第5話 萌咲、「ハズレ」天女の認定を受ける
“サクさん、トモさん、この前もお願いしましたが私のことを落花様って呼ぶのはやめてもらえませんか?”
“落花様の名前を呼んでいいのは婿候補とその親族のみと決まっております”
“えーすごく窮屈なんですけど”
“すぐ慣れますよ”
“慣れませんよ。お願いします。この部屋にいるときだけでいいから萌咲と呼んでください”
“私たちが罰を受けてしまいます”
“誰にも言いませんからお願いします!”
手を合わせて頼み込む萌咲。上目遣いにそうされるとどうにも断れないトモだった。彼はチラリとサクを伺う。
サクはため息をついて
‟わかりました。この部屋の中だけですよ。その代わりモエ様も私たちにそのような言葉遣いをしないでください”
“わかりました!”
よかった。落花様なんて呼ばれてたら気が休まらない。
萌咲はほっとしていたがサクとトモの顔に“やっぱり変わってる”という言葉が張り付いているのには気が付かなった。
~~~
“落花様!このようなところにいらしてはいけません”
“落花様!その様なことをされては困ります”
屋敷の中を見たいと言っては厨房に顔を出したり、自分の部屋の掃除を始めたりする萌咲に使用人たちは大慌てだった。後を追いかけて回るサクとトモもほとほと手を焼いていた。
‟あんな落花様聞いたこともない。あちこちに顔を出すしあれやこれやと聞いてくるし、そうかと思えばおどおどしてこちらの顔色を窺ってくる”
ある時萌咲が部屋を出ようとしたと扉を開けると使用人たちの声が聞こえてきた。
“どうも天女という自覚も品格もないようだね。天女様というのは往々にして落ち着いておられてご自分の役割を自覚し誇りをもっておられる。私が前に勤めていたお屋敷ではお姫様のように振舞っておられたよ”
と年かさの男性の声。したり顔で頷いているのが目に見えるようだ。
‟寄りによってこのオーダライ家にそんな変わった天女様がくるなんて”
‟リョウ様がハズレを引いたってぼやいてたよ”
“ハズレって、そりゃさすがに失礼だよ”
くすくすと笑い声がして萌咲はいたたまれなくなる。
‟あなた達失礼ですよ。そんな無駄口をたたいてないで仕事に戻ったらどうですか”
サクの声がして使用人たちは慌ててそれぞれの持ち場に散っていったようだ。萌咲が隠れている扉の後ろにトモが顔を出す。涙目の萌咲を見て申し訳なさそうに頭を下げる。
‟モエ様、申し訳ありません。彼らにはきつく言っておきますがどうか気になさいませんように”
“いえ、大丈夫です。私がこちらの事を何もわからないのは本当の事ですから”
萌咲は慌てて涙をぬぐいながら微笑む。
そんな二人を少し離れたところから見ていたのはフーガとリョウだった。フーガはリョウをちらりと見て
‟お前、ハズレだなんてそんなこと言ったのか”
“だって、みんな天女様は素晴らしい、配偶者候補になれるのはすごくラッキーだって言ってたのに、いざ会ってみれば全然聞いてたのと違うって言うんだもん”
リョウは気まずそうな顔で言い訳する。
“くだらないことを”
フーガはフイっと顔をそらして反対方向へ歩いて行った。
‟そりゃフーガおじさんには関係ないもんね”
リョウはふてくされてその後ろ姿に声をかけた。
使用人たちも困惑しているが萌咲も少しずつこちらの世界のことを知るつれ自分のいた世界との違いに困惑した。
天女の役割ということはさておき、まず徹底した清潔環境、手に触れるものは除菌。現在確認されているあらゆる菌に対応できる消毒薬が常備されており建物の中は非常に清潔だ。食事も材料は出荷される前に消毒されきれいな水で洗われてからパッケージに入れられる。料理は普通(に見える)の厨房で行われるが食卓に出される前にもう一度特別な光線ユニットをくぐる。
どうやらこの世界の人は著しく菌に対して抵抗力が無いようなのだ。天女達もそれは同じで彼女らが降下してくるときはきれいな膜(繭と呼ぶ)の様なものに包まれて完全防備の状態で落ちてくるのだそうだ。だから萌咲が発見されたとき泥まみれで木の根元にいたのに皆驚いたのだった。
“ねえ、サクさん、あの大きな木のある場所に行くことはできる?”
“それは控えていただきます。モエ様にはこの屋敷の敷地内とシティは外出されて構いませんが”
“どうして?”
サクは小さくため息をついてから説明する。
“この国、この世界すべてそうですが大きく三層に分かれています。今、私たちがいるのが第一区。清潔で安全な場所です。そして次が第二区。農業、工業、軍事業などが行われている地域ですがその為に清潔度が著しく落ちます。一区に住む人間の大半は二区に行ったことがありませんし行けたとしても長時間の滞在はできません。逆に二区の人間は一区に来ることは可能ですが雑菌を持ち込むために例外を除いては二区へ入ることは禁止されております。主に労働者階級が住んでいるのが二区です”
“でも野菜とか二区で作っているんでしょう?どうやって運んでくるの?”
“それが例外です。二区で生産あるいは製造された物資はこちらから二区へ人をやり搬入をします。戻ってきてから全て消毒を行います。一区と二区を行きする人間は防護服の着用を義務付けられています。短時間でしたら防護服がなくとも大丈夫ですが作業をするにはやはり限界があるからです。運搬業を営む者や位の高い軍関係者などがその中に入ります。モエ様が発見された大木は一区と二区の境にあります。この屋敷のすぐ裏なのですがその木の傍に二区への入り口もあります。モエ様が降下された日は少し前の地震で扉にゆがみが生じたために修理のためにたまたま人が集まっていたのです。ですから普段はもえ様には敷地内から出ることを控えていただきたいのです”
“ふーん?”
ここで質問、と手を上げる。
“じゃあ、二区に住んでる人達は抵抗力があるってことなんでしょう?どうしてみんなそうできないの?”
“二区にいる人間はかなり小さなころから、二区で働くことを前提に育てられます。すべての人間が十分な抵抗力をつけることができるとは限らないのです”
なんだか納得できないが、その時、あ、と思い出して聞いてみた。
“そういえば私を運んでくれた人”
“フーガ様ですね。領主様の弟です”
あの人が。
“お礼を言いたいのだけど”
“お仕事で家を空けていいることが多い方ですが、そのうちお目にかかれますよ。ですが…”
“?”
トモが続ける。
“実は天女嫌いという噂があって…”
“え?”
“いえ、あくまでも噂ですし、もともと口数の多い方ではないようなので”
サクが取り繕うように続けたが、萌咲は何だかがっかりした。
~~~
“落花様、もう一度確認をせていただきます。この世界に来られる前に落花様としての役割といったことの記憶はありますか。何か思い出されたことはございませんか”
“全くございません”
何度か繰り返された質問に答えはいつも同じ。一時的な記憶の混乱を期待していた神官トージもいい加減あきらめるべきだと悟りため息をついた。この天女には一からの教育が必要らしい。
そんなトージを見て萌咲自身もため息をつきたくなる。萌咲の周りにいる人間は皆ため息をつく。それは萌咲が何も知らない「ハズレ」天女だからだ。萌咲の常識とここでの常識は大きく違う。そして萌咲にここでの常識は受け入れられない。
あんまり鬱々考えこむタイプじゃないと思ってたんだけどな。いつも忙しく体を動かしていたから考え込む暇なんてなかっただけで、私ってけっこうジメジメタイプだった?
そうして萌咲は俯いた。
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