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やはり不可解な天使だと、フウガはアリアを見て思う。今みたいにあからさまに面倒だと訴える時もあれば、昨夜のように人の為に働きもする。苦しむアリアを見てもどかしい思いを感じていたのだが、現在の、とにかく面倒そうなアリアを見てしまえば、そんな自分が馬鹿らしくも思えてしまう。


結局、アリアは何も変わっていないのかもしれない。天界に居た頃よりも仕事に前向きに見えたのは、下界に降りてテンションが上がっていたとか、そんな理由だろうか。


フウガは小さく溜め息を吐くと、再び人波に目を向けた。アリアがいつ仕事を放り出すか分からない、それなら早く神様を見つけなくてはと、人知れず気合いを入れ直していた。


「北口側に移動しましょう、周囲に目を向けて下さいよ。何かに化けているかもしれませんから」

「さっきの狸もどきは?」

「あれは違うでしょう。さすがにあの距離で目を合わせれば、神様の気配に気づける筈ですよ」

「…まぁ、そりゃそうか…あの狸もどきは、あそこで何やってたんだろうな」

「今は見知らぬ妖の事よりも、神様の事を考えて下さい」


はいはい、と気のない返事をしながら、アリアはズボンのポケットに手を入れてフウガの後をついていく。改札を横目に駅を通り抜けると、バスのロータリーがあり、商店街が見えてくる。まだシャッターを下ろしている店ばかりだ。


「毎朝、ここで駅の様子を見るのが、神様の習慣だったんだよな」

「そのようです。駅を見た後は、その日によって町を気ままに巡っていたそうですが」

「何か気になる事でもあったのかな」

「見守っていたのでしょう、駅は町の中心ですから。気にかけていた人間もいたようですし」


へぇ、と、アリアは興味を引かれたのか、少し身を乗り出した。


「それ、誰の事か分かってんの?」

「いえ。日誌には、桜の人としか書いてありませんでしたので」

「桜って、名前?」

「それなら、桜の人、なんて書かないでしょう」


そうか、と、アリアは特に反論もなく納得したようだ。いつもはふわりとした髪も、こんな日は汗で首筋にはりついて鬱陶しそうだ、アリアは、うーんと唸りながら首筋を撫でている。


「あ、春に生まれた人間とか?」

「どちらかと言えば、春に出会った人間だからではないですか?分かりませんが」


そうか、と、アリアは再び納得し、それからも何か考え事をしているようだった。ぼんやりと雲しかない空を見上げて歩いているので危なっかしく、フウガは「今は駅に神様がいないかどうかを見てくれませんか」と、困り顔で声を掛けていた。






それからも、駅の周辺を歩きながら辺りに意識を巡らせるが、神様が居そうな気配は感じられなかった。


この二週間、ずっとこんな調子だ。鞍生地町くらきじちょうは、差程大きな町ではないが、町は町。そして相手は、この町を知り尽くしていて能力も格上の神様だ、アリア達の動きを見て身を隠す等、容易いのだろう。


それでも、どうにかして探し出さなくてはならない。


アリア達が下界にやって来た数日は、下界での生活や振る舞いに慣れない事もあってバタバタしていたが、翌週からは、今のように神様がよく来ていた場所を中心に見て回り、聞き込みも行っていた。

聞き込みは、妖にはアリアが、人間の住民にはフウガが行っている。妖相手には、神様が不在なのは知れ渡っているので隠さず聞けるが、人間相手にはそうはいかない。フウガは「暴け!不思議現象解明倶楽部」という雑誌の記者だと、架空の雑誌名を堂々と言ってのけ、身の回りに起こった不思議な事はないかと尋ねて回っている。フウガが堂々としているからか、それとも持ち前の外面の良さのお陰か、初めこそ訝しんでいたご近所さんも、気づけばフウガの力になろうと頭を悩ませてくれていた。それどころか、何か話のネタはないかと、人を呼んでは集めてと力を貸してくれるので、フウガは下界でも人だかりの中心となっていた。

アリアにとっては、それこそ不思議現象だ。


だが、聞き込みの甲斐も虚しく、神様の行方を知る手がかりになりそうなものは、まだ何も見つかっていない。




「今日も居そうにないですね」


高架下から頭上を過ぎる電車の音に顔を上げ、フウガは小さく肩を落とした。高架下には、小さな店舗が様々と連なっており、神様もよく覗きに来ていたという。その中でも、毎回足を止めていたのは、「森のパン屋」というパン屋さんだ。残念ながら、ここ数日は店を閉めている。森のパン屋の一番人気は、“森のあんぱん”で、ふんわりもちっとした生地に、優しい甘さのあんこがたっぷり入り、桜の塩漬けが乗っている。よくあるパンではあるが、ほっとする優しい味わいが老若男女を虜にしている名物品だ。

アリアは、シャッターの降りた店舗を名残惜しく見つめていた。実は、あんパンの評判を聞いてから食べてみたいなと思っているのだが、なかなか縁がないようだ。その残念な気持ちも込めて、アリアは疲れたように溜め息を吐いた。


「もうさ、前の習慣なんか当てになんないんじゃないの?」

「もしも、という事がありますから」


アリアはそれに言い返そうとも思ったようだが、フウガがさっさと先を行くので、ややあって言葉を飲み込んだ。その代わり、思い出したようにフウガの隣へ並び立った。


「なぁ、神使の奴は?どこ探してんの?」


神使の二人は、一人は神様を探しに出かけ、もう一人は神社で留守番をしている。もしかしたら神様が神社に戻ってくるかもしれないし、神様の留守中に、神社で何か起きたら大変だ。


「友人の神様の元へ向かいましたよ。釣り仲間だとかで、何か新しい情報はないか聞いてくるそうです」

「へぇ…釣りってさ、神様も結構暇なのかな。ちゃんと仕事してたのか?」

「あなたには言われたくないでしょう」

「ま、それもそうだな」


アリアはさらりと笑ったが、その通りではあるので認めるなとも言えず、フウガは調子を狂わされた気分になる。


分かっているなら、その態度を改めたら良いのに。


そう思っても、倒れるまで力を使うアリアを思えば、そんな風に言うのも何だか気が引けてしまう。やはり分からない天使だと、フウガはもやもやを募らせるばかりだった。


「次はどこに行くんだ?ちょっと、」

「三丁目にある総合病院です」


ちょっと休憩しない?恐らくアリアは、そう言いたかったのだろう。フウガがそれを見越してかアリアの言葉を遮ったので、アリアは不満そうに顔を顰めた。だが、いくら態度で示そうと、フウガはその顔を見ようともしない。募るもやもやを、さっさと振り切りたいからだろう。


「…そこも神様のお決まりの場所だっけ?」

「いえ。まだ、悪魔の手が現れていない場所です」

「そんな地域あったっけ」

「はい。それにここ最近、悪魔の手の行動範囲が狭まっているんです。それも含め何か理由があるのかと」

「それは単純にさ、フウガが力を回収してるから弱まってるんじゃない?それか、力を蓄えてるとかさ」


アリアが何の気なしに言うと、フウガは足を止め、「あなた、嫌な事言いますね」と、心底嫌そうな顔で振り返った。



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