第22話 萌咲、思わず告白するが
萌咲を気遣ってか、フーガは毎日萌咲を二区に連れて行ってくれた。傷の感染がひどくならず一命をとりとめたトールだったが両足をケガしているために日常生活が不便だった。仲間想いだが忙しい男たちは細かいところまで気が回らず、萌咲は訪ねる度にかいがいしく世話をした。初めはひどく恐縮していたトールも打ち解けてきて萌咲にされるままに任せるようになっていた。
今日も今日とて張り切って二区に行く準備をしている萌咲をフーガは居間で待っていると、そこへジュンとリョウが入ってくる。
‟フーガおじさん、今日も早いね。これから二区?”
リョウがフーガに声をかける。
‟ああ、台風の後始末の手配も済んだし特に忙しくないからな”
‟随分熱心だよね、フーガおじさん。でも、そろそろモエを解放してもらわないとね。モエが来てからもう四か月も経つんです。彼女の配偶者選択の時期をいつまでも伸ばすわけにはいかないと思うんだけど”
“ちょっと、ジュン、そんなことフーガおじさんに言ったって”
きついジュンの口調にリョウが眉を顰める。
‟俺が邪魔をしてるって言いたいのか?”
“別にそういうわけじゃないけど。配偶者を決めて欲しくないのはフーガおじさんの方じゃないのかな、と思って”
“バカバカしい”
“だったらいいけど。フーガおじさんだって配偶者になるための条件、知ってるでしょ”
‟当たり前だ。そもそも俺はモエの配偶者選別には関係ない”
フーガはそう言って居間から出て行った。
‟ジュン、何だよあの言い方。いくら何でも失礼だよ”
‟リョウ、お前だってフーガさんの事警戒してたんじゃないの?”
“それはそうだけど…そもそもフーガおじさんは年齢的に対象外だろ。だけどなんだよ今さら条件て”
‟そう、条件は年齢、家柄、身体的能力、頭脳。そして”
ジュンはリョウを見て付け足す。
‟本人及び肉親に犯罪歴がないこと”
ジュンの思わせぶりな言い方にリョウは訝しむ。
“フーガおじさんはね、モエに限らず天女の配偶者候補にはなれないんだ。それを本人には自覚してもらわないと”
‟それってどういう…?”
~~~
その日のフーガは口数が少なかった。もともと口数が多い男ではないが今日はむっつりと黙り込んでいる。聞いたことに最低限の答えしか返ってこない。
なんだか、すごく機嫌が悪いけど、私なんかした?
トールへの差し入れを詰め込んだ袋を両手で抱えながら萌咲はフーガの後を必死でついて行く。いつもならこういう時は荷物を持ってくれるのでそれを期待して詰め込んできたのだが。
お、重い。失敗した。
今日は心ここにあらずの様子。
フーガが二区の男たちと外で話をしている間、萌咲はトールの家の中で掃除やら料理やらをこなし着替えをさせ、ついでに足を洗ってやった。その時足の爪が伸びているのに気が付きトールの足を自分の膝に乗せ爪を切ってやってた。くすぐったいのか、トールはクスクス笑いながら身をよじる。
‟トールさん、危ないから動かないでください”
“いや、でも、ほんとくすぐったくって。落花様、ちょっとやめて…”
思わずトールが萌咲の腕を押さえた。一瞬の後その手に力がこもり萌咲がはっとトールを見る。
‟落花様…”
トールの声が上ずり、目に熱がこもる。
まずい
そう思った瞬間バタンとドアが開いた。
‟トール、モエの手を放せ。萌咲、お前はこっちに来い”
フーガが険しい表情で立っている。フーガに言われ萌咲は慌ててトールの足を丁寧にベッドに降ろして手を洗い、おずおずとフーガのいる方へ向かう。明らかに機嫌の悪いフーガに、我に返ったトールが萌咲に申し訳なさそうな視線を送っていた。
外に出ると
“あの、フーガさん…?”
