4



***




人々が暮らす街、そこから見上げた空の遥か上。人の目では決して見る事の出来ない場所に、天界がある。


その中で、様々な神様の下、天使や死神、転生前の魂達が共に暮らしている場所、そこが天国だ。


天国には、人間の世界と同様に街があり、山や川といった自然が、様々な商店、学校や公園、遊園地や娯楽施設もある。動物園や水族館、サバンナや海もあるが、そこは転生を待つ動物達が暮らす場所となっており、野生の動物達の魂も休める環境が整っている。魂となれば食事はしないので、野生のライオンとシマウマの魂も天国では仲良く暮らしながら、転生の時を待っていた。


そんな天国の中心にあるのは、神様の住まいもある世界管理局の本部だ。その敷地は広く、中央にある本部と呼ばれる建物は、真っ白な壁がどこまでも高く聳え立つ、巨大なお城のような建物だ。てっぺんには神様達の住まいがあるので、外から見えないように、建物の上部は消えない雲によって隠されている。遠目から見ると、雲を被った山のようにも見えた。世界管理局には、その他、様々な部署の建物や、手入れが行き届いた庭園が広がっている、ここだけで一つの街のようだった。


世界管理局とは、神様の元で指示を受けながら下界の管理をするという、その名前の通りの職場であり、天使と死神で役割は異なるが、アリアとフウガもその局員の一人だ。


その中でも、フウガの仕事振りは有名で、天界では知らない者がいないという。優秀故、時に同僚達からはサイボーグと呼ばれる事もあるようだが、天使も死神も、魂となった人々でさえ、フウガを慕い頼りにしているようだった。


そして、アリアもまた、ある意味で有名な天使だった。


日がな一日ろくに仕事もせず、時に世界管理局の広場の木の上で、時に天国の公園のベンチで、といった具合に、とにかく昼寝ばかりしている、なまくら天使として有名だ。



フウガが初めてアリアを見た時も、アリアは昼寝に勤しんでいた。

それは、フウガが仕事の報告をしに本部へ行った時の事。広場の木の上で白い翼を風に揺らし、金の輪をアイマスクのように目に被せて、いびきをかいている天使がいた。それがアリアだ。


「アリア!お前はいい加減仕事しろ!」


アリアの上司だろうか、金色の髪を後ろに撫でつけた天使の男性が、アリアを怒鳴りつけながら翼をはためかせ木の上に向かう、アリアはむずかるように寝返りを打った。木の上で器用なものだなと、変な所で感心を覚えたフウガは、その様子を眺めながら木の下を通りすがった。


「だって、俺が仕事したら仕事が倍になるじゃん」

「お前が仕事を覚えないからだろ!」

「覚えらんないんだもん、頭では分かってんだよ?でも、なんか勝手に手が動いて別の事するんだよね」


そんな馬鹿な。フウガは心の中で呟き、上司と思しき天使を憐れんだ。


あれが有名ななまくら天使か、苦労するな。あれではすぐにクビになるだろう、いや、下手すれば消滅だろうな。


そんな風に思いながら、フウガはちらと振り返り、アリアを仰ぎ見た。薄紫色の髪がふわふわと揺れるのが目に止まり、フウガは疑問に足を止めた。人間に化けている時は別だが、死神の髪が皆、銀色であるように、天使の髪は皆、金色だ。それはユニフォームみたいなもので、髪を他の色に染めることは、まずない。


アリアは何故、あんな髪の色をしているのだろう。


「………」


疑問には思ったが、それもすぐに頭から押し流し、フウガは足を動かした。

アリアの髪の色が何であろうと、アリアの行く末がどこであろうと、フウガには関係のない事だ。フウガにとって、仕事以外に時間を割くのは必要のない事だった。誰に頼られ慕われても、それは仕事を丁寧にやった結果なだけであり、フウガにとっては、それ以上でも以下でもない。

それに何より、死神の自分が天使と仕事で直接関わる事もない。



この時は、この先会う事もないだろうと、流れる景色と同じような感覚で、アリアの事は頭から追いやっていた。

だからまさか思いもしない。背中にアリアを背負って、下界で共に働く日がくるなんて。





***




歩道橋の下で助けた女性と別れた帰り道、また黒い影が出やしないかと空を眺め歩くフウガの背中で、小さく笑う気配がした。


「…何です?」

「優しいんですね、死神さん」


先程の女性を真似てか、からかいを含んだアリアの声に、フウガは溜め息を吐いた。


「あなたには優しくしていませんか?」

「仕事だからだろ?」


そう言われては、返す言葉がない。フウガとしては、この仕事にはアリアが必要だから世話を焼いているだけで、何なら、今回のフウガの任務は、アリアの世話といっても過言ではない。


「噂通りだなー。俺達の前とじゃ、全然態度が違うの。魂達がお前のこと紳士的で素敵ーって、言ってんの、よく分かった」

「…あなたが彼女に手を貸してやれと言ったんでしょう」


先程、フウガは彼女に声を掛けずに通りすぎる予定だった。次にまた誰かが黒い影に襲われる可能性もある、早めに撤退して次に備えるのも仕事の内だ。だが、アリアがそれを引き止めた。ぼんやり座り込む女性の姿を見て「助けてあげて」と、フウガの背中で呟いた。フウガにしてみれば、アリアの方がぐったりして見える。一度は無視しようと思ったが、ぐいぐいと服を引っ張るので、仕方なく女性に声を掛けたのだ。


「俺なら言われてもやらない」

「あなたね…」

「いやー、快適快適」


フウガの背中で、アリアは軽やかに笑ってみせるが、だらりと肩に掛かるその腕には、痛々しい傷が見える。背中から伝わる体温も熱く、もしかしたら熱を出しているのかもしれない。


「…それは何よりです」


フウガはそう返したが、アリアからの反応はそこで途絶えてしまった。眠ってしまったのだろうか、それとも、強がりも底を尽き、口を動かすのも辛い状態なのだろうか。


あの怠け者が、一体どういう心境の変化だろう。


アリアの力が必要だからといって、傷を負って、体の限界がくるまで働くなんて。更には人間に気遣いまでみせている。


フウガは視界の隅に入る、夜風に揺れるふわふわとした薄紫の髪をちらと見つめ、アリアを気遣いながら、そっと歩く足を早めた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る