第13話 五人 -5/32-
花の艶ヶ谷で首切り死体が見つかった。
死体は身体のあちこちを損傷しており、何らかの斬り合いに巻き込まれたものと見られる。
首の傷は滑らかで、一刀のもとに切断された可能性が高い。
相当な腕前の剣士が犯人であることはまず間違いなく、先日の
以上が、
それ以上のことを推測できるような痕跡を、彼らが残すはずもない。
「あれ、おかしいな。この前の
果物を大量に載せた荷車を引きながら、大通りで商人がぼやく。
「今日もあの芸にあやかって大儲けさせてもらおうと思ったのに……」
「おい、そこのあんた」
「ん?」
商人は振り返ると、ギョッとした。
「そう、アンタだ」
そう言って呼びかけてきたのは、熊のような巨漢だった。
その身体にはあちこち刀傷が刻まれ、赤く血が滲んでいる。
騒ぎにならないのは、そのほとんどが既に塞がりかけていることと、当の本人があっけらかんとしているせいだろう。
「そのミカン、美味そうだな。一つ売ってくれ」
「あ、ああ」
巨漢『天下無双の王槐樹』は、銭と引き換えに受け取った大きなミカンを頭上に放り投げた。
「そらよっ」
手刀を振るうと、手の届かない上空に投げ上げられたミカンが真っ二つに割れた。
それが、技の盗賊『天下無双の王槐樹』が『かまいたち恋次郎』から
だが、商人は心のどこかで「ああ……」というため息を漏らした。
きっと、刀芸の男はもう現れないのだろう。
理屈ではなく直感でそう悟ると、商人はどこか寂しそうに人混みの中を去っていった。
「ほら、半分は
王槐樹は傍らを往く小男の口にミカンの片割れを差し出した。
「……ひっついてくんじゃねぇ、馬鹿が」
小男こと九平治は、口に放り込まれたミカンを咀嚼しながら、しかめっ面で舌打ちした。
「せっかく盗んだ『かまいたち』だぞ。あんま気安く見せびらかしてんじゃねぇ」
「まだ完全には使いこなせてないんだ。ちょっと遊ぶぐらい別にいいだろ?」
「馬鹿、奴らに見られたぞ」
そうつぶやく九平治の視線の先に、中年男が立っている。
「どうも、お二方ともお揃いで」
マサだった。
一人は、どことなく恋次郎に目鼻立ちが似た少年。
もう一人は十字槍を背負った中年の尼僧。
それぞれ、王槐樹と九平治を警戒してただならぬ気配を発している。
「そいつらが次の相手ってわけかい?」
「まさか。とんでもございません」
マサは、笑って首を横に振った。
「この二人は、幕府に忠誠を誓ったつわものです。あなたがたのようなまつろわぬ者たちとは、立場が違います」
「ほーん……」
王槐樹は、あごヒゲをポリポリと掻いた。
そして、豪快に笑っていた眼に、殺気の炎を灯す。
「強い奴と殺り合えるなら、俺はどっちでもいいんだがな」
「よせ、櫂」
たかぶる王槐樹を、九平治が制した。
「恋次郎とやり合ってテメェもボロボロだろうが。仕掛けるなら今度にしろ」
「だはは、分かってるって
王槐樹は、構えていた手刀をおろした。
九平治はホッと胸をなでおろす。
「ったく、化け物同士の戦いに巻き込まれるこっちの身にもなってみろ」
心の中で、つぶやいた。
正直、今の状況で二人のつわものと戦って無事に生き残れる自信は、九平治にはない。
「で、何の用だ。どうせまた、殺し合いの誘いだろうが」
「ご明察の通りです」
マサは、人別帖を開いた。
『かまいたち恋次郎』の名が血文字の×で消されていた。
「人別帖に記された32人の内、残っている名前はお二方を入れて五人。ですが、九平治どのは王槐樹どのと異体同心のご様子。合わせて一人と数えて問題ございませんね?」
「好きにしろ」
「へへへっ、二人で一人ってのは、何だか照れちまうな
「テメェは黙ってろ、櫂」
九平治は咳払いしながら、示された人別帖をにらんだ。
「ふん、どっかで聞いたような名前ばかりだな。こんな連中を八分の一になるまで殺し合わせてきたってことか。ご苦労なことだ」
「ええ。企画・選定の段階から数えたら七年、ずいぶん時間がかかりました」
マサはこともなげに言った。
「でも、まだ終わっていません。最後の一人になるまで、やります」
「酔狂だな。そこまでして、何がしてぇんだ」
「お祭りですよ。戦国という時代を葬る、死の祭り」
「祭り? そのわりには、地味だな」
「その点については、ご心配なく」
マサが目配せをすると、連れの二人が懐に手をやった。
瞬間、九平治もまた懐に手を伸ばした。
「テメェ、こんな往来でやる気かッ!」
「その通り」
マサが合図をすると、二人は懐から取り出した紙の束を、一斉に宙へと放り投げた。
「号外! 号外! 都の皆様がたに、謹んでお知らせ申し上げる!」
マサが、往来に向けて轟くような声を張り上げた。
「な、何を……ッ!?」
九平治と王槐樹は、目を見合わせた。
マサは、構わずに声を張り続ける。
「来たる夏祭り最後の三日間、逝原城前・特設舞台にて達人同士の死合い『鬼門蠱竜会』の開催が決定いたした! 四人のまつろわぬつわものたちが、最後の一人になるまで殺し合う戦祭りにござる!」
二人が配っているのは、まさにその号外記事だった。
「一人目は、かの反乱を引き起こした
「二人目は、もはや人ではござらぬ。夜な夜な都に彷徨い出ては、人を斬り刻む生ける妖怪
『独言髑髏くも八』!」
「三人目は、戦国の世を影から作り上げた者たちの末裔! 業物に愛され、業物に呪われた業の呪剣士『虫斬り雹右衛門』!」
「四人目は、あらゆる技を貪り喰らう武の
マサの声に、九平治も王槐樹も、道行く人々も肝を奪われ、ただただ聞き入るばかりだ。
「これは、戦国の世を終わらせる弔い合戦である! 詳しくは後日、幕府から下知がくだるであろう!」
マサは述べるだけ述べると、くるっと踵を返して城の方へと去っていく。
「ま、待て!」
その背を、九平治は呼び止めた。
「テメェ、何者だ……? 裏だけじゃなく、こんな表立ったところでまで幕府を動かすなんて……」
九平治はハッと目を見開いた。
「まさか、お前の正体は……」
「では、またいずれ。祭りの前に、お迎えに上がりますゆえ」
告げると、マサは号外を配り終えた
それは、都の一部、ほんのひとときのみの宣伝だったが、効果は絶大だった。
絹姫シルクマリア
独言髑髏くも八
虫斬り雹右衛門
天下無双の王槐樹
それぞれの名は、瞬く間に都中へと伝えられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます