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その後、神様の力により
幾分静かになった町を、八重を背負い歩いているが、すれ違う人達も、まさか彼が神様だとは思わないだろう。自宅が使えない人も多く、少しの荷物を抱えて一時避難に向かう人達や、町内会の人々や消防団員が、被害の確認や、救助を必要としている人は居ないか、雪の降る中、今もまだ慌ただしく駆け回っている。
そんな中、八重の家はとても静かだった。きっと母親は、今も八重を探し回っているのだろう。
「神様、」
早く八重を返そうと、八重の母親の居場所を誰かに尋ねようとしたが、その前に狸もどきが待ったを掛けた。
その理由が自分でも分かった、力を使い続けていた為に、人間に化けている体が歪み始めていた。見た目に変化は無いが、神様の力を隠す為の上蓋がズレ始めているような感覚だ。
早く人間から離れなければ、また人間に影響を与えてしまう。祭りの時のように、誰かの意識を奪うような事になってしまったら、更にこの町の人々を混乱させてしまう。
これ以上、この町の人達を傷つける訳にはいかない。
神様は迷って、それから、約束の桜の木に向かった。
八重の体を、折れて残る桜の幹に寄りかからせ、神様は眠る八重の頬に触れた。頬にはりついた髪を耳に掛け、徐々に血色の良くなってきたその顔にほっとする。八重の話を聞く事はもう出来ないけれど、これで良い。
神様は、その額にそっと唇を寄せた。ふわりと八重の髪が僅かに浮き、柔らかな光が桜の木に灯った。
直後、折れたその木に光が満ち、折れて枯れた筈の桜は息を吹き返したように、満開の花を咲かせた。
神様は顔を起こし、そっと微笑んだ。
「…愛しているよ、いつまでも」
「神様!」と、呼ぶ狸もどきの焦った声に頷き、八重から背を向けた。
「桜が咲いてる!」
驚く声が間もなく聞こえてくる。真綿のような雪がはらはらと空から降り注ぐ中、暗闇に咲く桜は微かに光を放ち、人々の目を引いた。桜を目にした人々は、その下で眠る八重の姿に気づき、八重の母親を呼ぶ声が、慌ただしく駆ける足音があちこちから聞こえてくる。
救急車を、毛布をと上がる声、八重を抱きしめ涙を流す母親の姿。
神様はその様子を建物の陰から見つめ、そっと姿を消した。
もう八重に会う事はないと、心に決めて。それでも、八重をずっと見守っていると、桜に誓って。
その夜が明けるまで、約束の桜は花を咲かせ続け、朝が来ると、桜は元の折れた木へと戻っていた。
八重はどうして桜の元にいたのか、何故、折れた筈の桜が咲いたのか。謎に満ちた出来事は話題となり、桜の木は奇跡の桜と呼ばれた。そこで姿を消していた八重が見つかり、八重は桜の奇跡に命を救われたと騒がれ、記者が押し寄せる事もあったが、八重がそれに応じる事はなかった。
八重はもう、神様と会うことは叶わない。
妖も神様の姿も、もう見る事が出来なくなっていたからだ。
***
過去が責めるように、現在を重暗く照らす。再び巡りあった悪魔は、過去の因縁か何かだろうか。どちらにせよ、また自分が悪魔を引き寄せてしまった。
何もかもが、上手くいかない。
桜に思いを乗せたあの夜だって、自分だけが我慢すればいい、自分が身を引けば、八重は問題なくこの先の人生を過ごせるのだと思った。なのに、自分と関わったばかりに、最後の最後まで、八重に負担を負わせ、妖を見る力すら奪ってしまった。それが八重にとっては普通の人間に戻る事だとしても、八重から何かを奪ってしまった事が、神様は自分が許せなかった。
八重を傷つけているばかりのようで、悔やむばかりだった。
当時を思い出し、神様は再び拳を握った。
「…お前が、私達の姿を見る事が出来なくなったのは、私のせいだ。私の力が影響させたんだろう」
「それは違います、」
「何が違う!何も違わない、それなのに謝ることも出来なかった、」
謝罪を伝える術もなく、自分ばかりか、仲良くしていた狸もどきの姿も見えなくさせた。
何故、こんな私が神なのか。
そう頭を抱えた神様に、八重は言葉を失った。縋るように視線を向けた先には、この町を飲み込まんとする暗く沈む空が、人々へ手を伸ばそうとしている。この世の終わりのような夜に、それでも懸命に立ち向かう者がいる。明るい煌めきが何度も空に瞬き消えていく、それは八重もよく知る温かな光だ。どんなに小さく消えてしまいそうな程に頼りなくとも、何度も願い、何度も祈った。病室の中で、届かないと分かっていても、それでも届く声はある筈だと。深い眠りの先で、それだけを祈っていた。
だから、死期がやって来た時、八重はこの死を恐れずに真っ直ぐに受け入れられた。
「…妖様」
八重は顔を上げ、神様に手を伸ばした。
これが、神様と会える最後だと、やっと、この瞳に、あなたを映すことが許されるのだと。
願いはまだ、八重の元にある。
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