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「という訳で、我々は暫く行動を共にする事になりますね」

「それって、悪魔がいなくなるまで?」

「そうですね…もし、悪魔を完全に排除するなら、大元をどうにかしなくてはならない。それを今までしてこなかったのは、出来ない理由があるのでしょう。する気なら、今までも何か出来た筈ですから」


ふーん、とアリアは呟き、笑い声の溢れる境内を見下ろした。つむぎ達が、時に八重やえの思い出話を交わしながら、楽しそうに動き回っている。八重との思い出と軌跡を辿って、少しずつ気持ちを落ち着けているようだった。


「それってさ、あの孫が大人になるまでかな。じいさんになるまでかな」

「さぁ、そんな簡単な事ではないかもしれませんよ。人は、転生をします。世界は循環して、人の負の感情は生まれ続けます。その感情も、人は無くては生きていけませんから。でもその分、悪魔の力も満たし続けていく」

「ずっと、終わらないのかな」

「ずっとではないでしょう、何事にも終わりはあります。私達の命も期限がありませんが、それでも消滅があります。人と違い転生もないので、跡形もなくこの世界から消えますが」


淡々とフウガは話す。フウガ自身は、消滅への恐怖を感じた事は今までなかった。


人の中には、八重のように納得して死神の導きに従う者ばかりではない。現に今も、西の空では、逃げ回る魂を追いかける死神の姿がある。あの様子ではきっと、時間切れにより魂の回収は失敗するだろう。

フウガには、この世にしがみつく人の気持ちが分からなかった。人間は時に、死神の迎えを拒み、この世に漂う選択をしたり、その場から離れる事を拒否する。この世に残した心残りがそうさせるのだろうが、フウガは何百年生きようが、その気持ちを理解する事が出来なかった。だって、人は転生をする。どんなに後悔があろうと、転生してしまえば、人は過去を忘れて未来を生きていく。人が転生を知ったら、この世に留まりたい気持ちは変わるのだろうか。


それとも。


フウガは、ふとアリアを見つめた。


「それ考えるとさ、人より俺達の方が寂しいな。パッと消えちまうんだもんなー」

「…随分としんみりして、どうしたんですか?」

「うるせぇな。お前は分からないだろ、何でも出来て、誰からも必要とされてさ。俺は今回、初めて生まれた意味みたいなものを掴みかけてんだから」


唇を尖らせ、不貞腐れた顔をするアリアに、フウガも同じ気持ちでいる事を感じる。


「私は、今まで存在の意味なんて考えたこともありません。当たり前をただこなすだけでしたから」


「さすがサイボーグ」と、茶々を入れられたが、フウガはそれも気にせず言葉を続けた。


「私も今回、初めて意味を感じられた気がします。人を、世界のバランスを守る為、あなたを守る為と思えば、少しだけ、人がこの世に拘る理由も分かる気がします」


フウガの言葉は淡々としていたが、どこか温もりを感じる。ふとアリアを見やれば、アリアはぽかんとフウガを見つめており、フウガはその顔を見て面白そうに微笑むと、アリアの煙草をさっさと胸ポケットにしまった。


「あ!」

「あなたに怠けている暇はありませんよ。これからは、忙しくなりますから」

「煙草はいいだろ!」

「さぁ、早速仕事ですね。支部に戻って現状報告、それからは悪魔対策課で、改めてノウハウを学ばなくては」


きっと、今の神様を、神社の姿を見たら、天界も文句はないだろう。人間の思う心は何よりの力になり、神様の力の安定に繋がる。


フウガが立ち上がれば、アリアも「分かったよ」と仕方なさそうに立ち上がり、ぐいと腕を空に向けて伸びをした。


「んじゃ、行くか」


真昼の穏やかな光に照らされて、すっかり元に戻ったアリアの翼が明るく輝きを放つ。フウガも頷き、その背を軽く叩いた。



あなたは本当に、ただの天使でしょうか。

その疑問はまだ解決していない、もしかしたらこの先知る事はないのかもしれないし、逆に、突然、突きつけられるかもしれない。

それなら、その時に考えればいい。

今のアリアは何も変わらない、フウガの知るアリアだ。


「…神様の事を、とやかく言えませんね」


失いたくない理由は、神様の理由とは違うけれど、根本は同じだと思う。以前の自分が聞いたら驚くだろうなと、アリアを見つめていれば、アリアは不思議そうに首を傾げた。


「なんだよ」

「いいえ、何も」


アリアはどこか不満そうな顔を浮かべたが、すぐに「まあ、良いか」と、空に飛び立った。太陽の光が翼の白を透かして、フウガは眩しく目を細めた。


飛び立つ天使に、これから始まる新しい日々は、味方してくれるだろうか。


アリアの背中に触れていた指が離れて、白い翼がフウガの手を擽り遠ざかる。


誰かに関わってしまったばかりに、心はすぐに頼りなく揺れてしまうが、恐れを取り払ってくれるのも、また誰かなのだろう。


寂れるばかりだった神社が、愛情に包まれて生まれ変わっていく。泣き虫の神様に寄り添う仲間達。思い出が、八重の愛した人々を優しい気持ちで満たしていく。

フウガは神社の様子を見渡して、それから先を行く天使に目を向けた。すると、タイミング良くアリアが振り返った。


「なあ、死神の車出してよ!支部まで飛んでいくんじゃきついだろ?」


嬉々とした表情に、フウガはそっと肩から力を抜いた。どんなに不安が渦巻いても、アリアを見ていると、どうにかなる気がしてくるから不思議だ。

早く早くと急かすアリアに、フウガは「分かりましたから」と、同じく空に飛び立った。



きっと、新しい日々は、天使の味方をしてくれると信じて。





神様の残した桜は、今日も健やかに春の訪れを待ちわびている。

鞍木地町くらきじちょうの、幸せを願いながら。









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天使と死神 茶野森かのこ @hana-rikko

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