第12話 萌咲、この世界について説明を受ける
“落花様。こちらの生活にも慣れてこられたようなので今日はこの世界の天女についてもう少し詳しくお話いたしましょう”
神官トージの勉強会である。
サクとトモ、フーガやボーヨウから大体のことは聞いているけど、こちらの世界の事や天女の役割について全く知識のない萌咲に気を使って今まであまり突っ込んだ話はされていなかったが。
とうとう、来たか。
正直、聞きたくなかった。嫌な予感しかしない。男しかいない世界にどこからか現れるごく少数の女。何を望まれているのかは明らかだ。
緊張した面持ちで頷く萌咲に神官は微笑みかけ、話始める。
女性の出生率が徐々に下がり始めたはもう千年も前のこと。その頃科学技術の発達で人類は便利で快適な生活を謳歌していた。遺伝子操作によるがんや難病の減少、感染症の多くは強力な抗生物質で撲滅されたかにみえた。若く健康な体の保持にとどまらず、容姿や頭脳、身体的能力も望むままに手に入れた。男女の産み分けは普通に行われていた。
ところがある時を境に女児の出生が下降し始めたのだ。理由は全く不明。人工授精をしても成功するのは男児ばかり。クローンを試みても女性体は失敗するしクローンに付随してくる問題が多すぎてあまり行われなくなった。早くから未来を危惧していた科学者たちの提案により各国で卵子の収集、凍結保存がされ、その冷凍卵子のおかげで今まで細々と人類の存続を可能にしてきたのだった。
そしてここ三百年ほどは、天女乞い(あまごい)という非常に非科学的で不確かな方法に頼る形で凌いできたという。儀式をすれば必ず天女が下りてくるわけではないが、年間に世界で数十から百人程度は落ちてくるらしい。
“信じられない”
萌咲は素直に感想を口にした。トージは続ける。
どこの国でも始めは狂喜したが限られた人数の彼女たちをどう扱っていいのかわからなかった。落ちてきた女性たちはある国では女神のように、ある国では奴隷のように、またはある国では卵子製造機のように扱われた。長い年月をかけて学んだことは女性たちを手荒に扱えば扱うほど子供は生まれないということ。そしてどんなに丁重に扱ったとしても、それでも生まれるのは男児のみ。
石を飲み込んだように胃が重くなった。吐き気がしてきた。腕にはまったGPS付き腕輪を無意識に弄る。
蒼白になった萌咲を安心させるようにトージは萌咲の手を一度握った。
“この国では比較的早くから天女を丁重に扱ってきました。争いや混乱を防ぐためもあり全くの自由恋愛というわけにはいきませんが、限られた中でも選択権を天女に与えること。候補者たちと過ごしてもらいその中から配偶者を選ぶ方法です”
萌咲はケーイチ達の顔を思い浮かべる。
“基本的には配偶者を選んだあと一年の時間が与えられ人工授精をを行います。基本的に自然受精は奨励されません。妊娠出産が母体に与えるストレスや危険、また卵子採集の効率が悪くなるからです。一年経過したら国へ定期的に卵子の提供をしていただくことになります。本人たちの了承があれあば結婚後すぐにでも始めます。いずれにしても最優先事項は子孫を残すことなのです”
不思議なことに、とトージは続ける。
“いつのころからか、記録ではここ百年ほどでしょうか。理由はわかりませんが降下してくる天女たちもなぜ自分がこの世界に来たのか理解しているようになったのです。ですからこちらの対応もほぼマニュアル化されていました。領主様のご子息たちや甥御様達の母親である落花様もそうでした”
“領主様とフーガさんのお母さまもそうだったんですか…?”
