第17話 萌咲、痴話げんかに巻き込まれる

 

 国都から帰ってきてまた普段の生活に戻った。毎朝数時間トージの勉強会、三日に一度候補者の一人とデートをし、フーガの予定に合わせて出来るだけ二区に出かけていく。空いている時間は自己学習や料理。


 結構やることはいろいろあるのよね。これがルーティーンの生活と言ってしまえるようになった自分も怖いけど。


 大学に入学してからは勉強の傍ら弟達の面倒を目ながら家事をこなし、時間があれば農場の手伝いをし、と何かを思い悩む暇もなく忙しくしていたし、そんな生活に満足していた。


 時間がありすぎるといろいろ考えこんじゃうよね。


 鏡の中をのぞきながら萌咲は考える。今日はジュンとシティに出かける日だ。最近は少しだけ自分らしい装いをするようになった。ベビーピンクは似合わないからとサクもトモに伝えると快く他の色の服を取り寄せてくれた。今日はデニムのロングスカートにサンダル、小花の柄のブラウスを着て髪は高い位置でまとめる。


“モエ、準備できた?”


 ノックの後、ジュンが顔をのぞかせる。


“はい、大丈夫です!”


“うん、今日もかわいい”


 ジュンは萌咲の前に立って真面目な口調で頷き、それに萌咲も微笑み返す。


 こういうお世辞にも、イケメンたちと出かけるのにも慣れてきたな。デートと思わず交代で観光案内してもらってると思えば気負って緊張することもないし、いろいろ説明してもらって勉強になるしね。


 ジュンも細身のパンツにTシャツにジャケットと普段よりカジュアルな格好をしてる。家にいる時より若く見える。今日は萌咲の希望でジュンが通っている大学の辺りに連れて行ってもらう予定だ。

 移動車から降りると広々としたキャンパスが目の前に広がる。学生たちがそれぞれの目的地に友人と、あるいは一人で歩いている様子は萌咲のいた世界とあまり変わらない。そこにいる学生がすべて男だということを除けば。


“ここが僕の行ってる大学だよ。講義とかはオンラインだからほとんどサークルとか実験とかそういう時にしか来ないけど”


“雰囲気は私が行っていた大学と似てますね。もちろんこっちの方が建物もずっと洗練されてるし、向こうはもっと雑多な感じでしたけど”


“モエは何の勉強してたんだっけ?”


“私は農…”


“ジュン!”


 後ろからやや高めの緊張した声で呼び止められ、ジュンと萌咲は振り返った。立っているのは細身のきれいな顔をした青年だ。萌咲より少し年上に見える。


 ジュンさんの友達?きれいな人。


 小さな顔に背はそれほど高くないがすらりとした手足。艶やかなさらさらした髪。白い肌に赤い唇の中性的な顔立ち。大きく見開かれた瞳は怒っているように見える。


“アキ…”


“その子が例の天女?今日はわざわざ大学にまで連れて来たの?彼女を見せつけて僕にあきらめさせようってわけ?”


“アキ、落ち着け”


 ジュンは気まずそうに声を押さえて青年をなだめようとするが周りを歩いている人にもアキの声が聞こえたようでこちらをチラチラ見ている。


“なんだよ、そんな子。ただ女ってだけじゃないか”


 責める様にジュンと萌咲を睨んでくるアキは今にも泣きそうだ。


“よせ、アキ、モエに失礼だぞ。後で連絡するから”


“そうやってごまかそうとしたって駄目だよ。僕のコールだってメッセージだって無視するくせに。ジュンの方から連絡なんてくれないじゃないか”


 アキは萌咲を睨みつけながら詰め寄ってくる。


“あんた、より取り見取りなんだろ?もったいぶってなかなか決められないって話じゃない。オーダライにはほかにもいい男いっぱいいるだろ!ジュンじゃなくてもいいだろ!ジュンを返してよ!”


 ジュンは萌咲を後ろにかばうがアキは萌咲に手を伸ばしてくる。


‟アキ!やめないか!”


 とうとう、ジュンがアキを突き飛ばした。ハッとしたジュンがアキを見るとアキはひどく傷ついた顔をして背中を向けて走り去った。


“ジュンさん、追いかけてください!”


