第16話 萌咲、国都滞在二日目
翌日は個々で総領主夫妻に面談した。
昨夜あんなところを見られてはずかしい。
そう思いながら萌咲は夫妻の前に出たがユリエは柔らかい笑みを向けるのみで昨夜のことは何も口には出さなかった。
“君の話は聞いているよ。納得できないこともあるかもしれないが、この世界での天女の在り方は覆すことはできない。オーダライの者達は皆思いやりがあるいい男たちだ。ゆっくり考えて配偶者を選ぶといい。きっと幸せになれるよ”
総領主である初老の整った顔の男性が優しく萌咲に話しかけた。萌咲は黙って頭を下げる。
幸せになれると言われたって、私にはまだどうしていいのか、どうしたいのかわからないのに…
表情をこわばらせる萌咲をマリエはじっと見ていたが、退出際に
“何か困ったことがあったら連絡してきなさい。出来るだけ力になるわ”
と、耳うちしていった。
‟午後から天女だけのお茶会?“
不穏な響きに萌咲はまじまじと鏡に映るサクを見る。
朝、食事に行く前の身支度をしながらサクは萌咲の長い黒髪を丁寧にブラッシングしていた。ほとんどの事は自分でやっている萌咲だがサクとトモは萌咲のストレートの黒髪がいたく気に入ったようでブラッシングだけはやってもらうようにしている。
‟はい、ボーヨウ様とケーイチ様は会議がありますし、他の配偶者候補の方々もそれぞれ交友を深めながら情報交換などなさいます。天女様方も女性だけでお話し合いをする機会はめったにない貴重な機会ということで今日はお茶会が催されます。
“うーなんか気が進まないな。ここに来るまでは他の女性に会えると思って楽しみにしてたんだけど、どうも私はここでも浮いてるのよー”
‟総領主の天女のマリエ様も参加されますので辞退するのは失礼にあたるかと“
‟マリエ様も…”
マリエが参加すると聞いて萌咲も少し気持ちが変わった。
‟わかりました。頑張ります”
~~~
“それであなたはどなたを選ぶつもりなの?もうすぐ期限でしょう?”
“まだ教えられないわ。ぎりぎりまで待たせるつもりなの”
“そうよね、配偶者が決まったとたんに毎月卵採集が始まるでしょう?それまでは少しでも楽しまなくちゃ”
“そうそう、期限が近づくと向こうも焦って、扱いがさらに丁寧になるわよね。今のうちにおねだりしなくっちゃ”
こういう会話をきくと何となく天女たちも切実なんだな、と思うが…
“え、あなた昨夜タカラヤのヒロト様と?”
“フフフ…まあね”
‟やだ、私ヒロト様が明け方リアさんのお部屋から出てくるところ、見たわよ“
“えーはしご?”
‟あなたこそそんな時間に何してたのよ”
くすくすと笑い声が聞こえてくる。
この辺はついていけない。
聞こえないふりでお茶をすすっていると、
‟ところで、ねえ、あなたこの世界の事何も知らないって本当なの?”
突然声をかけられる。
わーこっちに話題を振らないで!
‟はい,まったく”
“信じられない。それで天女なんて言えるの?私たちはこの世界に来た時から役割を自覚して世界を救う使命を果たすのよ”
隣の天女が胸を張って言う。
‟そうなんですね…”
‟それだけじゃなく天女としての誇りも覚悟もあるの”
‟ですね…”
‟そんなにおどおどして。もしかしてわざとやってるの?そういえばあなたには特別に長い選択期間が与えられてるんですってね。ずいぶん優遇されてるのね。オーダライの方たちにかわいがられていいわね”
萌咲を囲む数人の天女たちの視線も口調も明らかにとげがある。縮こまりながらも、ふと疑問に思ったことを聞いてみる。
“あの、皆さんはこの世界に降下してくる前の記憶はあるんですか?どこから来たかとか”
‟…”
‟…”
無いの?
“ないわよ。だって私たちは天女だもの。天で創造されてこの世界に天から降りてきたの”
‟はあ…”
…天で創造されて降下してきたにしては随分俗っぽいというか人間くさ過ぎる。別にそれが悪いわけではないけど人間の女としての知識は普通にあるようなのに。
私のように異世界とか過去から来た、と言われた方がまだ信憑性がある。
“何よ、何か言いたいことがあるの?”
明らかに機嫌を損ねた彼女たちは萌咲を無視して自分たちの会話を始めた。
ああああ…思いっきり疲れた。
針のむしろのようなお茶会もようやく終わり天女たちが退室し始めた。
‟モエさん”
声をかけられて振り向くとマリエが立っていた。
“ちょっといいかしら”
部屋にはまだ数人天女たちが残って立ち話をしている。特にマリエと萌咲に気を止めている様子もない。
“居心地悪かったでしょう。ごめんなさいね、助けてあげなくて”
“そんな、マリエ様が謝られるようなことじゃないです。私も気の利いた会話ができなくて”
“でも、あなたには天女たちの素の顔を知ってもらいたかったの。彼女たちの考え方とか。いろいろ違和感を感じたんじゃなくて?自分と随分違うと思ったでしょう”
‟はあ、確かに”
‟その違和感を忘れずにいなさい。あなたは他の天女たちとは明らかに違うわ。だからって今すぐどうこうっていうわけではないのだけれど”
マリエの言葉はわかるようなわからないようなものだったが萌咲は黙ってうなずいた。マリエと別れて萌咲が部屋を出ると、廊下にコーキとジュンが待っていた。残っていた天女たちがちらちらと二人を見ている。
‟萌咲!遅かったね。待ちくたびれたよ”
“え?どうしたんですか?二人して”
“僕たちは交流会抜けてきたんだ。せっかく国都に来たんだからモエを観光に連れて行こうと思って。だってあんまり時間ないじゃん”
コーキが片目をつぶって言う。
‟いいんですか?そんな事”
“大丈夫大丈夫。明日はケーイチとリョウが交代するからね”
‟モエ、気疲れしたでしょ。ここから少し行ったところに大きな公園があるんだ。そこの近くにいいレストランもあるから散歩した後ランチしよう”
この会話を聞いた天女たちが羨望の目でこちらを見ていたがコーキ達は気にもかけず、萌咲の肩を抱いて歩き始めた。
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