第23話 萌咲、天女の降下を目にする
不思議な光景だった。小さいころに見たアニメを思い出す。映画の初めの方で少女が空から地上におりてくる。女の子の体は重力を感じさせず鳥の羽がゆっくりと漂うように。空飛ぶ石のついたペンダントをしていた。
萌咲は初めて天女が降下してくるのを見ていた。天女乞いは定期的に行われるが天女が降下してくる時は神官にたいてい“ご神託”があるらしく、大まかな場所と時がわかるらしい。今回もご神託に従って準備をして待っていると突然空から繭の様なものが現れ包まれた。そしてゆっくり降下してくる。それを十人もの男たちが両手を伸ばして優しく受け止める。繭に包まれた天女の降下だ。
一年のうちにこの世界すべてを合わせても五十人程度しか降りてこない天女がこれほど間隔を開けずに二人も同じ土地に、というのは異例の事らしい。繭ごとストレッチャーに乗せられた天女はまだ目を瞑ったままだったが美しい女性であることが分かった。
降りてきた天女は繭に包まれたままの状態ですぐにその土地の領主の邸宅の医務室か最寄りの医療センターに運ばれしかるべき処置と検査を受ける。そののち管轄の領主あるいはその次の土地の有力者で婿候補がいる家に滞在することになる。
新しい天女の降下でまたオーダライ領はあわただしくなった。本来なら二人目は別の領か同じ領内の領主の次の有力者に受け渡されるのが規則であるが一人目の萌咲がなにせ「ハズレ」で候補者選びも滞っている。萌咲をカウントするかどうか。そもそも二人の天女が同じ領に降りてきたというのは前例はあるのかもしれないが珍しいことに変わりはない。決断しかねたボーヨウは総領主に相談しに出かけていき、その間新しい天女はオーダライ領に留められることになった。新しく降下してきた天女はサラといった。例にもれず美しく、萌咲よりも年上で二十九歳だという。知的で自信に満ち溢れた表情をしている。タカが当面の侍女として世話をしている。ケーイチ達四人には既に挨拶をしたようだ。
全く戸惑いも見せずにオーダライの屋敷に落ち着いたサラは優雅に庭を散歩したりしている。
“あなたがこの領の一人目の天女ね”
庭で突然声をかけられて、驚いて振り向く。
“こんにちは”
萌咲も挨拶を返す。
“ねえ、いっしょにお茶を飲まない?今、屋敷には誰もいないらしくて退屈してたの”
前に顔見せであった天女たちに比べると嫌味や蔑みの表情はなく華やかな笑みを萌咲にむける。何となくほっとして頷くと庭にセットしてあるテーブルに着くとタカがお茶の準備を始め、サクが小さなケーキが乗ったプレートを持ってきた。
“ここは素敵なところね。でも、私はどこかに移動させられるのかしら”
サラが首をかしげて問うのに萌咲も首をかしげて応える。
“どうなんでしょう”
“あなたが「ハズレ」さんだから、ね”
と片目をつぶる。その言葉にいたたまれなくなって小さくなっていると
“私は別に構わないけど。少しここに滞在させてもらえればその後は移動させられても。でも、どうなのかしら?あなたと私結構年が離れてるわよね。私に二十九になるのよ。天女の中では高齢なのよね。あなたは二十歳くらい?”
“十八です”
“そんなに違うんだったら候補者も変わるはずだから”
“?”
“候補者って年齢で枠があるのよ。知らなかった?下は五歳、上は十歳。だから、オーダライ領主の息子さんたちは私のこ候補者にはならないけど、彼らのいとこのケーイチさん達は対象になるのよ”
“それって…”
萌咲がもっと詳しく聞こうとしたとき
‟あら?あの人は誰?紹介されなかったけど”
振り向くと少し離れた場所を歩いているフーガがいた。二区から戻ったのだろう。仕事の時に着る自衛隊服の様な恰好で速足で屋敷の中に入って行く。
“ボーヨウ様の弟のフーガ様です”
タカが答える。サラは妖艶に微笑むと
“素敵な人ね、おいくつ?配偶者は?”
タカに問いかける。
“三十八歳です。ボーヨウ様の弟で配偶者はおられません”
“私、あの人がいいなぁ”
‟いえ、あの方は…”
言葉を濁すタカには気にも留めず、うっとりとして言うサラの言葉に萌咲の胸がドキッとした。
そっか、年齢によって配偶者の枠が決まってたんだ。私とフーガさんは二十歳も離れてて、それこそ、お父さんと同い年で。そういえばフーガさんいつも対象外だって言ってた。最初から私なんて相手にされてなかったんだ。
そこまで考えて萌咲はハッとする。
私ったらあきらめ悪く何考えてるのよ。
青くなったり赤くなったりしている萌咲を傍に控えてるサクが気遣うように見ていた。
ボーヨウはなかなか帰ってこなかった。その間ずっとサラはオーダライの屋敷にとどまっている。何かとフーガにまとわりついていてよく一緒にいる。大人であり美形の二人が並ぶととても絵になる。フーガも基本的に天女の要望があればあまり無下にはできないらしく仕事の合間にサラを連れてシティに出かけたりしていた。その為に萌咲は二区の方に行けずにいてそれが一層萌咲の気持ちを落ち込ませる原因となった。
“モエ、大木のところまで行ってみない?”
リョウが声をかけてきた。
“え?いいの?”
“平時だから二区までは連れていけないけど、木のところまでは連れて行ってあげるよ。しょっちゅう二区まで行ってるんだ、今更あの辺まで行ったからって叱られないでしょ”
リョウは申し訳なさそうに笑う。
リョウに手を取られて大木の根元まで歩いていく。しばらく黙って歩いていた二人だったが、ふいにリョウが萌咲を振り向いた。
“モエはフーガおじさんが好きなんだね”
“え?な、何言ってるんですか”
萌咲は慌てて、否定しようとする。そんな萌咲をリョウは優しく見つめて握っている手に力を込める。
“ごまかさなくてもいいよ。モエはおじさんといるとき一番生き生きしていて幸せそうだもの。でも”
リョウは木を見上げて続ける。
“君はおじさんを配偶者に選ぶことはできない”
ズキン、と萌咲の胸が痛んだ。
“わ、わかってます。年齢制限があるんですよね。初めから候補に入ってなかったし”
“それだけじゃないんだ、理由は。僕も最近知ったばかりだけど”
リョウは萌咲の方を見ずに言葉を切った。理由を聞こうかと逡巡していると、
“僕は萌咲のことを大切にしたいと思ってるよ”
“え”
“萌咲が天女で僕が候補者だからっていうだけじゃなく”
どうしよう、何か言わないと…
リョウはそのまま口を閉じ、萌咲も何も返せないまま木を眺めていた。
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