第35話 風芽、ファンと語る

 

 萌咲が村の少年と洗濯物を干している。ファンの犬がじゃれついて彼らを邪魔して周りにいる男たちもそれをからかって笑っている。

 この村にあるものと二区にあるものはそれほど変わらないか、もっと粗末だ。だが生活している人間たちはもっと自由で力強い。


 風芽は窓から外を眺めながらそんなことを思う。

 昨日興奮したせいか、また少し熱を出しベッドに横になっていた。


‟よう、気分はどうだ”


 何の気まぐれかファンが昼飯を運んできた。風芽のベッドサイドのテーブルにサンドイッチとスープを置く。それを見ながら風芽が聞いた。


‟昨日、どうして俺にあんな話をした”


“ん?”


 ファンは部屋にある椅子にどっかりと座り込んでサンドイッチを一つ掴んでかぶりついた。それが自分用なのか風芽用なのかはわからない。


‟萌咲の契約の話だ。俺は感謝しているが黙っていればお前たちの望むようになってたはずだ。お前が俺に契約の事を話したせいでお前たちの見返りはなくなった”


 ファンは口にサンドイッチを全部押し込んで飲み込むと指を舐めりながら首をかしげる。


 ‟なんでなんだろうな。強いて言えば、やっぱりあんたにイラついたからだろうな”


“は?”


 意味が解らない。それなら、ますます風芽を助けるようなことはするはずはない。


 ‟あんたの意識がない間、そして意識が戻ってからも、モエは本当に一生懸命あんたの看病をしてたんだ。それだけじゃない、俺たちに少しでも感謝の気持ちを伝えようっていろいろ頑張ってな。ほんの数日でみんなあの子を好きになった。俺は正直未来に子孫を残すことになんて興味ねえ。自分の人生を生きることでせい一杯だよ。女なんかいなくったて子供がいらなきゃ困ることなんてほとんどない。今まで天女を何人も見てきたが欲しいなんて思ったことは一度もねえ。みんな同じような顔つき、言葉遣い、まるで人形だ。ただ与えられた人生を受け入れるだけなのに気位だけは高い。子孫を残すためだけにあんな女たちを抱くなんて頼まれたってごめんだと思ったね。だがモエは違う。生き生きとしていてよく笑いよく泣く。あの子が与えてくれるものはなんでも暖かい。もちろん欲しいと思ったさ。だけど、同時にあんたの傍を離れると決まった時の顔を見たら…こっちの胸がつぶれそうになった”


 ファンが少し照れくさそうに笑う。


‟こんなこっぱずかしいセリフを言うのは自分でもなんだが、あの子には笑っていて欲しいんだよ。こんな理由、あんたにゃ信じられないかもしれないけどな”


“いや、わかる”


‟ふん、どうだかね。あんたが自分は罪の子だからモエを受け入れることができないだの、天女だから許されないだの言うたびに胸糞が悪くなった。そんなのみんな一区の奴らが決めたもんじゃねえか。俺らは天女を攫って一方の国から別の国に売り渡したりしてるが、そのせいで天女たちが別段不幸になったなんて思えねえな。結局一区の奴らだって天女を人として扱ってるわけじゃねえからな”


‟やっぱりお前ら、天女の誘拐をしてたのか”


“おっと、言っとくが今回あんたんとこを襲ったのは俺らじゃないぜ。別のもっときたねえ仕事をする連中だ。あいつらは天女をどっかの国の金持ちや二区にも流してやがる。たとえそれで天女が早死にしようとな”


 ファンは続ける。


‟ま、それは置いといて。あん時も言ったが、俺はあんたの本心と覚悟を知りたかったんだ。あん時あんたが兄貴を納得させられなきゃしょうがねえって思った。その程度の想いなら一区に戻ったってモエは幸せにはなれねえからな”


“そうか”


 それだけ言って風芽は黙った。ファンの言葉は耳に痛い。

 沈黙を破るようにファンは軽い口調で言う。


‟どっちにしろモエには色気がねえしな。いくら女に飢えてるったってあれじゃあな。十八?十九か?それにしたって色気が無さすぎる。俺が三十六だから俺にとっては娘みたいなもんだ”


 ‟…”


 気を取り直して風芽はファンに聞く。


 ‟余計な詮索だがお前たち兄弟はもともと一区の人間だったんじゃないのか?”


 タオもファンの見てくれも言葉遣いも粗野だがその言動には知識や自信が見える。二区に育った者には見られないものだ。一区の、おそらく支配階級の人間だったのではないか。


そう言うと


“全く野暮だな。俺たちが捨ててきた過去だ。今更人に話す気はねえよ。だが、これだけは言える。一区の支配者が唱える秩序は上っ面のもんだけだ。それを守るためにいろんな真実が隠され、見えないように仕組まれてる。あんたは自分の両親の話を萌咲にしてたが二人の間の真実なんて本人たちにしかわからないもんなんじゃないか?あんたが聞かされた話は一方的なもんかもしれないぜ?とにかく、この世界は今のままではいずれ滅びる。それなら自分の価値観に従って生きたくなったんだ。だから俺と兄貴は国を捨てたんだ”


 ファンの言葉は風芽の胸に大きく響いた。


“あんたも覚悟を決めたんなら、向こうに戻って何が待ってるかは想像できるだろう。だからもしもの時にはここに戻ってくればいい”


 ‟どうやって連絡をとればいい?”


 ”知ってるだろう?俺たちは情報収集が得意なんだ。ここに戻ってきたい言ってつぶやけばいいだけだよ”


 ファンは片目をつぶった。

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