Column6 「筆を擱く(置く)」の意味を改めて考える

 前回「筆を擱く」について内容の訂正を行いましたが(本当に申し訳ないです……)、もう一つ深堀しておきたいことがあるので良ければお付き合いください。


 まず、「Column3 『筆が立つ』は字が上手い人のこと?」から引用した一文をご覧ください。


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「筆をく」はいかがでしょう。

 これ、カクヨムの作者さんがちらほらと使っているところを目にします。「書くのをやめる」という意味ですが、特に「文章を書き終えたとき」に使います。「長編小説の筆をく(『明鏡国語辞典 第三版』より)」と使います。

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 上記の文では、「筆を擱く」には「(特に)文章を書き終えたときに使います」と書いています。

 しかしつい先日、Web小説のなかで「筆をく」=「執筆活動をやめる」という風に解釈して使っていらっしゃる作品を拝見しました。(漢字もあえてなのか「置く」を使っていました)


「執筆活動をやめる」を指す言葉には「筆を折る」「筆を断つ」という言葉があります。しかし、「筆を置く」を「執筆活動をやめる」という意味として捉えられるのでしょうか。今回はそれについて考えてみようと思います。


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【筆を擱く】『大辞林4.0』

 文章を書き終わる。擱筆する。また、文筆家が書くのをやめる。

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『大辞林4.0』の語釈にある「また、文筆家が書くのをやめる」を読む限り、「筆を擱く」=「執筆活動をやめる」と解釈できそうではあります。

 しかし、この文章は少々あやふやです。「文筆家が執筆活動をやめる」とも捉えられる一方で、「文筆家が書くという動作を(一旦)やめる」という風にも捉えられます。これだけですとどう捉えるのが分からなかったので、比較するために「筆を折る」の意味も調べてみました。


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【筆を折る】『大辞林4.0』

 文筆活動をやめる。筆を断つ。筆を捨てる。

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 これは私の想像なのですが、仮に『大辞林4.0』が「筆を擱く」の語釈に「文筆家が執筆活動をやめる」という意味を付けたかったのであれば、「筆を折る」と同じように「文筆活動をやめる」としても良かったと思います。しかしあえて「文筆家が書くのをやめる」としたのは、「『書く』ことを仕事にした人の行動」を強調したかったのかなと。何とも言えませんが……。

 とはいえ、「筆を擱く」と「筆を折る」の語釈を比較してみると、やはり「筆を折る」のほうが「執筆活動をやめる(文筆活動をやめる)」の意味がずっとはっきりとしているので、この辞書を見る限り、言葉を使う側としては「筆を折る」を選んで使った方が無難なように思います。

 

 しかし一つの辞書で決めつけるのは良くありませんので、他の辞書も見てみましょう。


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【筆を置く】『三省堂国語辞典 第八版』

 書くのをやめる。文章をそこで終わりとする。ペンを置く。


【筆を折る】『三省堂国語辞典 第八版』

[文][作家などが]文章を書く活動をやめる。筆を断つ。ペンを折る。

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『三省堂国語辞典 第八版』は、「筆を折る」とは別物と考えているのが分かりますね。つまり「筆を置く」には、「執筆活動をやめる」という意味がないということでしょう。


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【筆を擱く】『新明解国語辞典 第八版』

 文章を書くのを(そこで)やめる。


【筆を断つ】『新明解国語辞典 第八版』

 文章活動を断念する。「筆を折る」とも。

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『新明解国語辞典 第八版』でも、「筆を擱く」と「筆を折る」の意味は別物として考えているようです。


 上記以外の『明鏡国語辞典 第三版』『精選版日本国語大辞典』『岩波国語辞典 第八版』『旺文社 標準国語辞典 第八版』『学研 現代新国語辞典 改訂版第六版』『新選国語辞典 第十版』『三省堂 現代新国語辞典 第六版』『角川必携国語辞典』を引いてみましたが、どれも「筆を折る」と同じ意味、もしくは似たような意味(=執筆活動をやめる)を載せているものはありませんでした。


『大辞林4.0』の語釈はどちらとも取れますが、この場合は他の辞書を参考にしたほうが無難でしょう。

 上記で紹介した以外の国語辞典のなかには、違う意見のものもあるかもしれませんが、十一冊の辞書を引いたなかで、はっきりと「筆を擱く=執筆活動をやめる」という意味を示したものがないので、「筆を擱く」=「執筆活動をやめる」として使うのは不適切だろうと考えられそうです。

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