第11話 萌咲、試しに料理をしてみるが…
“あれ?コーキ、今日はモエと出かけるんじゃないのか?”
ケーイチに声をかけられて、コーキはへへへと笑う。
“今日はねーモエが僕のためにチェリーパイを作ってくれてるんだ。だから庭でお茶して、それから出かけるんだよ~”
“へえ、モエの手作りかぁ、いいな。俺もお相伴していい?”
“余ったら少しくらい分けてあげてもいいよ”
“何言ってんだよ、コーキ兄。モエはちゃんと僕たちの分も考えて作ってくれててしかもお茶にも招待してくれたんだろ。それをダメだって言ったのはコーキ兄じゃんか”
“当たり前だろ。今日は僕とモエのデートの日なんだから。だいたいリョウは図々しいんだよ。おすそ分け貰えるだけでも感謝してよね”
ジュンはまだ学校から帰ってきていないが残りの婿候補三人がやいのやいの言っあっている。
部屋の外で出来上がったパイをもって、中に入ろうとしていた萌咲は入りづらくて困ってしまった。
ど、どうしよう。そんな風に言われると、こんなのを見せるのが申し訳ない…
萌咲はあまり凝ったり見栄えの良いものは作れないが、家で家事全般を担当していたので手料理やお菓子作りはわりと得意なほうだ。しかし、今回は異世界の初めての使う厨房ということで勝手が違った。
パイ生地の加減やオーブンの火加減などでうまく火が通らずオーブンから入れたり出したりしているうちに表面がすっかり焦げてしまった。つまり失敗作。
うわーん、どうしよう。入りづらい!
眉を八の字にしてドアの前に立ち尽くしていると、
“どうした?”
頭の上から声がして顔を上げるとフーガが上から覗き込んで肩眉を上げる。
“これは…見事に焦げてるな…”
“わーわーわ―!!見ないで!だめ!見ないでください!”
“何騒いでいるの”
とドアが開いてコーキが顔をだす。
“あの!ごめんなさい。お待たせしたあげくパイ焦がしちゃって…”
萌咲を招き入れながらコーキがパイを見る。表面の七割くらいがタヌキ色を通り越してこげ茶色になって、一部炭化している。
“…こんがりしてるね”
“食べなくていいですっていうかじっくり見ないで…。今度つくり直しますから”
“いいっていいって気にしないで。こっちに来て初めて作ったんでしょ。モエが僕のために作ろうとしてくれた気持ちが嬉しいよ”
“慣れればすぐうまくできるようになるよ”
肩を落として居間に入る萌咲にみんな優しく声をかけてくれる。
その時、サクっと音がした。
振り向くと焦げたパイの一切れを手づかみにしてフーガがかぶりついているのをみてぎょっとする。
“!!!や、やめてください!フーガさん、おなか壊します。おいしくないでしょ”
手を伸ばして取り上げようとするも片手で頭を押さえられて遠ざけられる。
“チェリーの味見をしてるだけだ。なかなかイケるぞ。作ったやつらに教えてやらんとな。焦げくさいとこは差し引いて報告しておいてやる”
フーガの言う通り、このダークチェリーは二区から籠いっぱい貰ってきて”消毒”した後、萌咲が煮てパイの中身にしたのだった。
二区に行く許可をもらって初めは自分も働こうと張り切っていた萌咲だった。しかしいろいろと規制事項がありすぎてとりあえずは散歩がてら農園を観察するの留めている。その代わり、もう少し領主邸で出来ることを増やそうと家の中の事をするようになった。料理は衛生面の管理が非常に厳しく厨房に入るときはプロ並みの装備(まさに手袋、マスク、ゴーグル、キャップ、ガウン、ブーツの装備)をしなければいけないので動きづらい事この上ないが、やらせてもらえるだけ感謝している。
今日は初めて一人でパイに挑戦したのだったが…
うーん、高温での調理だから衛生面で比較的安全だと思って選んだけど、慣れるまでは簡単なものから挑戦したほうがいいな。
フーガ相手にじたばたしている萌咲をみて、一瞬あっけにとられるコーキ達だった。普段あまり軽口をたたかないフーガの気安い様子にも驚いたが、萌咲はまだ周りに気を使っている様子がありありとしていのるに今はすごく自然だ。顔を真っ赤にして騒いでいる。
か、可愛い…
今まで見たこともない“素の女の子”の姿に三人は思わず見とれてしまったのだった。
ストレスで倒れた萌咲を慮ってオーダライ家では、萌咲に二区に行くことを許可した。フーガの監視/護衛付きで一日二時間程度。それ以来萌咲の表情は生き生きとし、屋敷内でのふるまいにも変化が出てきた。少しづつこちらの世界のやり方を学び自分でも動き始めたのだ。時たまとんちんかんな言動で周囲を戸惑わせたり呆れさせたりしているが屋敷の者たちも萌咲を受け入れ始めていた。
もともと穏やかに萌咲を見守る立ち位置にいたケーイチや好奇心丸出しのコーキだけでなく一歩引いて萌咲をみていたジュンやハズレ天女などど揶揄していたリョウも萌咲が屈託ない明るさを見せ始めるとその魅力を無視できなくなっていた。
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