“いいんだ”


“だめです!あの人、泣いてた”


 容易に察しはつく。ジュンの恋人なのだろう。


“君を置いてはいけないよ。後でちゃんと連絡するから。約束する”


 ジュンは小さくため息をついて萌咲を促した。

 カフェで飲み物を買って開いている椅子に腰を掛ける。


“もうばれちゃってると思うから白状するけど、僕とアキは恋人同士だったんだ”


“恋人…”


 同性を恋人と躊躇いもなく告白するジュンに一瞬戸惑うが、考えてみればこの世界では当たり前なのだ。


 私の周りにはいなかったけど、同性愛って少しずつオープンになってたもんね。BLドラマとか結構流行ってたし。この世界には男しかいないわけで、もちろんそういう欲求や恋愛感情なんかも人間であれば当然あるわけで。


“でも、君が降下してきてアキとは別れた。君の配偶者候補になるのに恋人がいちゃだめだろう。僕はオーダライ家の長男だから配偶者候補としては第一位なんだ。あくまでも君の意志が優先されるけど”


“恋人がいるなら配偶者になることへ拒否しようとは思わなかったんですか?”


“どうして?僕はモエのこと好きだし、天女の配偶者になれるなんてすごく名誉で光栄は事だよ。天女に選ばれて拒否するやつがいるなんて考えられないな”


 その”好き”という言葉にかすかに違和感を感じる。そのせいか告白めいた言葉を萌咲はスルーしてしまった。


“アキさんのことはどう思ってるんですか”


 ジュンは一瞬言葉に詰まるが表情を変えずに


“もちろん好きだったよ。でももう終わったんだ”


“それはもう好きじゃないってことなんですか。アキさんは納得してないようですけど“


“あいつが納得しなくてももう終わったんだよ。だって僕は配偶者候補なんだからね”


 なぜか会話がかみ合わない。そのままなんとなく気まずくなったが萌咲はなんとか気持ちを切り替えて大学の構内を見学してから帰宅した。



 ~~~



“それだけ、天女様の配偶者になるっていうのは大事なことなんです、モエ様”


 こういう時に親しい女友達がいないと困るな、と思いながら萌咲はその相手にサクとトモを選んだ。


“まずこの世界ではオーダライ家の様な支配階級でなければそれほど婚姻ということは重要視されません。恋愛に関しても複数と恋人関係になっても本人たちが納得していれば問題になりません。もちろん、きちんと婚姻届けを出して配偶者として法的に認められたときは財産分与など認められますが。天女が降下してきた場合にのみ天女との婚姻は正式なものにされなければなりません。オーダライ家の様な領主の場合、天女様が降下した場合に配偶者権を優先的に与えられますからこれは義務です。天女様も保護されるとともに義務と制約が発生するわけです。ジュン様の場合はオーダライ領主の長男なのでモエ様の配偶者の第一候補になります。モエ様が候補者の一人を選ぶことができなかった場合はジュン様と結婚してお二人の子供をまず受精することになるのです”


“…なんかその辺りは随分前時代的というか昔の王様とか、そんな感じね”


 選択権があるだけましなのかもしれないが、それでも萌咲に自由意思はあってないようなものだ。そもそも天女は降下と同時に結婚の義務が発生するとかちょっと理不尽に思える。男性にとってはステータスになっても女性にとっては制約でしかない。


“それだけ、深刻な問題だとご理解ください”


 なんだか、ジュンのコイバナ相談のつもりが勉強会になっている。


 藪蛇になってしまった。


 藪蛇ついでにふと気になったことを聞いてみた。


“でも、いくら卵子を提供して人工授精をしても女の人の数は圧倒的に少ないじゃない?立て続けの妊娠出産もすごく体に負担になるでしょうし、そんなにポンポン赤ちゃんを産んでられないよね?”


“天女は出産しません”


 サクは当たり前のことを言うように答えた。


“は?”


“基本的に卵子は採卵された後、配偶者の精子と受精させ、受精卵は人工授精してから約四十週間、外気で生きられるようになるまで培養液で育てられるのです”


“まさか、そんな事不可能…”


“ほとんどすべての人間はそうして生まれます。ごくまれに配偶者との子供を妊娠し体内で育てられる天女もいますが最長で二十週で体内から取り出し、保育器で育てられます。出産には多大な危険が伴うため天女の安全のために奨励されていないのです”


 余りに予想外の説明に萌咲は言葉が出なかった。

 培養液内で胎児を育てる?やはりこの世界は萌咲のいた世界の何百年も未来なのか。そうでなければ全くの別世界。科学技術はかなり進んでいうようでも、いろんな面で元居た世界と変わらない部分が多いとおもったのだがこの事実は萌咲の常識の範疇を超えていた。


 それにしても女性が妊娠出産しない。

 説明されたことが頭の中を滑っていくような感じがした。

 萌咲の感覚では、おばあちゃんの言う”妊娠出産は病気ではない“のである。もちろん予想外のトラブルやアクシデントはあるが、最初からそれを回避するために、妊娠そのものを奨励しないとは。

 最近、忘れかけていたこの世界への違和感を思い出してしまうのだった。


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