第38話 魔王、一部のみ降臨

 マグマが完全に、クラーケンを飲み込んでしまった。


 黒いドロドロの物体が、立ち上がる。


「この肉体を触媒として、目覚めることができたわい」


 どの器官からしゃべっているのか、魔王が不愉快な声音を奏でる。イントネーションもひどい。


「まだ完全とは言わぬが、貴様ら下等生物を全滅させるには十分すぎる」


 タコの触手が、エルフを乗せた竜族の船団に伸びていった。


「くそ、やめろ!」


 巨人を動かし、触手を握り潰す。


「ぐおおおおお!」


 手が、沸騰して焼け落ちてしまいそうな感覚に襲われる。クラーケンを触ったときには、感じなかった現象だ。肉体も精神も、魔王に汚染されそうな気分になる。


 明らかに魔王は、クラーケンとは異質な力を得ていた。


 魔王の抑え込めない。このままでは、船団がやられてしまう。


「ドンギオ、大丈夫ですか!?」


「平気だメルティ! 魔法少女の、治癒の力で!」


 オレは手から、ピンク色の光を放った。だが、まだ制御できていない。過剰なまでのパワーが、魔王にまともに直撃する。


「ごおお!」


 桜色のオーラを浴びて、触手が焼き切れた。


「なにい!?」


 攻撃が船団に向かう直前で、魔王が触手を引く。体中にも、魔王は焼け跡が残った。


 ギリギリのところで、オレは踏ん張れたようだ。


「正直、ヤバかった」


 まだ、手がしびれている。魔王の脅威に身体が反応しているのか。あるいは、魔法少女の力を発揮した影響なのかはわからない。


「魔法少女の力は、魔王には効果的だとわかったな」


 それだけ把握できれば、十分だ。決め手になる。


「考えたな。魔法少女のパワーを、巨人に込めるとは」


 魔王の触手が、再生した。しかし、エネルギーを過剰に使っているのか、さっきの触手よりもが勝手に歪む。


「とはいえ、所詮ガラクタよ。そんな不完全なガラクタで、よくも余と渡り合おうとしたものだ」


 まだまだ、魔王は余裕を見せている。


「テメエくらいなら、これくらいのハンデで十分なのさ」


 オレは、魔王を挑発した。


「なにを? 余はいまだ不完全な肉体といえど、貴様ら亜人や人間族などたやすく滅ぼせる」


「エルフのケツにのしかかられて、身動きが取れなかったくせにか? ホントは、じっと座られていたほうがよかったってか? このヘンタイがよお!」


 船団に注意が向かないように、オレは魔王のヘイトを稼ぐ。


「ぬかせ、木っ端が!」


 さすがにキレたか、魔王がこちらに攻撃を向けてきた。


「ハート・オブ・ファイアーッ!」


 魔王が放った触手を、ハート型の火球で焼き尽くす。



 こちらだって全力だ。相手が魔王と言うなら、ダークドラゴンと組まれる前に手を打つ。


「あの女が、現れないな」


 ヨランダとかいうダークドラゴンも、姿を見せない。


「竜人族を相手にしているため……でしょうか?」


「いや。そんな程度で、日和るような性格には見えないぜ」


 オレたちが意見を言い合っていると、エムがつぶやく。


「魔王のコントロールに、手間取っているのだ」


 多くの配下を失ったヨランダは、クラーケンを触媒にして魔王をコントロールしようとした。だが、オレが魔法少女の力を浴びせたことで、その影響が断裂したらしい。


 つまり今の魔王は、ダークドラゴンにとっても驚異となってしまった。ヨランダにとっても、敵になったのだ。魔王はダークドラゴンが作り上げたモンスターなのに。


 ヨランダの方もパワー切れを起こして、戦闘領域から脱出したらしい。


「だが、制御できなくなって、魔王は本来の力を取り戻しつつある。もしかすると、巨人をもってしても勝てない可能性が高くなった」


 魔法少女の力で戦おうにも、巨人の方がボロボロでもたないという。


「どうすれば?」


「心配ない、ドンギオ。奥の手はある」


 エムが、巨人の操縦席から出ていった。なにをする気なんだ?


「我が体内に眠る竜よ、今こそ目覚めのときは来た! 我が問いかけに答え、真の姿へ!」


 杖を掲げ、エムが天に呼びかける。


 突如、エムの身体が光の球体へと変わった。その光は、ドラゴンの形を取り始める。

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