21



フウガが赤い羽織の狸もどきと再会した、少し前の事。


アリアは人間の姿となり、白い羽織りの狸もどきの背中を追いかけ、町を歩いていた。白い羽織りがひらひらと揺れ、前を行く狸もどきの、もこもことした体が少し焦っているように見えるのは、気のせいではないだろう。

本当なら、もう少し早く目的地に着いている筈だった、狸もどきはきっとそう思っている事だろう。それが出来なかったのは、アリアが何かと理由をつけて、狸もどきの足を止めていたからだ。

とにかくアリアは、考える時間が欲しかった。

どうにか時間を稼げないかと、疲れた振りをして足を止めてみたり、見かけた妖は仲間かといちいち尋ねてみたり、あまりボキャブラリーはないが、とにかく怪しまれないように気をつけながら、小さな無駄な時間を積み重ねていた。


だがそれも、限度がある。フウガなら、もっと他に上手いやり方を思いついただろうな、いやその前に、自分の欲しい答えをさっさと導き出していたかもしれない、そう思えば、アリアは自分の無能さに軽く落ち込んだ。

自ら連れて行ってと申し出たが、アリアはこの先、自分はどうしたら良いのかと悩んでいた。やるべき事は分かるが、はたして目の前の狸もどきに、この思いは通じるだろうか。


「あ」と、アリアが声を上げたのは、その道すがら、赤い羽織りを肩に掛けた狸もどきと出会ったからだ。朝、駅で見かけた狸もどきだろうかと見つめていると、赤い羽織りが怯えるように頭を低くしたのを見て、アリアはフウガは居ないのにどうしてだろうと首を傾げた。妖達は死神を恐れている、なので、フウガが居れば、狸もどきが怯えるように頭を下げたのも分かる。不思議に思っていたアリアだが、その理由はすぐに分かった。赤い羽織りの狸もどきは、白い羽織りの狸もどきに怯えているようだった。それに対し、白い羽織りの狸もどきは表情一つ変えずにその前を通り過ぎていく。その後ろを着いて歩いていたアリアは、戸惑いながら赤い羽織りの狸もどきを見やれば、彼もアリアの顔をそろと見上げていた。その縋るような眼差しに何か意図を感じ、アリアが思わず足を止めると、「急ぎましょう」と、少し焦れた声が飛んできた。


「あ、あぁ、ごめんごめん…」


その声には尖りすら感じられ、アリアもさすがに怒らせてはまずいと、慌てて歩を進めた。返事をしてからもう一度赤い羽織りの狸もどきを振り返り見たが、赤い羽織りは逃げるようにその場から駆け出した所だった。

何か訴えるような、願いを乞うような眼差しだった。アリアは白い羽織りを追いかけながら、何でもない素振りを装って、狸もどきに声を掛けた。


「えっと…あいつは、子分とか?同類だよな?」

「…いえ、別の妖と勘違いされたのでしょう、似た者は多いですから。それよりも早く参りましょう!あなたは天使様と言いましたよね?翼を使えば一飛びですよ!」

「…使いたいのはやまやまだけど、ちょっと…まだ体がしんどくてさ」


体がしんどいのは本当だが、翼が使えない程ではない。嘘をつくのは、翼なんか使ったらあっという間に目的地に着いてしまうからだ。それは避けなきゃいけない。アリアがあえて人間の姿をしているのは、飛ぶ意思がないことを見せる為だった。

嘘を言うのは簡単だ、いつだってのらりくらりと自分の本心を誤魔化してきた。だが、狸もどきの緑の瞳は、じっと真意を探るように見つめてくるので、アリアは毎回冷や汗ものだった。


「そうでしたか…分かりました」


そう頷いて、狸もどきは歩を進めた。一先ずほっとしたアリアだが、現状は何も変わっていない。

ふわふわ揺れる二つの尻尾、愛らしい姿の合間に垣間見える、容易に触れてはならないその気配。それが滲み出ているのは敢えてなのか、それとも隠せない理由があるのか。アリアはこの狸もどきの正体を確信している。神使が言っていた、妖を不安に追い込んだという禍々しい気配を纏った妖とは、この狸もどきの事で、今の姿は仮の姿だという事。

彼は、妖ではない。

だからこそ、アリアはこれからどうすべきか悩み続け、その足取りは更に重たくなった。白い手帳を失くしさえしなければ、フウガと連絡を取れたかもしれないが、今は連絡の手立てもなく、かといって、この狸もどきを神社に止めておくのは無理があるように思えた。アリアはこの狸もどきに力では敵わない、目的があるなら、恐らく彼は力づくでもアリアを連れて行く筈だ。それこそ、あの神社で暴れられたら手に負えない。それなら、この狸もどきの思いを聞く振りをして、どうにか説得出来ないかと考えていた。

何より、あの神使達が傷つくような事だけは、避けたかった。


アリアは自然と、傷の浮き出たままの手の甲を擦り、空を見上げた。空を行く死神の車に、フウガが乗っていないかと目を凝らしたが、残念ながらフウガの姿は見当たらなかった。



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