第17話 開演 -Duel Standby-


上方のさる名家から依頼を受け、旧都まで出張して登録済み業物の一斉点検を行う。

遠方での大仕事になるから、少なくとも一月以上は家を空けることになるだろう。


「なるべく早く戻ってくるようにするから、家を頼んだぞ」

「うん。どうか道中お気をつけて、兄さま」


雹右衛門は、あくまで仕事で家を離れるという体で『死合い』に赴いていた。

たとえこれから始まる『鬼門蠱竜会』で死ぬことになろうと、旅先で事故死したという形で雪路に知らされることになっている。


(死ぬ気はない。だが、気概だけで生き残れる世界でもない)


マサの後に続いて逝原城の大鉄門をくぐった時点で、もう既に一般人の立ち入れない国の中枢領域内、後戻りのできない場所にいる。

ここで何かをしでかせば、城にひしめく侍や忍びどもを敵に回すことになる。

雹右衛門はぐるりと周囲を見回しながら、ざっとその数を見て取る。


(千はくだらないか。たった四人のつわもの相手に、念入りなことだ)


雹右衛門は心の中で幕府の用心を冷笑した。

しかし実のところ、千人の監視よりも自分以外の三人の方が、確かに脅威と感じられる。


(しかし、これほどの『虫』たちが都に潜んでいたとはな……)


平静を装いながらも、雹右衛門は笠の下でごくりと息を呑む。


恐らくは、同格かそれ以上のつわものが三人。

雹右衛門と並び、砂利の敷き詰められた庭に座らされている。


「ほほほっ! 蝶々じゃあァ……!」

落ち着きのない童のように、よたよたとその辺の蝶に手を伸ばしているのは、骸骨のような細身の老人。

『独言髑髏くも八』。


「だっはっは、赤ん坊みてぇな爺さんだなぁ。別嬪さんもいるし、楽しめそうだ」

『天下無双』と文字の書かれた道着の大男が、豪快に笑っている。

『天下無双の王槐樹』。


そして。

「……」

かつての依頼人『絹』は、物憂げな表情を浮かべて虚空を見つめている。

『殲姫シルクマリア』。


その誰もが、どこか毒々しい気配を放っている。

雹右衛門自身も、気付かぬうちにそうなっているのだろうか。


「まもなく、『第三代将軍』柾国様がお見えになる。無礼の無きよう、心得よ」


四人のつわものを見据え、老侍が重々しく告げた。

老侍のしかつめらしい顔には古い刀傷が縦横に刻まれ、気配の猛々しさは禍山にも匹敵する。

恐らくは『第一代』勝国の代から、すなわち戦国の時代から逝原家に仕えてきた重臣だろう。

剣の腕もさながら、業物を持ったつわもの共の扱いにも慣れていると見えた。


マサが裏の顔ならば、この男は表の顔なのだろう……)


その時だった。


「今さら礼儀など気にすることはない。この四人と私は、対等だ」


涼しげな声が、つわものたちの背後から聞こえた。

雹右衛門にとって、聞き覚えのある声だ。

だが、これまでのどこか薄暗く陰湿だった声の感じはなりを潜め、過不足の無い威厳に満ちている。


それはまるで……


(嘘だ。そんなはずがあるまい。あるものか)


