第38話 萌咲と風芽、一区へ戻る


 あっという間に眠りに落ちた萌咲を見て名残惜しく思う自分に苦笑しつつ風芽はそっとベッドを降りた。昨夜から今日の昼過ぎまでベッドに繋ぎとめていたので、さすがにそのまま萌咲を寝かせておくのは忍びなく湯をもらいに行こうとズボンにシャツを羽織り部屋の外に出た。

 台所に行くとそこにタオがいて夕飯の支度をしていた。風芽を何とも言えない表情でみやる。


 ‟悪いが湯をもらってもいいか”


 ‟あ?ああ、待ってろ。今沸かしてやる”


 と大きな鍋に水を張って火にかけた。


 ‟それにしても…驚いた”


 風芽をちらちら見ながら、タオにしては珍しくしどろもどろした口調だ。


 ‟なんつうか、あんた見かけによらず…というかあんたにそうさせるお嬢ちゃんに驚いた。意外だな”


 フーガも少しきまりが悪くなり咳払いをする。


 ‟女ってのはそんなにいいもんか?”


 ‟いや、それはどうなのか、他の女は経験がないからわからん”


 ‟こりゃ、惜しいことしたかな”


 つい余計なことを言ったタオはぎろりとにらまれて苦笑する。


 “冗談だよ。あんたらが離れられないっていうのはやっぱりお互いを求めあってるからなんだよな”


 と、うんうん頷きながら言う。それがあまりにもタオらしくなくフーガが目を瞬かせる。


 ‟あんたたちは粗野なのか、情緒的なのかわからないな”


 “俺たちは人の心の機微に敏感だからこそここでこんな生活をしてるんだぜ”


 と片目を瞑って見せた。そこへファンが帰ってきた。


 ‟あんた達が忙しくしてる間俺たちも忙しかったんだぜ。早速だが明日出発だ。やっと手配が整った”


 ‟それはまた急だな。いや、文句はないが、何かあったのか”


 “ああ、偵察に出てるやつが二区との境界で車を見かけた。おそらくあんたたちを探してるんだろう。かなり大掛かりな捜索隊だ。だから明日は早朝にここを出て隣国との境まで行ってもらって、そこから二区に入ってもらう”


 ‟わかった。迷惑をかけてばかりで済まないが、よろしく頼む”




 萌咲が寝てる間風芽はファン達と打ち合わせをした。二人とも救助されたとき意識がなく特に風芽は頭を打って記憶を一時的に失っていたことにする。重症だったのは事実なので、回復するまで隣国の二区の住民が手当てをしていた、萌咲は意識が戻ってもひどく怯えており、保護された部屋から出ようとしなかった。萌咲から情報は得られずとにかく風芽の回復を待つしかなかった、ということにする。隣国の二区の住人には十分に礼をして少し頭の悪いふりをしてもらい、天女を拾ったと報告しても取り合ってもらえなかったなどいろいろ話を取り繕ってもらった。

 設定に無理はあるが、それを押し通してとにかくファンたちと隣国の人々に迷惑が掛からないようにすることが重要だった。



 ~~~



 ‟フーガさんと萌咲が見つかった!”


 軍からの連絡を聞いてケーイチが振り向く。


 ‟ほんと⁉どこで?”


 ソファーの座っていたコーキが顔を上げる。


 ‟隣国の二区だ”


 “なんだってそんなところに”


 “落下地点から川に落ちて流されたらしい”


 ‟で、今は?”


 ‟二人とも病院だ”


 保護された風芽と萌咲はまっすぐ病院に連れていかれ念入りに消毒された後、一通り検査され、その後それぞれの病室に収容された。

 萌咲のもとにはサクとトモがすぐさま駆け付け、トモは泣かんばかりに萌咲の無事を喜んだ。

 ケーイチ達も顔を出してくれたが彼らは萌咲を気遣って長いせずに帰って行った。


 翌日にはサラが見舞いに来た。


 ‟モエちゃん、本当に無事でよかった。そして本当にありがとう”


 サラは萌咲の手を握りしめて涙ぐんだ。


 “サラさんこそ無事でよかったです”


 ‟私達、モエちゃんのおかげで助かって…モエちゃんは怖い思いをしたんでしょう?”


 サラはおそらくずっと気にしていたのだろう。萌咲は返って申し訳なく思った。


 ‟あの時、モエちゃんがいないのに気付いてフーガさんがものすごい勢いで走って行って。あんなに必死になったフーガさん、誰も見たことがないって皆言ってたのよ”


 と少し揶揄うような口調のサラに萌咲は恥ずかしくなったが否定はしなかった。今は風芽が自分を思ってくれていることが分かったから。


 サラはその後萌咲達が不在の間のオーダライ領の事をいろいろと話してくれたが、その中でケーイチの名前が頻繁に出てくることに気が付いた。


 サラさん、もしかしてケーイチさんの事…


 もしサラがケーイチを想って配偶者として選ぼうとしているのならそれは喜ばしいことだが、モエ達が攫われる前にボーヨウからの報告を待っていたことを思い出した。二人の天女は同時に同じ領にいないのが規則だ。以前は、サラは他の領に移動させられることを特に気にしていないと言っていたがケーイチに好意を持った今、彼女の心境は全く違うものになっているだろう。


 日常に戻った今、これから自分達はどうなっていくのだろう、と不安がよぎった。



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