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一方、フウガはアリアを背中に背負ったまま、空を覆い尽くす悪魔の手に腕を伸ばしていた。グローブをはめた手で黒を掴むと、そこから情報を奪い取る。フウガの頭の中には、鞍木地町くらきじちょうの地図が浮かび、そこに、悪魔の手が空を占める範囲が、地上へと伸ばす手の場所が次々と示されていく。

その中で、悪魔の力が根づきそうな人間、その命の危険度を読み、どのルートを辿ればより多くの人間を救えるか導き出していく。フウガはアリアを背負ったまま目星をつけた場所に飛んでいき、アリアは倒れてる人達に力を与えていった。


力を使う度に、アリアの腕に広がる火傷のような痕がジリジリと熱を持つが、ここで折れる訳にはいかない。

なのに、病院の中、駐車場、道路に民家、公園に学校と、悪魔の手は町に広がるばかりだ。


「おいおい、ヤバいぞ!リストが定まんねぇ!何がどうしてこうなってんの!」


空を行く大型のハーレーから飛び降りてきたのは、男性の死神だ。銀色の髪をツンツンに立て、革のジャケットをノースリーブに仕立てた、実にロックな装いの男である。バイクの後ろにはカートのような物が繋がれており、そこに、彼が導いた魂となった人々が乗っていた。そのカートもロックな装飾を施されていて、とにかく派手だ。魂となった人々は、身を寄せ合い震えている。それは下界に広がる悪魔の力にではなく、ロックな死神に怯えているようだった。


「見ての通りだ、何でも良いから加勢してくれ!」


フウガは同僚にそう返事をした。

どの道、死期リストが決まらなければ、死神に出来る事はない。リストにない魂を回収するにしても、天界に入る前に、この魂がどこの誰で、どんな人生を歩んできたのか、転生までの期間はどれ程か、天界でもそれを調べてからでなければ天国へは入れられず、その魂にとっても天界にとっても予定にない死なので、死期リストも変更しなくてはならない。一人二人ならまだしも、それ以上となると、勝手に連れて行く事は出来なかった。

それに、悪魔の手によって体から抜け出てしまった魂は、基本管理外だ。その魂は、本来ある筈の死神の導きを得られないので、延々とこの世界を彷徨う事になる。下界の天使が見つけるまでずっとだ。悪魔が欲するのは人の心、魂となった人々には興味がない。

とにかく、魂が抜け出る事は避けなくてはならない。それを食い止める為、悪魔の手をその心に根づかせる前に断ち切り、悪魔の力を欠片でもいい、奪い続けていくしかなかった。


ロッカーな死神は戸惑いながらも頷き、バイクを空に止めると、広がり続ける黒へと向かっていく。

近くで仕事をしていた他の死神達も、さすがに加勢するよう通達が来たのだろうか、それぞれが悪魔の手を断ち切り、黒い力をその手で奪っていく。それでも、すぐに黒の力は湧いてくる、いたちごっこは終わらない。


「これじゃ、終わんないぞ…」


アリアは神様がいるだろう方向へ目を向けた。同じ空に居るというのに、神様の力を感じる事は、まだなかった。


「あの御方は、来てくださるでしょうか」


アリアの視線に気づいたのか、フウガも空の向こうを見つめて呟く。


「来るさ。だってあいつは、悪魔からこの町を守ったんだろ?」


それなら、恐れる事もない。まだ神様を思う者はいる、八重がきっと神様の自信を取り戻してくれるだろうと、アリアは思っている。

だが、前向きなアリアに対し、フウガはやや不安そうだ。


「勿論です、悪魔が神様の力を奪える筈ありませんから。ただその後、八重さんは妖や神様を見る力を失ってしまったようで、」

「え?それ、声も、気配とかも?何も?」

「はい。神様はそれに対しても責任を感じていたようですよ」


大事な人の目に、自分の姿が映らなくなってしまった。声も何も伝わらない、彼女の前に立っても気づいても貰えないなんて。そんな八重を、神様はずっと見守っていた。それはどんな気持ちだっただろう。

アリアは八重を追いかけた神様の姿を思い出し、胸を痛めた。


「ですがそれも、」

「フウガ、アリア!こっち来てくれ!」


フウガが何か言いかけたが、それはロックな死神の声に遮られた。地上に向かう彼のその先には、黒に取り込まれた人間の姿がある。その心が、悪魔の手に奪われかけている。


「フウガ!」


アリアが慌てたようにフウガの肩を叩き、フウガも頷いてそちらに向かった。






天使や死神、神使が飛び交う空を見ても、神様はまだ過去から抜け出せないままだった。八重を迎えに来た死神も、ひとまず空に車を停め、アリア達の加勢に向かっている。

死神の車に乗ってしまえば、魂は許可なく車の外には出られない、八重と同乗している魂達も、一体何が起きているのかと、困惑しながら町を見下ろしていた。


「妖様…」


願うように八重が名前を呼んでも、神様は顔を上げようとしない。


「…きっと、彼らがどうにかしてくれる」


弱々しく吐き出された言葉に、八重は眉を寄せた。



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