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神様は、自身に取り巻く圧倒する空気感をそっと緩めて、改めてアリア達に向き直った。


「すまない、君達には迷惑をかけた。感謝してもしきれないよ」


その言葉から伝わる思いが、柔らかに胸に届く。フウガは知らず内に強張っていた肩から、そっと力を抜いた。心の内で、また勝手に思い込んでいるぞと、こっそり自分を叱りつけた。


「感謝なんかいらないよ、これがお仕事だし。な?」


アリアに同意を求められ、フウガは頷いた。


「そうですね」

「神様がちゃんと仕事してくれないと、死神が大変なんだよな」

「そ…」


同意しかけて、フウガはアリアを睨んだ。


「その言い方は、悪意がありませんか?天使だって同じでしょう」

「俺、そもそも天使の仕事まともにした事ないから、よく分かんないんだよな」

「そんな事を言っているのではありませんよ。なにより私達の仕事は、この世界の為なんですから」

「分かってるよ、顔怖いって」

「あなたが余計なことを言うからですよ」

「短期は損気だぞー」


笑うアリアを思わずじっと見てしまい、アリアはまだフウガが怒っていると思ってか、神様を情けない顔で振り返った。


「神様もなんか言ってやってよ!」

「あ、あなた、神様相手に何言ってるんですか!」

「フウガだって、昨日は散々言ってたじゃん」

「あれは…昨夜と今とでは状況が違うでしょう!」


再び言い合いを始めたアリアとフウガに、狸もどきはあわあわとしているが、神様は眉を下げて頬を緩めていた。もしかしたら神様は、二人が自分に気を遣わせないようにしてくれていると、受け取ったのかもしれない。


「私は、神というには、あまりに相応しくないな…」


それが有り難く嬉しくもあるのだが、情けなくもある。散々弱い姿を見せて、まだ自分は、皆に押し上げて貰わなければならないなんて。

力の制御にしてもそうだ、心が弱いから些細な事で取り乱して、思い出に悲しいと訴えかけてしまう。

昨日取り戻した筈の勇気が、萎んでしまう。八重との約束を果たさなければならないのに。


しゅんと肩を落とす神様に、狸もどきが不安そうにアリア達を仰ぎ見た。その視線を受けて、アリアとフウガはそっと目配せした。

新たな任務は、神様が逃げ出さないか見張る事、神様の力が安定するまで神様のサポートをする事。そしてこれには、神様の処分も掛かっている。

処分になんて、なって欲しくない。八重との約束を守ろうと、神様は帰ってきたのだ。悲しみを押し込めて、町を守ろうとしているのだ。

こんな時こそ、サポートが必要だ。神様さえどっしり構えていてくれたら、それだけで悪魔は近寄らないんだから。


アリアが力を使う事もないと、フウガはアリアの視線に頷いた。


「何言ってんだよ、何百年も神様やってるくせにさ!」


しかし、アリアの口から出たのは、友人に接するような軽い言葉で、フウガは途端に眉を寄せた。


「…アリア、さすがに神様に対してその物言いいは失礼でしょう。それに何百年ではなく、」

「何だよ、狸だって結構馴れ馴れしいじゃん」

「狸殿と神様は絆があるんですから。我々は、昨日お会いしたばかりですよ」

「初対面でボコボコにされた仲だよな」


アリアがカラリと笑って言うが、神様は小さくなるばかりで、フウガは頭を抱えた。


「…申し訳ない、どうかしていた」

「どうかしてたんじゃないよ、苦しんでただけだろ」


なんでもないように言うアリアに、神様はきょとんと顔を上げ、フウガも抱えた頭を持ち上げた。


「そんだけさ、人の気持ちも分かるって事だろ。痛みを分かってくれるって、人間にとっても安心じゃないか?まぁ、神様がいるって、どんだけの人間が気づいてるか分からないけど。それでもきっと伝わってるよ、人間の心にちゃんと支えとして、神様は誰の心にもいるよ。完璧でなくて良いんだよ、居てくれるだけで心強いんだ」


しかし、神様は迷い、そっと目を伏せた。


「だが弱い神など、何の役にも立たないだろう」


アリアが言うようには、なかなか思いきれないかもしれない。神様が逃げ出さなければ、失わずにすんだ命があったのだから。


「でも、帰って来てくれただろ?もし、また辛くなったら、俺が来てやるよ」


そのあっけらかんとした言葉に、神様は再びきょとんとした。


「あなた、何を偉そうに…」

「だって!俺だって、今回役に立っただろ?まぁ、本格的に攻められたら、ダメダメだったけどな」


肩を竦めて苦笑うアリアに、フウガは言葉を詰まらせた。最後に見せたアリアの力は、確実に悪魔を追い詰めていた。そもそも、悪魔を消滅させる力は持っている筈だ。それが出来ずに押さえ込まれていたのは、余力がなかったからだろう。

フウガが俯いていると、神様は小さく息を吐いた。


「ありがとう、心強いよ。皆がいるものな」


神様の小さく呟かれたその言葉に、アリアとフウガは顔を見合わせた。その言葉は、自身に言い聞かせているようだった。アリアの気持ちが、神様の心を少しでも緩められたのかもしれない。

神様は、瞳をキラキラさせて見上げる狸もどきに気づいて、その頭を撫でた。そして、思い直した様子でその瞳に頷くと、皆に目を向けた。


「すまない、本当に。私は弱い神だが、それでも許されるなら、最後の力が尽きるまでこの町と共にありたい。どうか、よろしく頼む」


その言葉に、狸もどきは嬉しそうに神様の胸に飛び込んだ。


「僕は、ずっと側にいますよ!八重さんが愛したこの町は、僕もずっと大好きな町ですから!」


頷きながら、神様はその温かな体を抱き締めた。

心はそう簡単には変われない、それは神様だって同じだろう。それでも、強くあろうとするなら、側には仲間がいてくれたなら、こうして何度立ち止まっても支え合えれば、少しずつでも、八重が導いてくれた未来に向かえるのかもしれない、いや、きっと向かえるだろうと、アリアとフウガは、神様っと狸もどきの姿に、そっと表情を緩めた。



それからは、いつも通りの見回りを終えて神様は神社に戻った。神使達は安堵した様子で、それから皆で食卓を囲った。その中で、神使達も狸もどきに感謝を伝えられたようで、狸もどきは照れくさそうに、それでいて、ちょっと泣きそうに笑っていた。


その後、悪魔対策課の天使達がやって来て、神様は彼らとの仕事に向かった。神使達が代理で行くと申し出ていたが、神様は「これも私の仕事だ」と、神社を出て行った。その背中を見つめ、神使達は顔を見合わすと、再び安堵した様子で嬉しそうに微笑みを交わした。きっと大丈夫だと、その背中を見て思えたのかもしれない。


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