雹右衛門は、あえて声のする背後へと振り返らなかった。

その代わりに、正面に立っている老侍の顔を見た。


老侍は傷だらけの顔に神妙な表情を浮かべ、雹右衛門たちつわものの後ろにいる人物を見つめていた。

しかしやがて、その人物が歩き出すと、その御前に膝をついて臣下の礼を取った。


「殿、どうぞこちらへ」

「うむ」


つわものたちの前に進み出たのは、マサだった。

庭園に座した四人を見下ろすように、彼は告げる。


「つわものたちよ、お初にお目にかかる。『第三代征羅大将軍』逝原柾国ゆはらまさくにである」

「「「……ッ!」」」


雹右衛門を始めとしたつわものたちは、目を剥いた。


「驚きましたか? 自分たちが幕府に踊らされていると自覚はしていたでしょうに、その操り主が他でもない、将軍その人だとは露も思いませんでしたか」


マサの常の調子で、逝原柾国はつわものたちに訊ねた。


「きさま……!」


雹右衛門は、嘲るマサの顔をにらみつけた。

だが、にらみつけるだけで、何もできやしなかった。


雪路の未来を握られている。

他の侍たちがそうしているように、頭を下げ傅くしかない。

誰だってそうだ。


他のつわものたちもにだって似た理性が働いているだろう。

雹右衛門はそう推測したが、一人だけ例外がいた。


「逝原柾国……ッ!」


絹だった。

絹は物憂げだった目を剥き、刃のような憎悪を柾国へと向けている。


「故郷、於頭の地を焼いた私が憎いかね、『殲姫シルクマリア』。せっかく拾った命を棄てても、私を殺したいか」

「当たり前でしょうッ!」


絹は、懐から業物を取り出した。

八頭拳銃『八岐大蛇』の一号。

八岐大蛇すべての複製元となった、蛇の祖だ。


(速い抜きだ。達人の抜刀速度にも匹敵している)


しかし、銃口を向けられてなお、柾国は揺るがない。

同じだ。雹右衛門が喉に羽々斬を突きつけた時と同じ。

まるで他人事かのように、柾国の目は銃口を見つめたまま動じない。


「撃ちたければ、撃てばよい。だが、私一人が死んだところで幕府は揺らがず、次の刹那に君は始末される。我々の誘いに乗ってまで欲する『例の物』は手に入らず、『蠱師』とやらの計画もとん挫する」

「そうやって、全てを支配しているおつもりかしら?」

「無論だ。『第一代将軍』勝国かつくには群雄割拠の戦国にて勝利を収め、『第二代』紡国つぎくには幕府の基礎を築いた。『第三代』たる私は、受け継いだこの列島支配をより盤石に補強する義務がある」


柾国は、自らのこめかみを指で掻いた。


「私には、不思議と物事の先が見えるのだ。ああすればこうなる、こうすればああなるというような、人にはぼんやりとしか見えないらしい未来が、くっきりと」

「嘘よ。ハッタリだわ」

「そう思うなら、私を殺してみるといい。その場合の対処も、あらかじめ家臣たちには託してある」


柾国は、冷ややかな目で絹を見下ろした。


「この世は、易きに流れればなるようにしかならぬものだ。私の予想の範疇を超えたければ、一時的な感情ごときに囚われぬことだ」

「……知ったような口をっ!」


絹はまずます憎悪を膨らませたが、結局引き金を引くことはできなかった。

しぶしぶと銃を下ろし、唇を噛んで地面をにらんだ。


「そう、それでよい」


柾国は眉一つ動かさずにそう言うと、刀傷だらけの老侍へと目配せした。


「では、例の物を」

「御意」


老侍は、背後から木箱を取り出した。


「おみくじだ。赤い印付きを引いたら第一試合、そうでなければ二日目の第二試合で戦うことになる」


侍が四人のつわものたちの前を巡り、くじを引かせていく。

雹右衛門がくじを引くと、中から出てきたのは折りたたまれた白紙だった。


「さあ、赤を引いた者同士、引かなかった者同士がそれぞれの最初の相手だ」


くじ引きが済むと、柾国は立ち上がった。


「『鬼門蠱竜会』最終御前試合の開始をここに宣言する。これより三日の後、生き残るのはただ一人。皆の者、よく願い、よく戦い、そして……死ぬがよい」


「だっはっは! よろしくなぁねえちゃん!」

「……ええ、よろしくお願いします」



鬼門蠱竜会きもんこりゅうえ』第一試合。

『天下無双の王槐樹』対『殲姫シルクマリア』。


明日の陽が暮れる時、生きているのはどちらかだけだ。

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