第4話 萌咲、領主と配偶者候補たちに会う


“落花様、今日はこの地の領主様とそのご家族に面会していただきます”


 サクにそう伝えられ、頷くしかなかった。

 ここにきて三日目のことだ。サクとトモは動揺し不安がっている萌咲を気遣い、本当に細やかに世話をしてくれた。特に何もすることはなく身づくろい、食事、睡眠、の基本的なこと以外は部屋から出ることもなくそれだけの二日間だった。


 萌咲の様子が落ちついた様子なので次へのステップへ進もうということか。


 朝食を終え、昨日よりやや華やかなドレスを着て部屋を移動する。相変わらず白と淡いピンクの清楚なワンピースだが萌咲が着るとどことなく小学校のお遊戯会を思い出させる。鏡に映る自分の姿を見てちょっと残念な気分になる。


 でも、服が似合わないから替えて欲しいとか図々しいしなあ。大体誰も萌咲の服のことなど気にしないだろう。


“私が着てた服ってどうなったんですか?”


“あまりに汚れがひどかったので処分させていただきました”


 トモが申し訳なさそうに言う。


“そうですか…”


 些細なことなのに気持ちが沈んだ。


 案内された部屋は客間あるいは応接室、そんな感じの部屋だった。この建物ははじめ病院かと思ったがずいぶん大きな個人の家のようだ。今いる部屋は大きく調度品もがっしりした立派なものだ。ソファーには整った顔立ちの壮年の男性と神官が座っており、ソファーの脇と後ろにやたらときらきらした四人の青年が立っていた。みんな萌咲を見てにこにことほほ笑んでいる。

 神官長(トージという名前らしい)が立ち上がり会釈をする。


“落花様、どうぞおかけください”


 落果様と呼ばれることにいまだに違和感を感じつつも何も言わず会釈をして、サクに促され向かい側のソファーに座った。

 壮年の男性が


“モエ、ようこそ。私がこのオーダライ領を治める領主のボーヨウ。後ろにいるのが甥のケーイチとコーキ、そっちの二人が息子のジュンとリョウ。彼ら四人があなたの婿候補だ”


 穏やかな声と口調で語りかけてくる。


 婿候補…?しかも四人も…


 固まってしまい何の反応もできないでいると四人がにっこりと笑いかけてくる。四人ともボーヨウに似てイケメンだ。すらりとした背格好。整っているが冷たさを感じさせない柔らかな目元。こちらの人は皆色素が薄いんだろうか。髪も真っ黒ではなく肌も白い。典型的な日本人には見えない。

 ジュンとリョウは萌咲とそんなに年は変わらないのだろう。少し幼さが残っているが彼らがクラスメートだったりしたら相当モテるだろう。


 でも、婿候補って…いきなり言われても…


“簡単な説明はトージ神官から聞いていると思うが。モエはあまりこちらのことがわからない様子なのでまず慣れるところから始めるといい。身の回りの世話はこのまま侍女のサクとトモ、教育係としてトージ。ここにいる四人は交代でシティや領内を案内したり君の話し相手になる。慣れていく過程で四人のうちモエの気に入った者を選ぶといい”


“…”


 後半、萌咲はまたしても静かにパニックを起こしていた。


“取り合えず、今日は第一候補であるジュンにこの家のことを案内させよう。分からないことは何でも聞きなさい”


 ボーヨウは始終穏やかに話し、そして話し終えると立ち上がる。


“また近いうちに会おう。うちにはもう一人紹介する予定の私の弟がいるのだが、いま仕事で不在なのでまた次の機会に”


 ジュンがすっと近寄ってきて萌咲に手を差し出す。


“こんにちは、モエ。僕はジュンだよ。君より二つ年上の二十歳。よろしくね”


 一瞬その美貌に見惚れてしまったが何も反応しないのは失礼だと思い、おずおずと手を出すときゅっと握られ軽く引っ張られる。

 萌咲が立ち上がると頭一つ分は背が高い。

 完璧な微笑みにぼーっとしていると、クスっと笑われ


“じゃあ、行こうか。先ずこの屋敷の君の部屋に案内するよ”


