第25話 萌咲、他の天女たちとともに攫われる


 けたたましいアラームの音が響き渡る。


 何?


 萌咲は二区に行けない暇つぶしで屋敷の花壇の世話をしていた。シャツにジーンズ、長靴といういで立ちだ。

 フーガとの気まずいやり取りをした翌日、フーガは朝から仕事に出かけていき顔を合わせていない。しょんぼりと花壇に水をやっていた萌咲のところにサクが駆け寄ってきて


“煙探知機です。邸のどこかで火災が発生したようですが、心配いりません。自動的に消火装置が発動するはずですから。このまま庭で待機していましょう”


 しかしアラームは止まる気配がない。

 落ち着いていたサクも眉間にしわを寄せる。萌咲が不安げに辺りを見回していると、


“モエ様!”


 トモが慌てて走ってきた。


“おかしいです。煙の出どころが一か所ではないようで、しかも火元が確認できません”


 言っているそばで庭にも煙の臭いが漂ってきた。

 そうしているうちに、あちこちからガシャン!ドシン!そして人々の悲鳴が聞こえてくる。普段は非常に静かに働いている使用人たちが大騒ぎをしている。

 その時、ガシャーンと窓ガラスが割られて複数の黒ずくめの男たちが数人建物の中から出てきた。


“天女は見つけたか⁉”


 そのうちの一人が叫ぶ。


‟いたぞ!”


“何者だ!”


 サクが萌咲をかばって前に立つが鉄の棒のようなもので殴り倒された。


“サクさん!”


 崩れ落ちるサクをトモが支えた時


“助けて!”


 サラの悲鳴が聞こえた。思わず声のする方に駆け出そうとした萌咲の腕が捕まれた。


“お前、お前も女か”


“モエ様!”


“なんだ?ここには天女が二人もいるのか”


 暴漢も驚いたような声を上げるが、動きは早かった。


“天女は貰っていく”


 トモも別の男に殴られてたが


“…て、んにょを攫うなんて許されないぞ”


 と、頭を押さえながらも気丈に睨みつける。


“お前らばかりが天女を独り占めすることこそ許されないだろうが!”


 別の男が怒鳴りつける。

 掴まれた腕が痛むが恐怖で体がこわばっていたが、倒れるトモを見てモエは叫んだ。


“トモさん!トモさん!”


 倒れていくトモに手を伸ばすが、片腕で胴回りを抱えられる。慌てて手足をばたつかせても大した抵抗にはならなかった。男はそのまま、邸前に止めてあった大きなトラックまで行くと荷台の扉を開け、萌咲を中に放り込んだ。


 ‟きゃあ!”


 中にはカーペットの様なものを敷いてあるのか柔らかい感触があったがそれなりに衝撃はあった。体を起こそうとした萌咲の肩に手がかかる。


“モエちゃん、大丈夫?”


‟サラさん、あなたも…”


 心配そうに萌咲の傍に寄ってきたのはサラだった。そしてそこには彼女たち以外にも数人の女性の姿があった。そして扉にロックがかかる音がした。


“天女誘拐…”


 呆然としているとガタガタと音がしてトラックが動き出す。


 こんな白昼堂々と天女を誘拐するなんて。


 今日は午前中オーダライの男たちは仕事や学校で不在だ。もちろん屋敷に護衛はいるがまさかこんな時間帯に屋敷に賊が侵入してくるとは誰も思っていなかった。だが、午前中食料などの搬入で外部のトラックなどが敷地に入ってきても怪しまれないのも確かだ。




 トラックが走り去ってしばらくした後、ボーヨウ、フーガ、ケーイチ達が屋敷に戻ってきた。


“なんてことだ…”


 ボーヨウは蒼白になる。


“こんな明るい時間から天女誘拐なんてかなり組織だった犯行か”


‟大型のトラックを使ったということはもしかしたら天女が誘拐されたのはうちだけではないのかも”


 フーガが直ちに軍に連絡を取る。しばらく通信交換をした後、ボーヨウたちに告げる。


“どうやらここ以外にも四か所で誘拐されたようだ”


 天女誘拐は重罪だ。もし天女に怪我でもさせたら死罪に値する。それでも、誘拐事件は起こる。他国が絡んでいるのか、それとも二区に住む盗賊たちの仕業か。


“とにかく、行方を探さないと”


“そうだ!GPSは”


 リョウが叫ぶ。

 天女たちは全員、アクセサリーの形をしたGPSを身に着けている。


“だめだ、すでに外されて捨てられているようだ。一キロ先で二つとも止まっている”


 端末スクリーンを見ながらケーイチが顔をゆがめる。


“GPSを取り外せるツールを準備しているあたり、用意周到だな”


“くそ!”


 コーキもめずらしく声を荒げる。


“待て、GPSはもう一つある”


 フーガが自分の手のひらサイズの小さな端末を見ている。


‟フーガ、それは?”


 ボーヨウが問う。


“モエに付けてあるもう一つがまだ移動している。性能はそれほど良くないが方角がわかるし、近づけばもう少しはっきりする。急ぐぞ。奴らはすでに二区に入っている”

 フーガは遅れて到着した部下たちの運転する車に乗り込む。


“僕も行く!”


 リョウがフーガを追いかける。


“お前はだめだ。二区で乱闘が起こればお前の命に係わる”


“車から出なければいいだろう。天女たちを保護するために大型車も同行するんだろう?”


 ケーイチが言う。


“…わかった。リョウ、念のため防護服は持っていくがよほどのことがない限り車からは出るなよ”


“わかった”


 結局、リョウとコーキが車に乗り込む。


“でも、モエはどこにGPSつけてるの?相手が天女の事を調べてるならアクセサリー類は全部外させてるはずだよ”


 ‟まさか、体内?”


 コーキがフーガを睨みつける。昔、天女の体にGPSを埋め込むことがあったが非人道的だということで今では廃止されている。


“まさか。長靴だ”


“は?”


“二区に行ったときに池に落ちたり、鳥を追いかけて姿が見えなくなったり、そういうことが何度かあって、危険防止で長靴にGPSをつけてるんだ。まあ、俺専用だ”


‟…”

 プッとコーキが噴き出す。こういう事態で笑ってる場合じゃないのだがなぜか笑いが込み上げてきた。


“全くモエらしいっていうか”


 そう笑いながらもコーキは少し眉を下げてフーガを見つめる。


“フーガさんにはかなわないよ”


 そんなコーキを怪訝に見返すフーガと、複雑な表情のリョウだった。


 モエのGPSを頼りに軍のトラックはどんどん進んでいく。


“まずいな”


“まずいですね”


 運転しているフーガの部下とフーガが顔を見合わせる。


‟何がまずいんだ?”


 コーキが問う。


“逃亡車は三区に向かっているようだ。一度三区に出てから別のどこかの二区に入り込み目的地に行くんだろう。痕跡が消せる”


“三区…”


 一区に住む人間たちにとって二区でさえ安全な場所ではないのだ。三区などに逃げられては追っていくことは難しくなる。


“大体三区ってどんなところなんだよ”


 リョウが聞くと


“俺たちもカメラや文献での知識しかない。俗に言うジャングルのようなところでどんな植物や動物が生息しているかも把握しきれてないし、俺の知る限り人が住めるようなところじゃない”


 フーガも険しい表情で答える。


“そんな…そんなところにモエたちが連れていかれたらどうするんだ”


“奴らにとってもリスクが大きすぎるからさすがに三区で車を降りたりはしないだろうが、追跡が難しくなる。大体まともな道があるのかもわからない”


“どうにかして三区に入られる前に追い付かないと”


 フーガたちの顔にも焦りの表情が浮かんでいた。



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