第10話 至福のハニトー
「くそ、待て!」
追いかけようとしたが、足がもつれてしまう。思っていた以上に、消耗しているようだ。魔法少女の力が、まだ全身に浸透していないためか?
「どうしました、ドンギオ?」
「いや。なんでもない」
あれは、何者だったのだろう。一連の事件を起こした張本人なら、見過ごす訳にはいかない。
「とにかく帰ろう。報告をしないと」
「ですね。肩を貸してください」
まさか、ドワーフのオレがエルフのメルティに肩を貸してもらうとは。
「ありがとう、ふたりとも。これは少ないが受け取ってくれ」
村に帰ると、少年から信じられない額の報酬を渡された。しかし、オレたちは全額返している。
「いいのか? 村からすると、かなり助かったんだが」
「オレたちのことはいい。こいつに、ハニトーだけを食わせてやってくれ」
彼らが農作物供給を潤滑に行えるようになっただけで、十分報酬になるからだ。金は、村の復興にあててもらう。
「助かる。あんたらには、タダで作物を渡す。困ったことがあったら、言ってくれ」
「それはありがたいな」
ハチミツはポーションの味付けにも使う、大事な素材だ。ハーバリストでもあるメルティなら、活用できるだろう。
村の人は他に、ベッド用の毛布やらの生活用品をくれた。
庭の薬草を刈る用の農具も、お古を譲ってもらう。
オレたちは、金より素材の方がうれしい。
後日、メルティはようやくハニートーストにありつく。
「ふわああ。おいしそうですっ」
宿に持ってきてもらったハニトーを見て、メルティがうっとりとため息をついた。
「いただきます。うーん、これですよ」
ハチミツのかかったアイスをひとくち食べて、メルティは満足げな顔になる。
「すっごい甘いな。それでいて飽きが来ない」
「でしょーっ? さっぱりしているのが、ここのハチミツの特徴なんだそうです。ワタシは、これを食べに来たんですよぉ」
メルティは食パンを切って、ハチミツをかけてもりもりと口へと運ぶ。
「そういえば、魔輝石の件だけど」
「はい。人工的な細工がしてあったとか」
魔輝石を食ったモンスターが凶暴化する事例は、何度かあった。
しかし新種が誕生するレベルのケースは、ギルドでも見たことがないそうだ。
戦闘用女王の死体を見た、ギルド隊員の顔ときたら。
彼らは明らかに、人の手が加わっていると確信した。
「とはいっても、犯人に心当たりはないそうだ。魔王だか邪神だかの配下、って説も考えたらしい。が、その可能性は極めて低いそうだ」
「なぜです?」
「それだけの魔力を有する魔族が、育ってないんだと」
魔王ともなると、被害はもはや自然災害に匹敵する。そんなものをコントロールできる魔族や術士など、数えるまでもなく少ない。
「少なくとも、王都に反感を持っている奴らなのは確からしい」
「王様って、嫌われているんですか?」
「いや。名士だよ。魔王を倒した血筋だって言うし」
今週末は、魔王を倒した日である。国王も、この地を訪れるという。
そのパレードで出すハニトーの材料が、狙われた。
「やっぱり、王様が狙われているのでしょうか?」
「かもしれない。もうちょっと滞在しておくか」
「パレードを見ますか? ワタシは屋台が気になります」
ウーラダンの屋台は肉類と甘味が絶品らしいと、メルティは情報をくれる。
「違う違う。犯人を見つけ出したい」
王がどうなろうと、オレには関係ない。
しかし顛末もわからないまま、個人的な事情だけで動くのも気が引けた。
何もわからないまま旅をして、街が全滅しましたでは夢見が悪い。
それにしても……。
「わからん」
スプーンが、自然に止まる。
「何がです?」
「国王が狙いなら、不意打ちをするはずだ」
誰にも気づかれずひっそりと作戦を練って、本番当日にパニックを起こす。テロとは、そんなものだろう。
「テロが目的ではない、と?」
「ああ。テロにしては頭が悪すぎる。『オレたちは国王様を狙っているぞ!』って宣言しているようなもんだ」
「冒険者を消耗させるのが、目的では?」
「うーん、余計に頭が悪いだろう。狙うなら、王都の騎士団が動くレベルの騒ぎを国家内で直接起こさないと」
いくらでも、冒険者は補充がきく。狙うメリットはない。
「ですよねえ」
「だから、可能性といったら一つしかない」
「それは?」
「実験」
魔物が実働に足りうるか、テストをしているのだろうと。
「魔輝石を使って、術士の言うことを聞くか、戦果リザルトは。そういった諸々の調査をしていたんだろうなと」
「目的は王様を暗殺することですか?」
「どうかなぁ? なんか、実験自体が目的のようなんだよな。国王は、そのついでとしか」
国王が目的なら、もっと計画的になるはず。疑われるんだから、慎重に行動していい。
「ああもう、頭がこんがらがってきたな」
「食べましょう、ドンギオ。頭脳労働の後は、甘いものです。これは鉄則ですよ」
解けてしまったアイスを、メルティは食パンですくい上げる。
「だな」
クヨクヨしていても、しょうがない。オレはハニトーで、脳を休ませることにした。
「明日から、スキル振りの見直しをしよう」
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