それに、トージはぴくっと反応したが
“ま、あ、はい、そうですね”
と続ける。
“ところがあなた様は他の方達といろんな意味で違うのです。あなた様も困惑されていると思いますが、我々も困惑しているのです、ただ、大神官に出来るだけあなた様の意に添うように、と言われております。ですから配偶者選びにも通常より時間をかけていただけますし、とにかくこちらの世界になじんでいただくことを第一にしているのです”
皆さんお優しいでしょう?と言われて、こくりと頷く。
女児の出生率低下が深刻になり始めたのと同じころ一度は撲滅されたとする感染症が急激に流行りだした。抗生物質や抗ウイルス剤、ワクチンなどですぐ対応するものの病原物質は変異を繰り返して人類を襲い続ける。感染症のない環境に慣れていた人類の抵抗力は著しく低下しており、いったん感染すると薬を投与しても人間の体が耐えられずあっという間に重篤化していった。このことは人口減少を加速した。人類は生き残るために技術を駆使して病原菌を可能な限り生活圏から締め出すことにした。それが一区、二区、そして三区の生活圏の区分である。一区は可能な限り清潔に保たれ、二区は物資の生産上必要なエリアとして農業、工業、軍事とそれに携わる労働者層の住居が置かれた。それぞれの区に住む人間は厳格に管理され、一区には支配層、裕福層、一般市民、二区には労働者層が住み相互移動は基本的にできないことになっている。例外が軍隊と、運搬作業を担う労働者たちだ。
因みにフーガは軍隊に属しており行き来が比較的自由にできるようになっている。彼は少し変わり種で抵抗力も他の一区に住む人間より強く、軍の仕事以外でも二区に入り浸っているらしい。
だから、初めは二区へ行くことを禁止されていたのか。異世界から来たらしい自分は確かに免疫力は強いらしいが、どうして他の女性たちとも違うのだろう。ほかの女性たちはどこから来るのだろう。
萌咲の頭に浮かんでくる疑問に答えられる人はどうやらいないようだった。
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よし!これなら大丈夫。あまりおしゃれではないけど、味は良い。ここの人達はあまり見た目とか気にしないだろうし。
心の中でサムズアップをして大皿に山盛りの大学芋を盛って萌咲は小屋の外に出た。
“ん、うまそうなにおいがするな”
小屋の外のテーブルとイスで書類を読んでいたフーガが鼻を引くつかせる。
一つつまみ食いをして、うまい、と指を舐める。萌咲は、お行儀が悪いですよ、とたしなめながら手拭きを渡す。
“よかった。これ休憩のお茶うけにどうかと思って”
“今日ここらへんで働いてるやつらは運がいいな。喜ぶぞ”
そう言って立ち上がると大声で働いてる男たちに声をかけた。
十人ほどが集まってきて目を輝かせる。
“俺たちが頂いていいんですか?”
‟落花様が…もったいない。でもうれしいです”
“ありがとうございます”
と言いつつうまいうまいと芋を口に入れていく。冷たいお茶を渡しながら萌咲もにこにこと満足げに笑った。
お土産にサツマイモをもらって持ち帰り屋敷でも大学芋を作った。油で揚げるのでこれも許可がでた。とろりとした甘いソースに絡めたシンプルなものだがみんなに好評で、とりあえずパイの汚名挽回完了。
簡単すぎるけど、無理しない程度で頑張ろう。
と、心の中で拳を握る。
萌咲の存在は二区の労働者たちにとってまさに天女だった。初めはおそるおそるフーガの後ろについて畑を見回ったり作業を眺めているだけだったが、次第に屋敷で作った料理やフーガの滞在する小屋の台所でつくった料理を振舞うようになった。大体簡単な午後のおやつ程度だが、萌咲は大量に作ることに慣れているらしく手際よく料理をする。
礼を言われて、嬉しそうに微笑む萌咲の笑顔は男たちの心を溶かすのだった。
無邪気に微笑む萌咲とデレる男たちを見ながらフーガは萌咲が見つかった日のことを思い出す。
あの日の前日、フーガは初めてボーヨウの代理で天女乞いに参加した。基本的に領主が祈祷主として参加するのだが、その日ボーヨウはどうしても抜けられない用事があり、フーガが代理で参加したのだ。天女の降下を参加者全員で祈る。フーガは形式上は祈っていたが内心複雑な思いでいた。
人類の存続は重要だがこの世界の在り方ははゆがんでいる。この方法で天女が下りてきても自分は心の底から歓迎できないと思う。そして何より降下してくる天女が哀れでもある。こんな風に考える自分は間違っているのだろうか。同時に自分の母親のことも考えていた。彼女は誰よりも不幸な天女だったに違いない。天女などいない方がいいと自分などは思うが、それでもこの世界には天女が必要なのだ。せめてその娘が不幸にならないように、儀式の間そんなことをつらつらと考えていたのだ。
そして儀式直後に小さな地震が起き、萌咲が発見されたのだった。
自分はこの娘を歓迎しているのだろうか。
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