第40話 萌咲、この世界で風芽を選んだことの意味を知る

 

“風芽さん、処分てどういうことなんですか”


 風芽は萌咲のベッドに腰を掛けて萌咲の手を握る。


“説明する前に先ず、これだけは知っておいてほしい。俺は子供ができたことがとてもうれしい。同時に俺達と子供にこれから大きな試練があるのも事実だ。俺はそれを知っていて、お前を抱いてしまった。後悔はしていないし覚悟もしていたつもりだがこれからの事を考えるとお前には済まないと思っている”


 低いがはっきりとした口調に萌咲の気持ちも落ち着いてくる。


“前にお前にも話した通り、配偶者候補以外との性交渉は厳禁、つまり違法だ。まして妊娠させたとあっては厳しい処分が下される可能性が大きい”


“違法…”


 その響きに反発を覚える。愛する相手との間に子供ができる。それが違法になるなんて…


“じゃあ、私達はこれからどうなるの?”


“お前は知識もなくこの世界に来たからともかくとして俺は責任を問われるだろう。定められた配偶者候補でもないから更に悪い。強姦罪とまではいかなくてもそれに近い罪に問われる可能性もある”


“そんなばかな…合意なのに?”


 簡単には許されないとは聞いていた。でも頑張って説明すれば理解してもらえると思っていた。だが、合意なのに犯罪行為になるなんて。


“中央の審判会でどのような判断が下されるかは俺もわからん。俺にとって心配なことはお前と引き離されること、そしてお前と子供が引き離される可能性があることだ”


“そんなの絶対にいやです!”


 萌咲は風芽に抱きついた。

 どうしてこんなことが罪になるんだろう。おかしい、絶対におかしい。




 風芽とともに帰宅した萌咲をケーイチとコーキは暖かく迎え入れてくれた。


“僕達は何があっても二人、ううん、三人の味方だからね”


 コーキが萌咲の肩を抱いて頬にキスをした。そしてあきれ顔で


“それにしてもフーガさん、行動早すぎ”


 と風芽を見て目をすがめる。風芽も憮然としているがきまりが悪そうなのは隠せない。

 ケーイチも、気分は大丈夫かい?と萌咲の手を取ってソファーに座らせる。


“でもさ、こんなに早く妊娠するっていうのもすごいよね。やっぱり萌咲は特別だよ”


 コーキは興奮気味に言う。

 だが、ボーヨウとその息子たちの表情は硬い。


‟フーガ、お前はなんと早まったことをしてくれたんだ”


‟迷惑をかけることになって済まない、兄さん”


 風芽も殊勝に頭を下げる。


‟誤解のないように言っておくが私はお前たちの気持ちは尊重したいと思っている。だが、物事には順番がある。いろいろな問題を一足飛びにしてこんな事態になってしまっては中央の審判会で頭の固い連中を説得するのは厳しいぞ”


 ボーヨウが口にした審判会、という言葉に空気が一気に重くなる。


“ボーヨウさん、それはいつどのように行われるんですか”


 萌咲が尋ねるとボーヨウは口調を緩めて答えてくれた。


“今日総領主に報告がいったから一週間以内に招集がかかるはずだ。各領の代表十二名と総領主、ほかに医師団から数名、法家数名が参加して、お前達の処分を話し合うことになるだろう”


“兄さんの予想ではどうなると思う”


 風芽が訊く。


“前例が無いからな。だがお前は厳しい処分を覚悟しておいた方がいいだろう。役職からは外され、一区から追放。萌咲は中央へ保護されに出産まで経過観察となり、出産後は子供は保育センターに行く。萌咲は新しい配偶者を選ぶことになる。そんなところか”


‟な…”


 淡々として言うボーヨウに萌咲は絶句した。


‟何でそんな風にいえるんだよ!萌咲の気持ちとか全然考えてないじゃないか!”


 リョウが叫ぶ。


“それが予想される結果だと言ってるだけだ”


 ボーヨウも暗い顔で言う。


‟こうなる事は予想できたはずじゃないか!いつも冷静なフーガおじさんが何でこんな…”


 ジュンが珍しく声を荒げる。


“済まない”


 風芽はそれだけしか言えなかった。


 それまで蒼白な顔で話を聞いていた萌咲の体がぐらりと揺れた。


“モエ!”

‟萌咲!”


 誰かの声が自分の名前を呼ぶ。

 誰かの手が自分の体を支える。


 でも、もう何もわからない。何も聞きたくない。





『萌咲、あなた、お姉さんになるのよ』


 外出先から帰ってきた母が萌咲を手招きする。


『え?それって』


『ふふ、お母さんに赤ちゃんができたの』


『ホント?ほんと?うれしい!』


『それもね、二人』


『えー!双子ちゃん?すごい!いつ生まれるの?早く会いたいなー』


 萌咲は屈みこんで母のお腹に頬を当てた。


『お姉ちゃんですよー早く出てきてね』


『やだわ,萌咲、まだ半年以上先よ』


 母は萌咲の頭をなでながら幸せそうに笑っている。


『萌咲はきっといいお姉ちゃんになるわね』


 母の笑顔は最高に美しかった。



‟お母さん”


 懐かしい母を呼ぶ自分の声で目が覚めた。それが夢だったことに気が付いて涙がこぼれてきた。


 あれは萌咲が十歳の頃の夢。

 愛しい人の子供を妊娠する。本来ならば人生で最も幸せなことの一つのはずなのに、違法だと責められる理不尽が悲しかった。


 そして風芽はどうなってしまうのだろう。彼は罰を受けるのだろうか。離れ離れにされてしまうのだろうか。




 その頃ケーイチはボーヨウの部屋を訪れていた。


“父さん、聞きたいことがあるんですが”


‟なんだ?改まって”


‟フーガさんの事です。彼の生い立ちについて本当のところを教えてください”


 ボーヨウの眉がピクっと動く。


‟お前は何をどこまで知っている?”


‟噂だけです。彼の父親が無理やり乱暴して天女に子供を産ませたという、大人たちの噂をずっと前に聞きました”


‟…それは、ある意味、いや半分は間違ってはいない”


“?それはどう云う意味です?”


 ボーヨウはため息をついた。


‟だいたいなぜ今そんなことを聞く”


‟フーガさんは今までずっと自分には天女の候補者になる資格がないと言い続けてきました。その彼が今回こんな行動を起こすほど真剣に萌咲の事を愛しているんです。出来るなら応援してやりたいんです”


 その言葉にボーヨウはしばらく考え込んでいたが、


‟私の口からは全ては言えない。だが、フーガが覚悟を決めたのなら…望みは大神官だけだ。彼ならばなんとか審判員たちを説得してくださるかもしれない”


 だが、大神官は常に放浪しており今どこにいるのか確認するところから始めなければいけない。それに彼は少し変わり者で頼んでもすぐ来てくれるかどうか。


ともかく今は審判会の事に集中するしかない。




 

 

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