第25話 商売人(焼きそば屋)

 商業ギルドに向かう途中のことだった。


「くんくん、ドンギオ、いい香りがします!」


 鼻が利くメルティが、寄り道を始める。


「ウーラダンでは屋台でなにも食べられませんでした。誰も、わたしを止められませんよ」


 よほど、根に持っているんだな。


「さっき、王と朝食を取ったばかりだぜ?」


「緊張しっぱなしだったので、正直味がわかりませんでしたっ」


 ごもっとも。オレもそうだった。


「すまないね。厳格な両親で」


 エムが、申し訳なさそうに頭を下げる。


 王都をぶらつくのと、遺跡に行く許可はもらえた。しかし、旅を続けるかどうかまでは許されていない。


 エムの方もひきさがらず、「魔法少女の力を探知できるのは自分だけだから、動向を許せ」と食い下がった。


「列車で悪党に襲われたのを、警戒していてな」


 ダークドラゴンの影がある以上、ムリなことはさせられない、と。


 そのときの食卓の、まあ冷え切ったこと。食後のコーヒーすら、キンキンに冷めてしまった。


「おお、焼きそばです! ソースの香りだったのですね!」


 目をキラキラさせながら、メルティが客の列に並ぶ。


「あら、いらっしゃい」


「みっつ、ください」


「あいよ」


 やせこけた店主の女性が、焼きそばを木製容器の中へ。


 オレたちは食べるなんて一言も言っていないのだが?


「ありがとうございます。うーん。うんまい!」


 メルティが、感激の声を上げた。もう、食い終わってやがる。


 とはいえ、この焼きそばはたしかにうまい。焦げたソースの味が、シャレにならなかった。


「この鉄板、かなり使い込んでるな」


「さすが、ドワーフさんだね。王都で八年やってるよ。実家のいただきものだから、さらに二〇年は使い込んでいるのさ」


 ポツポツであるが、お客さんが途切れていない。この店が繁盛しているのは、たしかだ。


「おいしいです。もう一皿ください」


「あいよー。たんとおあがりよ」


 さらにメルティが、焼きそばをおかわりした。


「おいドンギオ、ここは掘り出し物の店かも知れんぞ」


 焼きそばをすすりながら、エムがヒジでオレの腕をつつてくる。


 おっ。ここって、アイテムショップと併設しているのか。とはいうものの……。


「はあ、困ったなあ」


 寂れたアイテムショップの店主が、ため息をついている。


「父ちゃん、ため息を付いたら幸せが逃げるってさ。元気だしなよ」


 娘らしき少女が、掃き掃除をしながら店主のデコを小突いた。娘と言っても、オレより年上のようだが。


「いってえな。仕方ねえだろ。商売上がったりなんだから」


「そうは言ってもさ、みんな大手にお客を持っていかれたら、しょうがないじゃん」


 なにか、ワケアリの様子である。


「どうしたんだ?」


「ああ、お客さんいらっしゃい。何をお求めでしょう?」


「いや。オレたちは作ったアイテムを売買してくれる店を探しているんだ」


「なんとも。こんなケチな店でよければ、覗いてやってくださいな」


 オレたちは、店に入れてもらう。


「お茶です」


 看板娘が、ハーブティを淹れてくれた。


「あたしゃ、トマーゾ・ファーリって商人です。もともと行商人だったんですが、ムリをして王都に店を建てたんでさあ。ところが、今は税金を払っていくだけで手一杯でして」


 ふむふむ。


「あたいは、娘のティツィ・ファーリです。母のカーラは、店頭で焼きそばを出しています」


 理不尽な現実を憂う夫と娘をよそに、奥さんは黙々と焼きそばを作っている。この時点で、誰が屋台骨を支えているかは予想がついた。


「あんたが、変な欲を出すからじゃないか」


 背中を向けたままで、奥さんがトマーゾに語りかける。


 あまりにも繁盛しないため、奥さんが郷土料理であるソース焼きそばを王都で出したそうだ。すると、売上が逆転したという。


「おかげさまでウチは持っているですが、『焼きそば屋さん』としか認識されていません」


 店主が、また肩を落とす。


「そうですよ。ここは今すぐ、焼きそば屋さんにシフトすべきかと」


「メルティ、お前は黙って焼きそばでも食ってろ」


「なんでですか!?」


 不服とばかりに、メルティが声を張り上げる。


「とりあえず、アイテムを見てもらえるか?」


 ひとまずオレはメルティを放っておき、作成したアイテムを出す。


「すばらしい。どれも一級品です。ウチに並べてもらえるとありがたい。けど、心もとなくて」


 これらの商品を陳列しようとしたら、店を手放すほどの資金が必要だろうとのこと。

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