‟お前はもう少し天女として、女としての自覚を持て”
フーガは萌咲の顔も見ずに言う。
“すみません”
‟世話をするにしたってお前の体に触らせたりするな”
萌咲は慌てて否定する。
‟あれは、触らせるとかそういうことではなくて”
‟トールが無理やり触ってきたのか”
‟いや、そういうことでもなくて”
‟合意か!”
“違います!なんなんですか、今日のフーガさんおかしいですよ”
“なに?”
“ずっと不機嫌で、ろくに私の話を聞いてなかったくせに、今度はトールさんのことそんな風に”
‟俺が悪いっていうのか!”
支離滅裂だ。フーガらしくない。
ため息をつく萌咲にフーガがしばらく間を置いてから言い訳する。
‟悪かった…トールがお前を引き寄せようとしてるように見えて、つい”
つい…?
‟カッとなって”
それって…もしかして
フーガを見上げるとその横顔は心なしか赤くなっているように見えた。
うれしい
だが、そう思った時
‟お前はもうすぐ配偶者を選ばなければいけない身だ。慎重に行動しろ”
ズキン!と胸が痛んだ。一瞬期待した分その衝撃は大きかった。
‟…私、選びたくありません。選べない、だって!”
突然萌咲が声を荒げたのでフーガも思わず萌咲を見つめ返す。
‟私、フーガさんが好きなんです。ほかの人は選べない!”
フーガの目が大きく見開かれた。
ああ、言っちゃった、どうしよう、もう取り消せない
どうしようもない状態でフーガの返答を待つその時間がとてつもなく長く思えた。
フーガは一瞬痛みをこらえる様な表情を浮かべ、そして弱々しく微笑んだ。
‟俺はだめだ”
そう言ってあとは口を噤んだ。
いつものように萌咲の頭に手を置いてポンポンしながら固まってしまった萌咲を待たずに歩き始めた。
~~~
‟え?リョウさんが入院?”
気まずい雰囲気のまま二区から帰ってきた萌咲とフーガを待っていたのはリョウが体調を崩して入院したというニュースだ。
熱を出したので病院に運ばれたのだ。
‟リョウさん、どうしたのでしょうか”
居間で説明を聞いて萌咲が誰にともなくつぶやく。その場にはフーガ、ケーイチ、ジュン、そして珍しくボーヨウも帰宅していた。
‟ケガなどはっきりした原因はわからないがおそらく二区に長くいたせいだろう、とドクターは言っている”
ボーヨウの説明にモエは驚愕する。
‟そんな…”
台風の後処理で忙しく帰宅できなかったフーガの代わりに萌咲を二区まで連れて行ってくれたのはリョウだ。
萌咲は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
“モエが責任を感じる必要はないよ。でも、これが僕たちに現実なんだ”
ケーイチが説明する。
‟大きなケガや病気などしなくとも僕たちは簡単に具合が悪くなる。そして感染が広がれば…”
話には聞いていても今まで実感はわかなかった、一区が隔離されている理由。萌咲はひたすらリョウの回復を祈るしかなかった。
幸いリョウの容態は順調に回復しており大事には至らなかった。数日後萌咲は病院にお見舞いに行くことができた。
完全に隔離された状態でベッドに横たわるリョウ。萌咲は滅菌の防護服を着てベッドサイドに座った。
‟モエ、来てくれてありがとう”
リョウが力なく微笑む。
‟リョウさん、気分はどうですか”
‟もう気分は悪くないよ。ただ熱が続いたから体力が落ちちゃって”
“すみません、リョウさん私に付き合って二区に何度も言ってくれたから”
‟モエの所為じゃないよ”
リョウはそう言って手袋をしているモエの手を握った。少しの沈黙の後、
‟僕はね、すごく悔しくて情けないんだ”
“え?”
‟僕たち一区の人間はこんなにも弱い。一区から出たらあっという間に死んでしまう”
‟リョウさん…”
‟守られていると言えば聞こえがいいけど、籠から出られない小鳥と一緒だよ”
籠の鳥なんて見たこともないけどね、リョウがさみしそうに笑う。
‟僕はモエのいくところに行ってモエがしてることをしてみたかった。それがこんなにも難しいことだったなんて知らなかったよ”
萌咲は何と言っていいのかわからず黙ってリョウの手を握りしめた。
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