第39話 萌咲、懐妊する

 

 萌咲達が一区に戻ってきてからしばらくは平穏な日々が続いた。萌咲が受けたであろう精神的ストレスを考慮されて配偶者選びに関してはせっつかれることもなくのんびりと過ごさせてもらっていた。風芽は怪我の治療とリハビリのために医療施設に毎日行かねばならず、同時に職書類処理のための職場行きとでそれなりに忙しくしていた。


 そんな中、萌咲はサラと親交を深めていたがなぜかアキがちょいちょい見舞いに来ていた。


 ‟僕はね、ジュンをあきらめてないよ。だけどそれとこれとは別。萌咲は僕の友達なの。だから遊びに来てあげてるんじゃない”


 感謝しろとばかりにのたまわる。

 あわよくばジュンとよりを戻したいという思惑を隠しもせず、それでも遊びに来ると萌咲のところに入り浸ってお茶をしながらおしゃべりに花を咲かせていく。


 憎めない人なのだ。


 サラはサラで萌咲が帰ってきたことでまた自分がどこかへ移動させられるんじゃないかと不安はあるだろうにそれを口にすることなく穏やかにふるまっている。


 なんだか私の所為でいろんな人たちが振り回されているなぁ。


 異世界に飛ばされ、強制的に天女の役割を担わされ、自分の人生はとんでもないことになってしまったと思っていたが、その自分の所為で迷惑をこうむっている人達がいるのだ。申し訳なく思うが今の萌咲にはどうすることもできなかった。





 体が怠い。むかむかする。食べ物や何かきつめの匂いを嗅ぐと吐き気が込み上げてくる。

 生理も二か月以上来ていない。


 モエはごくりとつばを飲み込んだ。


 はっきりさせないと。


“サクさん、トモさん、相談があるんだけど”


 萌咲が二区から領主邸に戻ってきてから二か月ほど経った頃、萌咲が改まった口調でサクとトモに声をかけた。


“なんでしょうか”


 最近の萌咲は機嫌は良いが疲れているようだ。また何か体調不良を見逃していたのかと心配になったが、萌咲が自分から相談してくれるようになったのだから進歩だろう。


“私ね、ドクターに会いたいんだけど”


“どこか、体調がお悪いんですか”


“もしかしたら、ぁ、ぁゕ…”


“は?”


“…かもしれないの”


“すみません、聞こえませんでした”


“ぁゕ…んが出来たかも”


“は?”


“あ、赤ちゃんができたかもしれないの!”


 そういうと萌咲が真っ赤になって両手で顔を隠す。


“!!”


“!!”


 二人とも驚きの余り一瞬声が出なかった。


“ほ、本当ですか?”


“だから、まだはっきりしたわけじゃないから検査してもらいたいの。何となくそうじゃないかな、と思って”


 鼻息を荒くするサクとトモをなだめるように両手を前に出して萌咲が説明する。


“せ、生理も来てないし、体がだるいし”


 身に覚えもあるし…


 なんで若い他人の男たちにこんな相談をしなければいけないのかと思うといたたまれなくなる。元の世界だったら薬局で妊娠検査キットを買えばかなり確実な結果がわかる。だが当然のことながらここではそういったキットは必要ないので薬局に行ってもないのだ。いずれにしても萌咲が一人で出かけて行って買えるようなものではない。


“すぐドクターに連絡をします!”



 ~~~



サカキの表情が緊張の面持ちで伝える。。

 

“妊娠八週目に入ったところです”


 冷静なようでも声が上ずってしまうのを押さえられない。


‟体調はいかがですか?”


“少し体がだるいのと、いつも眠い感じがします。吐き気は朝起きた時ときつい匂いを嗅いだ時にあるくらいです”


‟こちらに戻ってこられたときに検査はしたのに、なんでわからなかったんだ…”


 サカキがつぶやくのを聞いて、萌咲は一人で赤くなる。


 あの時はまだ妊娠してなかったんだ。風芽さんとああいうことをした後、二日置かずにこっちに戻ってきたから。


 行方不明になっている間に乱暴されたりしなかったか質問されたが萌咲がはっきり否と答えると、さすがにそれ以上の身体検査はされなかった。血液で感染症や妊娠の検査はしただろうが、その時はまだ妊娠していなかったのだ。


 萌咲は予想していたとはいえ、興奮する気持ちを押さえられない。


“吐き気止めと水分、栄養剤の点滴を”


 と、サカキが傍に控えていた看護師に伝える。


“必要ないです。点滴なんていりません。それより、これってすぐ皆さんに報告されるんですか”


“もちろんです。先ず領主様に。その後総領主様に報告されます。モエ様、失礼ですが、その、相手は…”


 萌咲は真っ赤になり、それから恐る恐る上目遣いで医師を見上げる。萌咲にそうのように見られると萌咲に甘い医師もなぜか赤くなる。


“モエ様…”


 とさらに萌咲に返答を促そうとすると


“相手は俺だ”


 といってドアを開けて風芽が入ってきた。


“風芽さん”


“フーガ様”


 二人同時に男の名前を呼ぶ。


“サクから連絡をもらった。体調はどうだ”


 萌咲の妊娠の可能性について風芽なら何か知っているだろうと思い連絡を入れたようだ。風芽は当然のようにベッドサイドに歩み寄り、萌咲の頬に手を触れた。


“大丈夫です”


 と萌咲は微笑む。甘い空気にコホンと咳ばらいをしてサカキが口を開く。


“フーガ様、個人的にはお祝いを申し上げたいのですが、しかし、モエ様はともかくとしてあなた様はこれがどういう事態を招くかご存じでしょう?”


 その言葉に萌咲がサカキと風芽を交互に見る。甘かった雰囲気が緊張したものに代わる。


“解っている。処分は甘んじて受けるつもりだ”


“あなたはそうおっしゃいますが、問題はそう単純ではありませんよ。というより、前代未聞の事ですから”


“ま、待ってください。どういうことですか?処分て?”


 風芽との間に子供ができたことを恥ずかしいながらも、喜びを隠せなかった萌咲は二人の間の緊迫した雰囲気に不安になった。傍に控えているサクの表情も硬い。


“萌咲には俺から説明する。少し二人にしてくれないか”


“…わかりました”


 サカキと看護師、そしてサクは病室から出て行った。


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