第13話 萌咲、おねだりをする


“みてみてーモエにおねだりされちゃった”


 居間でゴロゴロしていたリョウとニュースを観ていたケーイチにコーキが自慢げに目の前で紙をひらひらさせる。


“へぇ?めずらしいじゃないか、モエがおねだりなんて。いつもは何を聞いてもいらない、必要ないっていうばかりなのに”


 ケーイチが口をへの字に曲げると


“じゃぁ、コーキはモエと買い物に行くんだ、いいなー”


 と、リョウもうらやましそうにコーキを見る。そのコーキ本人は部屋に来た時の自慢げな顔を引っ込め複雑そうな顔をしてため息をついた。


“僕も初めはモエに甘えてもらってるって喜んだんだけどさ…このリストよくみてよ”


 ケーイチが紙きれを取り上げて読み上げる。


“長靴、麦わら帽子、長そでシャツにジーンズかジャージ?に軍手、かっぱ?”


“合羽”


“なにそれ?”


 リョウが首をかしげる。


“レインジャケットのこと”


“買い物というか、こういうやつはオンラインオーダーになるね。で、長靴は何で”


“全部農作業のためなんだよ”


“…”


“プッ!”


 とケーイチが噴き出す。


“コーキ、お前それおねだりはおねだりでも調達するように頼まれただけだろ”


“うるさいなー。それでもいいんだよ。一緒に選んだりできるから”


“いや、これほとんどオーダーメイドだろ。天女用のジャージなんて売ってないぞ”


“モエ、ほんとに二区で農作業する気なんだ…”


“ああ、フーガさんの監視下ということで許可が出たからな”


“モエ、フーガおじさんに取られちゃったりして”


 リョウが情けない顔をする。


“僕も二区に行きたいな…”


 ぽつり、とつぶやくリョウに従妹の二人も黙りこくった。


 二区に行くようになって萌咲はみるみる元気になった。家の中でも厨房を覗いたり花壇の手入れをしたりして表情も生き生きとしている。ケーイチ達にも質問をしたり色々話しかけてくるようになった。そんな萌咲に男どもは骨抜きになっているのだが誰一人として二区に一緒に行くことはできない。フーガを除いては。そしてフーガも明らかに変化していった。口数も増えて表情が柔らかくなった。それ自体は喜ばしいことだ。みんなフーガのことは好きだから。でも、それぞれが心の中に小さな焦燥感を感じていた。


 そんなケーイチ達の心境も知らずに数日後届いたおねだり一式を見て萌咲が目を輝かせていた。


“わーありがとうございます!この長靴花柄で可愛い!ジャケットとお揃いなんですね。畑に来て行くのもったいないなー”


“ねぇねぇ、モエ。ちょっとこれ着て写真撮らせてくれない?”


 ジュンが麦わら帽子をくるくる回しながら聞いてくる。


“いやーそれはちょっと。田舎の子そのものになっちゃうから”


 萌咲が複雑な顔で答える。

“えーかわいいと思うけどなー”


“こんな格好の天女なんてなかなかいないよ。貴重だよ”


 とコーキも言う。


 そりゃ、いないでしょうよ…


 翌日麦わら帽子に長そでシャツ、ジャージに長靴姿の萌咲はフーガとともにいそいそと二区へ出かけて行った。二区では農作業の責任者的なノリアキに指示を仰いでひとしきり農作業を満喫し満足したようである。

 花柄とはいえ、萌咲の希望で地味な色合いの服を揃えたため、萌咲はあっという間に農場にと他の労働者になじんでしまった。見つけやすくするため、フーガは次に行く時に麦わら帽子にオレンジのリボンを目印に着けた。

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