第19話 萌咲、台風の朝を迎える


 翌日はフーガが一区の台風対策で朝早くから外出したため萌咲は二区に行くことができずややふてくされたまま家で大人しくしていた。


 ノリアキさん達は今頃すごく忙しくしてるだろうに、私は手伝うこともできないなんて。


“あ、そうだ”


 思いついたのは炊き出しだ。別に大掛かりな炊き出しするつもりはなく今日一日忙しく働いている男たちに差し入れを作ることだった。


 二区に持っていくんだったらおにぎりとか作っても大丈夫よね。


 とりあえず料理長に相談しようと思い立ち部屋を出た。


“あれ?モエ?”


 廊下でリョウに会う。


“今日は外出禁止だっていうのにバタバタしてどうしたの?”


“今日は二区で緊急に作物を収穫するんです。忙しくなると思うから何か軽食を作って届けようと思って”


“へぇ、はりきってるね。僕も手伝っていい?学校が休みになって暇なんだ”


“助かりますけど、リョウさん、料理とかしたことあるんですか?”


“ないけど…モエが教えてくれるだろ?”




 料理長と厨房で働く人たちが快く協力してくれたので、大量のおにぎりと冷めてもおいしいハンバーグ、カップケーキを作った。


“モエ、手際いいね”


 どんどんおにぎりを握っていく萌咲の手元を見ながら、手袋をした手でご飯粒をぼろぼろこぼしながらボール状にご飯を丸めているリョウが感心したように言う。なぜかリョウの顔やキャップにもご飯粒が飛んでいる。それを見て萌咲は笑いながら


“凝ったものは作れないけど、大人数の分を作るのは得意なんです。家族も多かったし、うちの農場で働く人たちの分とか結構作ってました。さすがにここまで大量なのは学園祭で作った焼きそばくらいですかね”


 ‟へえ、学園祭でそんなことするんだ。楽しそうだね”


 目をキラキラさせながらリョウは萌咲の話に聞き入った。

 他愛のない話をしながら出来上がったを食べ物を大きなプラスチックのコンテナーに入れて台車に積み上げる。


“えっと、これをどうやって運ぶかが問題ですよね”


“二区の入り口まではうちの使用人たちに手伝ってもらえばいいよ。その後僕が防護スーツを着て入り口内に持ち込むから”


 リョウの提案通り二区の入り口までは問題なく運搬できたが、入り口の中に移動させるのにさすがにリョウ一人では時間がかかりすぎた。萌咲も手伝ったがやはり力仕事は限界がある。そこに庭師が防護服を着てやってきて手伝ってくれた。萌咲も感謝したがリョウと庭師が食べ物の受け渡しをしたことに二区の労働者たちはいたく感激していた。


“落花様が提案してくださったおかげでいつもより収穫がスムーズに進んでいます。収穫が終わったら万が一に備えて建物の補強をする時間もあります。おまけにオーダライの坊ちゃんにまでこんなことをしていただいて、本当にありがたいです”


 ノリアキが感謝の言葉を口にして頭を下げる。

 それを聞いて萌咲はにこにこしていたがリョウは照れてしまい頭を下げるだけだった。

 帰り道マスクと手袋を取ったリョウが萌咲を振り向いて手を差し伸べてくる。

 エスコートされるのは最近慣れてきたがいつもと違うリョウの真面目な表情と手の出し方に、なぜか萌咲は緊張しておずおずとその手を取った。

 リョウは萌咲の指先をきゅっと握って


“これがモエの世界なんだね…”


“リョウさん…?”


 首をかしげる萌咲にリョウは


“なんだか、たくましくてあったかい。僕は萌咲の世界に一緒に入れないのが悔しいよ”


 そう付け足すとそのまま口を噤んだ。

 萌咲も何と答えたらいいのかわからず、リョウの手に引かれて屋敷へ戻って行った。


 ~~~


 昼過ぎから風が強くなり空が暗くなってきた。ドアも窓も締め切りみんな家の中にこもっていた。

 萌咲は自分の部屋にいたが、ふと窓の外を見ると門の傍に見覚えのある顔を見つけて驚いた。


 あれは…


 慌てて玄関を出て門まで駆け寄る。その人物は萌咲を見てさっと隠れるが萌咲は構わずに近づいて行った。


“アキさん、ですよね”


“…”


 名前を呼ばれて気まずそうに立ち止まる。


“よりによってあんたに見つかるなんて”


‟ジュンさんに会いに来たんですか?”


“話がしたいのに連絡が取れなくて。今日は外出できないことになってるから家にいると思ったんだ”


“とにかく中に入ってください。雨が降ってきそうだし”


“…”


 アキが萌咲の後について屋敷の中に入ってくると


“アキ、なんでここにいる”


 咎める様な声が階段の上の方から聞こえてきた。ハッと顔を上げた萌咲とアキは、いつも穏やかな微笑を絶やさないジュンの硬い表情に言葉が出ない。


“何のつもりだ。もう会わないって言っただろう”


“僕は!納得してない。せめてちゃんと話をしたくて”


“話しは終わっただろう。とにかく帰れ。午後からは外出禁止だ”


 ジュンが踵を返して自分の部屋に戻ってバタン!とドアを閉めた。


“う…”


 口を片手で押さえて、アキがもれる嗚咽をこらえようとする。


“と、とにかく、私の部屋へ行きましょう”


 ”モエ様“


 サクが咎める様な口調で声をかけるが萌咲は目線でそれを制止てアキを促す。あふれ出る涙をぬぐおうともせずにアキはおとなしく萌咲と歩き出した。


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