第2話 忘れられないあの日

「今日はよろしくお願いします。」

母と一緒にお辞儀をして、恐る恐る中に入る。


初夏の日の夜、私は塾の体験に来ていた。

白基調の綺麗な校舎。目に光がなくて厳しそうだけど面倒見の良さそうな塾長。今まで見た塾の中で一番好印象だった。ここは進学塾で、私みたいにレベルの高い高校を目指す子達が集まっているらしい。厳しめで席順も成績順だとか、、。 

私は塾長に連れられるまま教室に入る。

中に入るとずらっと20人ほどが並んで座っており、全員の視線が私に向く。

私は少し圧倒されてしまって自然と目を伏せようとした…。


が、その時だった。一番前列の左端に座っている男の子。綺麗な二重で、ぱっちりとした大きな瞳の男の子。その子は驚いたような、不思議そうな顔で大きな目を見開き、私をまじまじと見つめた。ふいに目が合ってしまった。


(えっ、、、。)


きっと、たった1秒にも満たない短い時間だっただろう。しかし、私にはその瞬間が永遠かのように感じた。時間がゆったりと流れていく。

私の体には今まで感じたことのないような衝撃が走った。胸の奥底で、ドキンと大きな音がしたのがわかった。

いろんな緊張がごちゃ混ぜになって、脳がヒートアップするのが分かる。自然と頬が熱くなる。

その時、後ろから塾長の声がした。


「えっと...山名さんはそこでいいか。

 そこの2列目の左端に座って。」

2列目の左端...2列目の左端.....。えっ!?


例の男の子の真後ろの席だった。


この塾の教室は、人数が少ないせいか机が縦に3列しか並んでいないため、隣の列との間には机ひとつ分くらいの隙間がある。しかし前後の机との間隔は狭く、椅子の背もたれが後ろの人の机に当たってしまいそうな距離感である。つまり、例の男の子と1番近い席はその真後ろの席なのである。


不慣れな場所と人への緊張感と、理由もよく分からずに早くなる鼓動で身体が強張ってしまう。私は半ばロボットのようにぎこちなく歩いてやっとのことで席に着いた。


目の前の後ろ姿を見つめる。目の前のその背中は、渋めのオレンジ色のチェック柄シャツを着ていた。中学生にしては渋いセンスだなと勝手に思う。

同い年の男子の私服なんて見ることもなかったから、思わず凝視してしまった。

私はハッとしてすぐに頭を振り、ノートとペンケースをごそごそと取りだして授業の準備をする。

(何、関係ないこと考えてるの私!大切な体験授業なんだから、ちゃんと集中しなきゃ!)


こうして私の初めての塾の授業が始まった-。



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たとえ声が聞けなくとも かゆぅ** @kayuh26

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