 萌咲も小さく頭を下げて部屋の外に出た。


 ~~~


 萌咲が退室した後、トージとボーヨウが目を合わせる。


“これはまたなんといえばいいのか、変わった天女だな”


“はい、そもそも彼女が見つかったのは大木の根元。泥まみれで倒れていました”


“降下に気がつかずにいたということは?”


“ありえないとは言いませんが…繭の残骸さえありませんでした。しかも儀式直後です。それにあの容姿。ご本人も何も知らない様子ではじめは随分と取り乱しておりました。年齢は若すぎるということはないですがまだ十八歳だというし”


‟天女ではない、ということは?”


“検査結果は、身体的にはすこぶる健康な女性体で妊娠可能。むしろ今までの天女よりしっかりした体をお持ちです。驚いたことに左の人差し指に切り傷があったのですが小さなテープで保護してるだけで。感染の様子もないと”


“ほう。それはまた…だが、それならば問題ないだろう”


“それではこのまま「見合い」を進めますか”


“そうしてくれ。現実問題我々に贅沢を言っている余裕はないのだ。通常より時間はかかるかもしれないが本人が慣れるまでは仕方ないだろう”


 神官長は深々と礼をして部屋を出て行った。


“どころでフーガは?なぜこの場にいない”


 誰ともなく聞く。


“フーガさんは自分には関係ないからと、いつも通りに訓練に参加するって二区に行きましたよ”


 とケーイチが答える。


“しょうがないヤツだな”


“フーガさんが天女乞いしたすぐ後に来た天女だっていうのに”


“でも、たしかに年齢的にフーガさんには関係ないからね”


 とコーキ。


“それにしても、随分変わってる天女だね。話に聞いていた天女とずいぶん感じが違うね”


“僕はかわいいと思うな。あの、おどおどした感じ。小動物みたいな?”


 とコーキがいたずらっぽくにこっと笑う。


‟あんまり、変なのは困るよ。せっかく降りてきたのがハズレなんてついてない”


 リョウが顔をしかめる。


‟リョウ、配偶者候補辞退したっていいんだよ”


“まさか。誰が辞退なんてするかよ。コーキ、ちゃんと順番は守ってよ、抜け駆けはなしだよ”


 とリョウが釘をさす。


“はいはい”


 と言って手をひらひらさせながらコーキは部屋から出て行った。


 ~~~


“ここが君の部屋だよ”


 案内された部屋は広くて白を基調にしたきれいな部屋だった。大きなベッド。すっきりしたデザインの家具。そう、とてもきれいなのだ。病室とまではいわないが整然とした雰囲気と塵一つ無い清浄な空気。あまりに清潔で居心地が悪いくらいだ。


 そうだ、何も匂わないんだ。

 元々誰も使っていなかった部屋を掃除したのかもしれない。不快じゃないけど、生活感がなく何か落ち着かない。

 うちは家族が多くて物が溢れていてから。


“モエ?何か気に入らないところがある?欲しいものがあったら言ってくれればすぐそろえるし、今度一緒に買い物に行ってもいいよ”


 ぼーっとして何も言わない萌咲にジュンがか屈みこんんで萌咲の顔を覗き込み、やさしく声をかける。


“あ、ごめんなさい。あんまり大きくてきれいで。私今までこんなに大きなスペースを一人で使った事がなかったから”


 近寄ってきた美形に顔をのけぞらせて慌てて言い訳する。


“そう?気に入ってくれたならよかった。少し休むかい?それとも庭に案内するからそこでお茶でも飲もうか”


 萌咲は小さく頷いた。

 ジュンは領主の長男で大学生。栗色の柔らかな髪に栗色の瞳で甘い顔立ちをしている。弟のリョウは萌咲と同い年だそうだ。

 ここはこのエリアを治める領主の屋敷で基本的に萌咲はここに住むことになる。ジュンとリョウは普段は学校があるが今日は萌咲に会うために休んだらしい。萌咲は女性なので学校には行かず勉強はスクリーンか必要ならば家庭教師を雇うことになるが今のところはこの世界のことを学ぶための家庭教師としてにトージが毎日来てくれるという。家にはたくさんの使用人がいて萌咲は家のことは何もする必要がないだけでなくサクとトモは萌咲専属の侍女なのだそうだ。


“あのサクさんとトモさんは男性ですよね。どうして「侍女」なんですか”


 それに対する驚くべき返答は、彼らが去勢しているということだった。医療技術が発達しているので物理的にモノを切り取るようなことはしないが体内の生殖器としての機能はほとんど停止させられているという。これは天女の身近にあるために義務付けられていることで昔の宦官と同じである。侍女と呼ばれることで周りの人間は彼らの役目と位置づけがわかり、いかなる時も天女の傍に居ることを許されるのだった。


 自分の常識とかけ離れた事実になんと返事をしていいのかわからない。

 すごく科学技術が進歩しているようで、それなのにすごく前時代的。


 萌咲が眉をひそめたことに気が付いたのか、ジュンが眉を下げる。


“ひどいことをしているように思うかもしれないけど、必要なことなんだ。万が一にも天女と間違いがあってはいけないし常に天女の傍に居て世話をし、かつ身を守るためだからね。それだけ天女は僕たちにとって特別な存在だし、この世界の状況はひっ迫しているということなんだ”


 それに、今のモエには余計な知識かもしれないけど、とジュンが続ける。

 女性がいないため、男性機能を停止させ少しでも女性っぽくすることを自主的にする人はそれほど珍しくないらしい。ついでに同性同士の恋愛、結婚も。


 なるほど、そういわれれば去勢という言葉に過剰反応してしまったが元の世界でも身近にいなかっただけで性別を変えるという話は聞いたことはあるし、ここではそれほど珍しくないのかもしれない。


手を取られたままジュンのもう片方の手は萌咲の腰に当てられる。エスコートされることに慣れていない萌咲は、たかが庭に行くだけなのに、と内心顔をしかめながら部屋を出た。

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