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翌朝、アリアとフウガは人の姿となり、鞍木地くらきじの駅前にいた。

夜は悪魔の活動が活発なので、神様探しは日の出ている時間帯に行うしかない。


時刻は朝の七時を回った所。朝の爽やかな空気も、通勤通学の集団に目を向ければ、何だか空気が厚みを増したように見えてくる。

アリアとフウガが居るのは、駅前の広場だ。

そこはちょっとした休憩スポットとなっており、広場の中央や周囲を囲むように花壇が設置され、色とりどりのパンジーが、可憐な花を咲かせている。

アリアは花壇を囲むベンチに腰かけながら、駅へと吸い込まれていく人波を見つめ、もやもやとする胃を擦り、くあ、と欠伸を噛みしめた。


体が怠い、動くの面倒、眠い。


ぼんやりとしたまま、相変わらずのくたびれたジャージのポケットから煙草を取り出したが、いざ一本取り出そうとした所で、フウガに手首を掴まれた。


朝から熱い太陽が降り注ぎ、蝉も気合いを入れて鳴き散らかしているというのに、フウガはその髪も服装も相変わらず黒一色で、シャツの襟元もきっちりと留め、死神の姿の時は長いコートを羽織っていたが、今はスーツのジャケットを羽織っている。

ゆるゆるのジャージ姿でも汗が流れ落ちるというのに、フウガはどういうわけか涼しげで、真っ黒な出で立ちでも爽やかに見えてしまうのが、アリアには不思議で、何だか腹立たしかった。

フウガと隣り合って歩いている時から、男女問わず何となく視線を感じるのは、恐らくフウガが素敵に見えるからなのだろうと、アリアはそう思っている。そしてそれが、何だか面白くない。


素敵とは言いがたいかもしれないが、傍目から見れば、アリアはアリアで目立っていた。今は人間の姿をしているが、アリアの髪色は薄紫色のままだ。真夜中では分かりにくいが、明るい太陽の下ではより際立って見え、それでいて服装も態度も悪いので、ここでもアリアは、フウガとは違う意味で変に目立っていた。


しかしアリアは、自分に好奇のような眼差しが向けられているとは露ほども思っていない。相変わらず不貞腐れたように唇を尖らせていたが、その思いもやがて頭の外へ放り出した。アリアには、フウガがアリアの手首を掴む理由も、言いたい事も察しはついている、今アリアが気にかけるべきは、この手に握りしめている煙草の箱の行く先だ。


「禁煙ですよ」

「俺、禁煙してないけど」

「あなたではなく、この場所が、に決まっているでしょう」


「もっとマシな返しは出来ないんですか」と、フウガは呆れたように溜息を吐くと、アリアの手から易々と煙草を奪い取ってしまった。「あ、ちょっと!」と、慌ててそれを追いかけるアリアだが、フウガはその手も簡単に交わし、さっさとジャケットの内ポケットに入れてしまうので、アリアは「何だよもう!」と、不満たらたらでベンチにふんぞり返った。


こうしてフウガに煙草を没収されるのは、一度や二度の事ではない。出会った当初は、フウガもアリアの喫煙を気にも留めていないようだったが、アリアが力を使って倒れてしまってからは、フウガは煙草を取り上げるようになってしまった。それも、アリアの体調を心配しての事だろうが、アリアとしては楽しみを奪われただけなので面白くない。更にはそれが、簡単には取り返せないと分かっているから尚更だ。

最初の内は、取られても取り返そうとしていた。だが、ひょいひょいとかわされ、終いには地面に羽交い締めにされ、これが毎回となれば、面倒くさがりのアリアでなくとも辛い。

なので最近は、取られたら取られっぱなしにする事にした。下界の支部にある売店では、天界の商品を何でも取り寄せて購入する事が出来るので、また買えばいっか、と考えているようだ。今回の特別任務のお陰で、アリアの懐は随分潤っている。


とはいえ、すぐに買いに行けないのは難点だ。人間の煙草はアリアの口には合わないので、選択肢には入っていなかった。


アリアは大袈裟に溜め息を吐くと、ふんぞり返ったついでにずるずると体を滑らせて、ベンチに寝転がった。ちょっと座面が熱いなと思ったが、飛び退く程ではない。

空を見上げれば、鳥が空を横切っていく。気持ち良く翼をはためかす姿を見て、何か思い出したように、ぐいと上体を起こし、ベンチ横に立つフウガを見上げた。


「ねぇ、ずっと思ってたんだけどさ、なんで人の姿になんの?神様探すんなら、天使のままでも良くない?」

「少しでも天界の気配を薄くした方が、神様を探しやすいからですよ」

「でもさ、神様の前ではあんまり意味ないと思うけど」

「当然、神様を欺くなんて出来ません。でも、隙をつくくらいは出来るかもしれません。下界の支部の天使達も、昼間は人間の姿で活動する事がほとんどですし、それに死神の姿で地上をうろつくと、妖に怖がられますから」


ちら、とフウガが目を向けた先に、狸に似た動物がいた。広場から道路を挟んだ向こうの通り、ガードレールの下から顔を出して、辺りをキョロキョロと窺っている。狸と同じサイズ感で見た目も似ているが、赤い肩掛けを羽織り、丸まるとした尻尾が二つあった。


「あれってさ、化け狸?それとも猫又が化けてんのかな」

「妖だって、種族を越えて愛を育む事もあるでしょう」


何であれ、ただの狸ではないのは間違いなく、人目にも気づかれていない所を見ると、妖だろう。

狸もどきは、暫らく辺りを窺っていたが、やがてフウガと目が合うと、そのまま固まってしまった。ややあって、フウガが死神だと認識したのか、目を大きく見開いて飛び退いた。その驚きのまま一目散に人混みを横切ったので、狸もどきが見えない人間達は、突然足元に感じる温もりに驚き、転倒しかける人もいた。


「…死神だって、バレてんじゃん」

「…間があったでしょう。私が、人間か死神か迷ったんですよ。すぐに死神だと気づかれていれば、目が合う前から存在を察して逃げていますから」


意外とフウガは負けず嫌いなのだろうか、アリアはふぅん、と気のない返事をした。


「じゃあ天使の俺は?あいつらは天使は怖がらないじゃん、死神と違って魂を引っこ抜く訳じゃなし」

「…引っこ抜くって言い方やめて貰えませんか?我々は、説明した上で魂を天界へ連れて行くんですから」

「でもやる事は同じじゃん。なんかさー、人間って歩くじゃん。飛ばないじゃん。もう、怠いんだけど」


フウガの主張を適当にあしらい、不満をぼやくアリアに、フウガは再度、大きな溜め息を吐いた。


「歩きなさい、あなたは」

「俺、体力温存しないとじゃん」

「温存する前に、力を使っても倒れない体力を身につけて下さい」

「えー…それとこれじゃ、また話が別っていうか」

「そもそも、あなたが天使の姿になったら、あなたは人間からは見えなくなるんですよ?人間の姿の私があなたと会話していたら、人間からしてみれば、私が空を見上げて独り言を言ってるおかしな奴だと思われるじゃないですか」

「はは、良いじゃん」

「どこがですか、余計に神様探しが難航しますよ」

「そもそもさ、この町に神様いる?もうどっかさ、よその町にでも行ったんじゃないの?」

「町からは出ていません、神使殿がそう言ってますから」

「でも、どこにいるか分かんないんだろ?」

「ピンポイントでは探せませんが、何か感じるのでしょう。神様と神使は、切り離せない存在ですから」


ふぅん、とアリアは頷きこそしたが、フウガには空返事にしか聞こえなかったようだ。



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