第32話 萌咲、フーガの名前を考える


 フーガの状態がどんどん良くなっていき萌咲はこの村での生活を満喫していた。ある日の午後、フーガを伴い外にあるテーブルで午後のおやつを子供たちに振舞っていた。小さめのパンケーキをたくさん焼いてリンゴのシロップ煮を添える。手を洗った子供たちが小さい子から順番に皿を取りに来る。皆に行き渡ったのを確認し萌咲は椅子に座った。フーガのためにパンケーキを切り分け自分でも食べながら、子供たちを眺めていると何となく無国籍でありながらもアジア人の色が濃いことに気が付く。


‟そういえば、ここは日本なのかな。名前の響きもそうだし”


“日本?”


 フーガが訊き返す。


 ‟オーダライの皆さんもそうですけど洋風の血が混ざった日本人?みたいな感じですよね。ハーフっていうか”


 ‟フーガさんの髪や目の色は濃いほうですよね。私は純日本人なので髪も目も真っ黒でしょう。ほかの人はいろんな国の血が混ざってるように見えますけどそれでもアジア人色が濃いな”


“ああ、それは昔優良遺伝子を組み合わせているうちに人種がかなり混ざってしまったからだろう”


‟名前の響きは日本人ぽいのが多いですよね。漢字は使わないのかな”


“漢字?”


‟名前に漢字を当てるのが日本式ですよ。私は「萌咲」と書きます”


 萌咲は指で自分の漢字をテーブルに書いて見せた。それにもフーガは首をかしげる。


‟萌え出づる。草木の目が出たり花開いたりするっていう意味です。漢字一つ一つに意味があってそれを組み合わせたりして子供に名前を付けるのが一般的です”


 最近はキラキラネームとかもあるけど。


‟いい意味だな。お前らしい。それがお前の本当の名前なんだな”


“はい、私は春に生まれたので。私も大好きです”


 萌咲はうれしそうに笑う。


‟これからお前の名前を呼ぶときは萌咲という漢字を思い出すようにしよう”


 フーガのの言葉に萌咲の心は弾んだ。


‟フーガさんだったら…風に雅かな。風に牙とか、あ、芽と書いてもいいですね”


 萌咲が楽しそうにいろいろ考えているのを見てフーガは微笑んだ。


‟もしかしたら生まれた時の書類に載っているかもしれない。聞いたことがあるような気がする。ただ日常では使わないから自分の名前の由来など知ってるほうが少ないだろう。神官達ならそういうことに詳しいが”


‟フーガさんはどれがいいですか?私はこの風に芽というのが気に入りました”


‟だったらそれでいい”


‟もう!ちゃんと考えてください”


‟お前が気に入ったのでいい”


 そう言うフーガを見て萌咲は赤くなってしまった。


 私が選んだのでいいのかな。


 そこへ子供たちがやってきて


“モエ、何やってるんだ?”


“あ、ユウちゃん、いいところへ。何か書くものありますか”


 紙とペンを受け取って萌咲は自分の名前とフーガの名前を書く。


 ‟風芽”


 フーガが口にする。


“かぜと、草木の芽の芽です”


 ‟気に入った”


 ‟俺のは?俺のは?”


 “ユウちゃんはたくさん候補がありすぎて大変だな―”


 萌咲は紙に「ユウ」と読める漢字を思いつくだけ書いて意味を説明する。その中で自分の気に入ったものを選んで練習し始める。


 ‟次は俺の!”



 あっという間に子供たちに囲まれた萌咲を見ながら風芽は自分の名前を考える。

 風は好きだ。自由にどこへでも行ける。芽という漢字は、なんとなく萌咲の名前に似ているではないか。悪くない。


 そんなことに喜びを感じる自分を気恥しく思いながらも幸せを感じてしまう。本当はいつまでもこんなところに居てはいけないのに。今頃オーダライ家でも自分たちの捜索を続けているのだろう。早く連絡を取って帰らなければ…


 だが、今だけ、あと少しだけ何も考えずにここでの生活を楽しんでいたかった。




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