第30話 萌咲、隠れ村に滞在する

 

 フーガの熱は数日続き意識も朦朧としてたがなんとか持ちこたえていた。萌咲は医師の指示通りに傷の手当てをし点滴を続ける。医師は左手の骨折が単純なものだったのが不幸中の幸いだと言った。もし複雑骨折や開放骨折だったらそこからの感染で治癒は見込めなかっただろうと言う。そんな話に萌咲は怖気が走る気がしたがとにかく今はその小さな幸運を喜ぶしかない。


 四、五日してようやく熱が下がってきた。傷が膿む様子もない。萌咲はようやく緊張が解けてフーガの傍を離れ、少しずつ村の仕事の手伝いをするようになった。


 萌咲が外で洗濯をしていると子供たちが集まってきた。


‟モエ、手伝ってやろうか”


 七、八歳くらいの男の子が声をかけてくる。


‟ほんと?助かるけど、洗った服を地面に置くのはやめてね。また泥だらけになっちゃうから”


“俺、そんなことしてねーだろ”


 と、ほっぺを膨らませる。

 これは萌咲がここに来て初めて経験したことだ。一区では子供を見たことがなかった。一番若い子で大体十五歳くらい。小学生くらいからもっと小さい子はシティにも国都にも、オーダライ領にもいなかったのだ。


 子供たちはどこで育てられているんだろう、と気になったが今それを聞くのはどうかと思われて黙っていた。

 今、目の前にいる子はちょうど萌咲の弟くらいでとても可愛い。口調がちょっとだけ生意気だが、素直に甘えるのが恥かしいのだろう。


“はい、そうですね。じゃあケンちゃん、お願いします。ここに洗ったのがあるからそっちの桶ですすいで絞ってくれる?”


 萌咲がにこにこしてお願いすると


 ちゃん付で呼ぶな、と言いながらも真っ赤になって


 ‟りょーかい”


 と張り切って洗濯物に手を伸ばす。


“じゃあ、俺が干してきてやる”


 別の子も手伝いを買って出てくれる。


 あー可愛い


 萌咲は思わず顔が緩んでしまうのを止められなかった。


 萌咲はあっという間に村になじんだ。タオは村のリーダー的な存在らしくファンはその弟だ。ファンが萌咲達を連れてきたことで村の男たちは比較的すんなり二人を受け入れてくれた。皆、明るく親切だった。二区の労働者たちも親切だったが彼らには天女や一区の人間に対して自分たちを低く見ている態度だがここでは違う。皆もっとのびのびしていて萌咲にも遠慮なく話しかけてくる。多少言葉遣いが荒っぽかったりするが基本いい人たちだ。萌咲の事を物珍しそうに構ってくるが天女だからというより単純に女が珍しいようだ。


 フーガが眠っている間萌咲はせっせと体を動かしている。今は夕食用に大量のジャガイモの皮むきをしている萌咲をファンは眺めていた。視線に気づき、萌咲が首をかしげるとファンは傍に寄ってきて隣に腰を掛ける。


‟ナイフの使い方、うまいもんだな”


 感心したように言うと、


“ピーラーよりナイフで剥く方が慣れてますから”


‟お前は本当に天女なのか?ずいぶん変わってるな”


 その言い方に萌咲は苦笑する。


‟私、ここに来た時はハズレの天女って呼ばれてたんですよ”


“ハズレ?なんだそりゃ”


 ファンがジャガイモを弄びながら肩眉を上げる。そのしぐさがフーガの癖を思い出させて萌咲は一瞬ドキッとした。


 ‟私は普通の天女たちを違うから”


 そして自分がこの世界に来てからの経緯を説明した。

 話を聞いた後、


‟そりゃ嬢ちゃん、あんたはハズレなんじゃなくて規格外なんだよ。特別ってことだ”


 と、こともなげに言う。


‟元の世界の記憶や知識があって感染に強い。この世界の在り方に疑問を持ち、自分の頭で考えて行動する。それは他の天女達にはないもんだ”


 あっさりと言い切るファンの言葉に萌咲は目を瞬かせた。


 ‟何より嬢ちゃんからはエネルギーを感じる。生きてるっていうエネルギーだ”


 ファンはそう言って萌咲の頭をポンポンと軽く叩いた。

 それがまたフーガを思い出させて萌咲は思わず涙ぐむ。


‟フーガさん、目を覚ますでしょうか”


 ファンはもう一度肩眉を上げる。


“さあな、だが熱も下がってきてるし傷も膿んでねえ。希望はある”


“そうですよね!”


 思わず声を上げる萌咲をファンは笑った。


 ‟このフーガってやつは配偶者候補か?”


 ‟違います。彼は違うんです。でもフーガさんは私を守ってケガをしてしまったから…”


“じゃあ、嬢ちゃんは向こうに戻ったら候補の中から誰かに決めるのか?”


‟…そう、なりますね”


“それでいいのか?”


‟それは、私に決めることが許されるんでしょうか”


‟許されるか許されないか、そんなことは俺の中じゃくそくらえっていう規則だから俺の意見は参考にならねえよ”



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