13


急いで神社に戻ると、そこはいつも通りの、小さな森のような神社ではあるのだが、朝出て来た時よりも、木々の葉が萎れて見えた。空を見上げれば、神社の上空も、心なしかどんよりとして見える。人目には気づかない些細な変化だが、アリア達にははっきりとその違いが分かった。


そして、その理由も。


神使の力の源は、神様の力だ。神様が社に居れば問題ないが、神様が不在の今、神社を守るのは神使の仕事だ。守る神使に何かあれば、神社にも影響が出てしまう。

アリアとフウガが慌てて社の中へ駆け込めば、神様探しに出向いていた神使の片割れが、ぐったりとして倒れていた。留守を任されていた片割れの天使が介抱に当たっているが、不安に焦りを滲ませ、今にも泣きそうだった。


「おい、大丈夫かよ!」

「アリアさん、フウガさん!私、こんな、どうしよう、神様もいないのに、」


アリアが駆け寄れば、神使は片割れの手をぎゅっと握って、ぽろぽろと涙を零した。アリア達が来た事で、どうにか気を張って保っていた心が崩れてしまったようだ。


「何があったんです?」


フウガが涙する神使の肩に手を添え、宥めるように尋ねた。フウガの落ち着いた声は、相手の心も落ち着かせてくれるようだ。神使はフウガの目を暫し見つめ、そっと呼吸を整えると、ぐいっと袖で目元を拭った。


「町の妖に襲われたそうです。悪魔の力は妖にも不安を煽ります、それだけではなく、昨夜、町に不可思議な妖が現れたようで、それも神様がいなくなったせいだと…」


そのせいで、神使が責め立てられたのだろうか。ぐったりとしている神使は、元々ぼろぼろになっていた着物が更に破け、その体にも傷やら痣やらが出来て、見ているのも辛い状態だった。


「抵抗しなかったのか?」


アリアが尋ねれば、傷を負った彼はそっと目を開き、アリアを見てやんわりと首を横に振った。


「出来ませんよ、鞍木地町くらきじちょうの妖は、神様の可愛い子供のようなものですから」

「…その神様は、お前らほっぽって、どっか行っちまっただろ」

「それでも、神様が帰って来た時にがっかりして欲しくはありませんから」


どこまでも健気に神様の帰りを待ち、神様を思って、妖の不満や不安をその小さな体で受け止めている。片割れの神使は、再び込み上げる涙を堪えながら、傷ついた相棒の手当てを再開させた。彼らだって神様が居なくて不安で仕方ないだろうに、それでも、この町の為に戦っているのだ。

アリアは、自身の手の平を撫で擦った。二人の強さが、胸に苦しかった。


「…その不可思議な妖が気になりますね」


フウガが眉を寄せて呟くと、傷を負った神使は小さく頷いた。


「はい、禍々しい気配を纏っているようで、妖達はあれも悪魔の一部なのではと恐れていました。とても近寄れないと言い、遠目から見た分には、それは熊のようで、かと思えば大蛇のようにも見えたと言い、その者の居た場所は、草木も枯れ果てていたようです」

「そうですか…天使長のヤエサカからはそんな話聞いていませんが…」


悩むフウガの隣で、アリアは黙って自分の手の平を見つめていたが、ややあって、不意に神使の体へ手を伸ばした。


「アリアさん?」

「与える力は、神様みたいな力だろ?少しは役に立つかもしれない」


横たわる神使の手を握ってアリアが目を閉じれば、アリアの背中の翼が、途端にぶわっと大きく広がった。神使の片割れが「美しい…」と、思わず呟いた通り、アリアの白い翼は繊細な輝きを伴い、その光はアリアの手を通して傷ついた神使の体を包んでいく。ふわふわと雲に包まれていくような温かな煌めきが、傷の一つ一つを優しく撫で、その光が消えた頃には、神使の負った傷は綺麗に消えていた。消えたのは妖から受けた傷だけなので、ぼろぼろの着物はそのままだが、神使はぐったりしていたのが嘘のように、ひょいと体を起こし、自分の体の変化に驚いている。


「アリアさん、凄いです!まるで神様に力を与えて貰ったような感覚です!」

「そりゃ、何より…」


そう笑ったアリアの体がふらりと傾いて、フウガが慌ててその背中を支えた。


「大丈夫ですか?」

「平気平気、なんともない」

「…一度力を使っただけで倒れるなんて、」

「倒れてないって、ちょっとふらついただけだから」


そうアリアはフウガを押しやろうとしたが、その手をフウガに取られてしまった。思わずギクリと肩を跳ねさせたのは、手の甲に、あの火傷のような痕が浮かんでいるからだ。


「…傷の出る感覚が狭まっていませんか?」

「…平気だって。そうだ、飯にしよう!そろそろ昼だろ?飯食えば俺は平気!」


神使は戸惑いはしたが、それならばと急いで立ち上がった。ご飯を用意する為だろう。傷を負った片割れもそれに続こうとしたが、アリアがそれを制した。


「お前はまだ休んでなよ、飯はフウガが手伝うって」

「…は?」


そんな事は言っていないと、フウガは眉を寄せた。


「ほら、俺はこんなだし、力を温存しなきゃなんないし。神使殿は病み上がりだ」


ひらひらと手を振るアリアに、フウガは何やら文句を言おうと口を開いたが、それは声になることはなく、溜め息となって立ち上がった。


「分かりました。お任せ下さい」


頬をやや引きつらせながら笑みを浮かべるフウガに、病み上がりの神使は焦ってフウガの前に立ちはだかった。


「私は大丈夫です!アリアさんのお陰で元気いっぱいですから!お客様に仕事をさせる訳には、」

「では、アリアを見張っていて下さい。アリアの体に、煙草は毒ですから」


げ、と顔を顰めたアリアに、フウガは得意気な顔を浮かべた。


「あなたがこの社のどこに煙草を隠しているのか、私が知らない訳ないでしょう」


勝ち誇った様子で障子戸を開けて出て行くフウガを、アリアは苦々しく見つめ、神使の二人はおろおろとしながら、それぞれの務めを果たしに向かうのだった。



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