心配そうにしてくれているサラをみて萌咲の涙腺がまた緩む。
サラが萌咲の手を握った。
“モエちゃん、あなたに謝りたかったの。あなた、風芽さんの事が好きだったのね。私ったら知らなくてここに来た時無神経なこといっぱい言っちゃったわね”
‟そんな…サラさんが謝ることなんて何もないのに”
‟両想いになれてよかったわね。それなのにこんなことになって…”
萌咲に同情するサラこそ顔色が悪かった。
フーガがいなくなって数日、萌咲はすっかり元気をなくし部屋にこもりがちになっていた。当然、二区にも行くこともなくなった。
こうして引きこもっていたってどうにもならないのは分かっていても気力がわかなかった。
自分は間違っていたのだろうか。言われるままに反論もせずに萌咲を置いて行った風芽をすら責めたくなった。
それほど気にならなかった悪阻ももう十週目に入ろうというのに返ってひどくなっていた。萌咲はベッドに横になってウトウトしてることが多くなり、そして家族の夢を見る。
帰りたい。
そんな事ばかり考えていた。
妊婦そのものに慣れていない周りの人間たちは萌咲を腫れ物のように扱い、オーダライ家の空気は重いものになっていった。
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