第26話 萌咲、おとりになる
トラックの荷台の中は薄暗かったがだんだん目が慣れてきた。
サラとモエ、そして他にもう四人女性がいる。皆蒼白な顔をしている。不安、恐怖、緊張、それらが混ざり合って顔が引きつっている。車が走り出してすぐ身に付けているアクセサリー類はすべて外された。ペンチの様なものでGPS付きのブレスレットも取り外された。
簡単には切れないって言ってたくせに、あっさり取られたじゃない。
タカの嫌味くさい顔を思い出しながらモエは心の中でつぶやく。
どこに向かっているんだろう。どこであろうと土地勘のないモエには見当もつかないしそもそも萌咲や天女たちが逃げようとするにはリスクが高すぎる。
どのくらいは走っただろうか。車の助手席側に繋がる小さな窓から男の顔がのぞく。
“もう少ししたら一旦休憩をとる。少しだけ車から出してやるが逃げようなんて考えるなよ。ここは二区の外れだ。もうすぐ三区に入る。何の準備もなしに三区に入ったらどうなるか俺らだってわからない。自殺行為だってことは天女様にもわかるだろ?”
男はニヤニヤ笑いながら意地悪く言う。
三区という言葉を聞いて、天女たちがヒッと息を飲むのがわかった。萌咲も三区については少しだけ聞かされている。とにかくワイルドなところらしい。
だけど…
萌咲は考える。
これってチャンスかもしれない。
長靴にGPSがついていることは知っている。きっと助けが追いかけて来てるはずだ。萌咲はそれがフーガであると確信していた。男たちはGPSの存在を知らないから三区に入る前におそらく準備/トイレ休憩を取ろうとしているのだろう。
もしここで、足止めできればフーガたちは追い付いてこられるんじゃないか。天女たちが二区で逃げだせないことをわかっているから油断もしているだろう。
問題はフーガたちがどれくらい離れているか、どれくらい時間を稼げるか、だ。
萌咲が必死に考えているうちに車が止まった。荷台の扉が開いた。
“二人ずつ外に出て用を足して来い。分かってるな。ここは二区だ。逃げようとして
も後で困るのは自分だぞ”
萌咲は覚悟を決めた。先によその領の二人の天女たちが外に出る。
“サラさん、聞いてください”
残された車の荷台の中で萌咲の計画を聞いたサラは驚愕に目を見開いた。
‟そんなことしたらあなたが危険よ。捕まったらいくら天女だからってどんな目に合わせられるか”
“でも、この方法ならしばらく足止め出来ます。一緒に藪の中に入ったらすぐ私は隠れます。サラさんは用を足したら怪しまれない程度の時間をおいて奴らに声をかけて私が戻ってこない、と言ってください。あまり長い時間を空けるとサラさんが疑われるので気を付けてくださいね”
‟…モエちゃん、あなたって子は”
サラはまだ気が進まないようだった。
“私は大丈夫です。この場所に留まること自体は私の体に害はありません。それに万が一捕まっても天女にそれほどひどいことはしないと思います”
確信はないがそれを祈るばかりだ。
‟おい、次はお前たちだ”
他の天女と違うジーンズ姿の萌咲を見て男たちは首を傾げたり、鼻で笑ったりして“こいつ本当に天女か?色気ねえな”と言っているのが聞こえる。半分あざけりの混じった言葉を聞いても萌咲は緊張で反応する余裕もない。
ほかの四人の天女が戻ってきて飲み物を与えられている。モエとサラが外に出る。二人一緒に出来るだけ藪の濃い方向に向かった。男たちの姿が見えない位置までくると、萌咲は長靴の中についているGPSを外してサラに渡した。
‟これを隠し持っていてください。きっと誰かが助けに向かってくれてるはずです”
今度こそサラも覚悟を決めたように頷いた。
“モエちゃん、気を付けて”
萌咲はそれに答えてにっこり笑うと藪の奥に入って行った。
はあ、はあ、はあ
それほど時を待たずに男たちの怒鳴り声が聞こえてきた。それなのに体はもう思うように先に進まない。それにあまり離れてしまうと今度は助けに来てくれた人にも見つけてもらえないかもしれない。だがそのうち、そんなことを考えている余裕もなくなった。
必死で走るが木の枝や大きな葉が顔や体にぶつかってきて上手く走れない。足にも絡みついてくる。
‟いい加減あきらめて出てこいや、天女様”
‟あんまりてこずらせると天女だからって承知しないぞ”
いらだったような、追いかけるのを楽しんでいるような、いやな怒声が近づいてくる。
足が取られて転んだ時、バキッと木の枝が折れる音を立ててしまった。
“いたぞ!”
という声がした。
怖い!助けて!
フーガさん!
人の気配が背後に迫ってきた。男の手が萌咲の腕を掴む。
その時、ガツ!と音がした。
“モエ!”
この声は。
萌咲は声のする方に顔を上げる。
“…さん、フーガさん!”
男の腕に拘束されながら、人影が近づいて必死で目を凝らすとフーガがこちらを睨みつけているのが見える。フーガの足元には男が一人倒れている。
“貴様ら”
地を這うような声が響いたと思うと、殴り合う音や物がぶつかる音が聞こえてくる。
しばらくして、萌咲の体も解放された。萌咲を拘束していた男も戦いに参加したのだろう。
やがて物音は消え、うめき声だけが聞こえてくる。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。藪の中にしゃがんで隠れていたが体がこわばって動かない。がさがさと背の高い藪をかき分ける音がして、できた隙間から除いた男の顔を見て、安堵と喜びに涙があふれてきた。彼も萌咲の顔を見てほっとした表情を見せる。伸ばされた手を掴もうとして萌咲も手を伸ばし体を起こした瞬間。
モエの足が滑り大きく体が傾いだ。
‟モエ!”
フーガの腕が間一髪で萌咲の体を抱き込んだ。そして同時に二人の体が宙に飛んだ。
‟!”
と、思ったとたんに急降下。
悲鳴すら上げられず萌咲はぎゅっと目を閉じた。強い力で体が抱きすくめられる。
大きな衝撃を感じたとたん意識が遠のいた。
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