第6話 萌咲、うっかり(?)脱走する
萌咲がこの世界に来て二週間ほど経つ。四日連続で違う男性とデート。どんなにイケメンでも、いやイケメンならなおさら、どんなにやさしくされてもよく知らない相手とでかけるのは萌咲にとってかなり高いハードルで毎日帰ってくるとグッタリだった。
買い物などは店に行く必要はないのだがやはり物を見て回るのが楽しみの一つなのはここでも同じらしく服や小物、アクセサリーの店などはたくさんあった。前にジュンから聞いていたために驚かなかったがシティに出るとユニセックスやフェミニンな格好をした男性を結構見かけ、男らしい男性と腕を組んで買い物をしている姿を見かけた。そうした男性たちはやはり線が細く顔立ちも中性的な感じで想像していたよりも違和感がなかった。
そうした珍しいこの世界の光景は興味深いものではあったが萌咲の精神的疲労は次第に蓄積していた。
ケーイチ達は萌咲のことを紳士的に扱ってくれ、萌咲が疲れていることを理解して今日は“お休み”にしてくれた。領主邸の敷地内の庭なら一人で散策しても構わないと言われたので萌咲は一人でふらっと外に出てみた。
庭を歩きながら植えられている木や花を眺める。
たくさんの緑があって、きれいな花が咲いている。とても丁寧に手入れをされていて、まるで…
まるで作り物みたい
それが印象だった。外にある庭というより、温室、温室というよりホテルやお寺に作られた人工の庭、そしてそこに咲く花たちでさえ作り物めいている。
萌咲は育った環境もあり植物や動物は好きだし通常の同い年の女の子に比べたら詳しいほうだ。国立大学の農学部の学生としてまじめに勉強もしている。萌咲の家にはたくさんの野菜や木や花があるがもっとごちゃごちゃしている。そしてその分生気にあふれている。
そんなことを思いながら歩いていると、裏門が見えた。そこを出るともう屋敷の敷地ではないので出ることは禁止されている。
少し外を覗くくらい、いいよね。
正直一人で行動することを制限され息が詰まるようだった。思い切って門を開けて外を覗くと空地のように開けた空間と門から伸びていく道路。その先に目をやると少し離れたところを歩いている背の高い男の姿があった。
あ、あの人。
初めてここに来た日に運んでくれた人だ。それなのにお父さんと呼んで怒らせてしまった。はっきり見たわけではないが多分もっと若いのだろう。あの時と同じ自衛隊員の様な恰好をしている。ここに来てからたくさんの人を見たが色素の薄い髪や目が一般的な中で彼の黒髪は目立っていた。
謝らないと。
‟あ、あの!“
声をかけたが聞こえたのか聞こえなかったのか、男はチラッとこちらを見たような気がしたが、そのままどんどん歩いて行ってしまった。萌咲は慌てて追いかける。気が付くと結構な距離を来てしまった。
どうしよう。
まだ領主邸は見えるが裏門はずっと後ろだ。
遠くまで来てしまった不安はあるが彼がいるのならば大丈夫だろうという安心感もあり萌咲は半ば駆け足でついて行く。しばらく行くと大きな木と城壁の様な壁と砦の様な建物が見えてきた。大木の脇には高さもあるが横幅も広く大きな扉がついている。男はその大きな扉の方ではなく横にある小さな扉を開けて身をかがめて入って行った。
男が扉の向こうに消えてからしばらくしてようやく扉までたどり着いた。閂で閉じられるようになっているが錠もかかっていない。勝手に入っていいのもか少し躊躇したが思い切って扉を開けてくぐる。
扉を通り抜けると後ろで扉がバタン!と閉じた。ビクッとして閉まった扉を押してみるも、扉は動かない。こちら側からは開けられないような仕組みになってるのか。いよいよ追いかけてきた男を探さない事には帰ることができなくなったようだ。萌咲は扉を背にして目の前の風景を見渡す。
目の前には畑が広がっていた。見覚えのある野菜が植えられており、やや離れたところには家畜小屋のようなものも見える。遠くには林の様な木々も見える。
どこかなじみのある風景に萌咲は目を見張る。大きく息を吸い込むと草の匂いが肺に入ってきて萌咲は思わず微笑んだ。暖かい風が頬と髪をなでていく。男を追いかけてきたことも一瞬忘れて一番近くの畝に歩み寄り、植物の葉を眺める。
ジャガイモ?に似ているがずいぶん大きい。触れてみようと身をかがめて手を伸ばすと、
“あ、あんた…?”
“!”
声をかけられて、はっと体を起こした瞬間腕を掴まれる。目の前には作業服を着た男が驚いた顔で立っていた。
“おい!お前らちょっとこっちにこい!”
と、男は仲間を呼ぶ。
“女…”
“天女様か?なんでこんなところに”
“天女がこんなところに来るわけねぇ”
そうしているうちにわらわらと人が集まってくる。当然といえば当然だがみんな男だ。この世界に来てから周りにいたこぎれいな男たちとは違い、よれた作業服を着たいかにも労働者といった男たちだ。どちらかというとこっちの方になじみがあるはずなのだが、知らない場所で知らない男たちに囲まれると怖気が湧き上がってくる。
あちこちから、女だ、という声が聞こえてきて男たちの目が自分の頭のてっぺんから足の先まで舐めるように観察しているのがわかる。
“わ、私…”
恐怖で口が震えてそれ以上言葉が出ない。
“こっちに来い”
と、さらに腕を引っ張られる。
男の方によろめいて体がぶつかってしまう。その萌咲の反対側の腕もぎゅっとつかんだ男の喉がゴクリとなる。
“これが、女…”
腕をなでられる感触に嫌悪を感じ萌咲の全身がこわばった時
“何をしている!”
という鋭い声がする。その場にいる全員がそちらを見る程の威圧感のある声だった。その声に振り向くとそこには先ほどまで萌咲が追いかけてきた男が険しい顔で立っていた。
“フーガ様”
“その手を放せ。天女に無礼を働くとただでは済まないぞ”
男は慌てて萌咲を放して一歩下がり
“す、すみません。まさか天女様がこのようなところにいらっしゃるとは思いませんで”
と深々と頭を下げる。
“その理由は俺も知りたいところだが、彼女は正真正銘の天女だ”
男たちを見渡し
“お前たちは仕事に戻れ”
と言うと萌咲に向かって、ついて来い、というように顎をしゃくる。それまで固まっていた萌咲だったが慌ててついていく。
怖かった…
体が震えている。男の後ろを歩いているうちに涙がにじんできた。声を押さえようとして返ってしゃくりあげてしまった。先を歩いていた男が足を止め、萌咲を振り返るとため息をつき近寄ってくる。
伸ばされた手がそっと萌咲の頭に触れる。一瞬びくっと体をこわばらせたがその手の暖かさに緊張が解けた。
“う、え、え…”
涙が後から後からあふれてくる。今の事だけではない。ずっと緊張してた。不安だった。なぜ自分が突然こんなところに。家に帰りたい。
“お父さん、お母さん、お兄ちゃん…”
どうやら、“お父さん”のところだけが聞こえたらしい。
頭の上からまたため息が聞こえてきた。
“また、お父さんか”
その声に一気に気持ちが引き戻され、ばっと顔を上げて萌咲が慌てる。
“ごめんなさい!ごめんなさい!あの時も。私謝りたくて…お屋敷の庭であなたを見つけて”
男が目を見開く。
“まさかその為に追いかけてきたのか”
頷くと頭をまたポンポンと軽く叩くと軽く自分の方に引き寄せる。萌咲は抵抗なく彼の胸に頭をこつんとぶつけた。
“全く無茶をする”
と出会ってから何度目かのため息をついた。
この人の傍はなぜか安心する。
なんでだろ、この人にため息をつかれてもなぜか悲しくはならない。
もう涙は止まっていたがもう少しこのままでいたくて萌咲はじっとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます