第6話 天岩戸 -Heaven‛s Gate-
都から
町を
陽が
都に夜が来る。
恐ろしい、悪意の時間がやってくるのだ。
「やるぞオメェら!」
「せぇのぉッ!」
荒々しい掛け声とともに、ならず者たちが
バキッと音を立てて
「おら、入れ入れ入れ!」
「全部ぶち壊せ」
「女ァどこだ!?」
思い思いの言葉を吐き散らしながら、気焔流の門下生たちが家へと
その数はおよそ三十。
一人を除いて、全員が木刀を握りしめていた。
『殺人上等』
『天誅御免』
『気炎万丈』
『撲殺日和』
『死屍累々』
『八つ裂き』
『病老死苦』
…………
……
物騒な言葉が刻まれた木刀を手に、
それは、まるで戦に負けた土地を襲う
「いやっほぅ! 屋敷一つまるまるぶち壊してイイなんて、楽しすぎるぜ!」
皿やガラスの割れる音。
物が引き倒される音。
破壊衝動に取りつかれた
嫌な音が屋敷のあちこちから響き、混ざり合い、静かだった
「ん~、なかなかいい音だ」
そんな混乱にうっとりと耳を傾け、
毛を
「でもよォ、この音楽にはタンパク質が足りてねェ。あとは女子供の悲鳴が欲しいところだなァ?」
坊主頭の男は、禍山によく似た炎のような眼光をぎらつかせ、つぶやく。
彼こそが
「ったく、
「ですが、
「あ?」
「道場にチクってきたあの男、どうにも信用なりません。俺たち、いいように利用されてるのかもしれませんぜ」
「かもな。だが、大した問題じゃねェよ」
「はい?」
「
「そ、それでもし……アテが外れていたら……?」
「その時は、マサとかいう奴もぶっ殺せばいい。真犯人に行き当たるまで、目についた奴をぶち殺していけば、いつかは向こうから
「む、無茶苦茶な……っ!」
「あ˝? 無茶苦茶やってこその気焔流だろうがよォ?」
「ひっ……」
門下生の顔が、恐怖に歪んだ。
厄海の手に、小さな金属の塊が握られていたからだ。
「
空気を弾くような破裂音。
と同時に門下生の
「ご……げ……ッ!」
頭を
「半端な
「やっぱ、男のは
「や、ヤベェ……
余計なことをすれば、次は自分の番かもしれない。
そういう緊張感が、場を支配していた。
「ちっ、弾ァ一個、無駄にしたぜ」
手を振るうと、厄海の
「おら、奪われた
「
「あ?」
屋敷の中を探していた門下生が、
「どォしたァ?」
「それが、
「地下だとォ……」
その下に、地下へと降りる階段が続いている。
「何だこりゃア? なんでこんなチンケな屋敷に、
門下生たちを
階段は、思ったよりも深い。
現代建築の常識を当てはめるならば、地下三階から四階に相当するだろう。
「あ˝?」
そこには、小さな道場が開けそうな広さの地下室が広がっていた。
持ってきた明かりをかざすと、地下室の奥に
「女はこの向こうか。
しかし、押しても引いても門はびくともしない。
厳重に鉄の
門下生たちに
「ち。これだと追いようがねェな」
しかし、
「まあいい、
「ギャアッ!」
「…………あ˝?」
上から聞こえてきた悲鳴に、
「どうしたァ!?」
連れてきた門下生たちの大半は、まだ地上で家探しをしているはずだ。
何かがあったなら、誰かが状況を説明しに降りてくるはずだ。
そう思って階段をにらんでいると、足音がした。
こつん、こつん、こつん、こつん……
階段を、誰かがゆっくりと降りてきている。
その足取りは一歩一歩、落ち着いているように聞こえる。
「誰だ……?」
「や、
フラフラと階段を降りてきたのは、門下生の一人だった。
彼は自分の身体を抱きかかえながら、ぶるぶると震えている。
夏だというのに、まるで凍えているかのようだ。
「寒い。火を……誰か、火を……」
階段を降りきると、門下生はばたりとその場に倒れ、動かなくなった。
うつぶせになったその背には、白く
「これァ……
他の門下生たちが恐怖する中、
「『虫斬り雹右衛門』とやらのお出ましかァ」
その手には濡れた
「お前が頭か」
「おうよ。ってか、上には門下生をたっぷり置いてきたんだがなぁ? アイツら、どうしたよ?」
「全員斬った。人の屋敷を
「かははっ、若ェくせになかなか気合入ったこと言うじゃねェか。気に入ったぜ」
しかしその裏では、別のことを考えていた。
「……やべぇな、コイツ。
心の中で考えを
狂った振る舞いとは
たとえ
戦国が終わり、剣の達人でありながらパッとせずに
「今頃はこいつの妹を人質にしていたぶってやる予定だったんだが……しかたねェ」
戦意がないことを示す、降伏の
「……何のつもりだ」
「何って、話をしようと思ってなァ」
「『虫』と話すことなどない」
「まァ聞けよ。俺らもテメェも、あの『マサ』とかいう奴の手のひらの上で
「……やはり、奴か」
雹右衛門の声に、わずかに動揺が見られた。
予想通り。
「心当たりがあるみたいだな。あの
「だったらよォ、ここで殺し合っても意味がねェ。マサをぶっ殺すまで、ここは一つ休戦といかねぇか?」
「悪い話じゃねェだろう?」と、目で雹右衛門に問いかける。
「こっちは、
「……」
雹右衛門に反応はない。
迷っているのだ、と
「それでいい。迷え、迷っちまえ、
心の中で舌なめずりしながら、
「信用できねェなら、これをやるよ」
警戒する雹右衛門をよそに、
今さっき門下生の命を奪ったばかりの、拳銃の
「これが俺の
厄海は、拳銃の
そして、その
「俺たちを信用できないなら、
ここで話に乗ってこないのは、
場の空気を作り、相手をこちらの
「本物だぜ? 信用ならねぇなら、手に取って確かめてくれよ?」
「……わかった」
そして、
その瞬間こそ、
「馬鹿め!」
と同時に、他の門下生たちも木刀を手に動き出す。
一つ目は、『
二つ目は、『
「テメェみたいなガキと組むわけねェだろうがァッ!」
その代わりに、
「死ねッッ!」
破裂音が響きわたり、弾丸発射の心地よい
「殺ったぜェ!」
厄海は叫んだ。
しかし……
「……?」
雹右衛門は無傷だった。
冷ややかに厄海を見つめながら、その場に変わらず立っている。
「あ˝ァ?」
どうやら、弾は外れていたようだ。
二人の距離は、ほんの数歩分しかないというのに……
「この距離でフツー
その時、同時に雹右衛門に襲いかかろうとしていた門下生が胸を押さえた。
「お、おえぇ!」
突然、胃の中の物を
「お……ッ!?」
続いて、別の門下生が白目を
「
そう
「何だ⁉ 何が起こってやがる!?」
視界がグラグラと
雹右衛門の姿がゆらゆらとぼやけ、三つか四つに見える。
「ぶ、
「そうだ」
雹右衛門は
その手には、
「そ、その刀のせいか……ッ!」
「
その秘密は、
窒素は大気中に最も多く存在する気体分子であり、それ自体に毒性はない。
しかし、窒素中毒と呼ばれるような現象は存在する。
スキューバダイビングにおける高圧下での窒素吸入は
現代においてなお、危険。
科学の未発達な
「畜生がァ……ッ!」
厄海は、
たしか、階段を降りてきた時点で雹右衛門は
あれはただ武器を抜いて警戒していただけではなかったのだ。
「テメェ、話を聞くフリして、時間稼ぎを……最初から全員を殺す気で……!」
厄海は、憎しみのこもった眼で、雹右衛門をにらんだ。
そしてもう一度、
「死ねェ!」
今度は絶対外さない。
そう願って放たれた弾丸は、雹右衛門の振るった
「弾丸を、斬った……!?」
「
「この……人でなし、が……ッ!」
胸を押さえてもがき苦しむ姿を見下ろし、雹右衛門は冷ややかにつぶやく。
「人でなし? 家に出た害虫を駆除しない人間が、どこにいるというんだ?」
やがて動かなくなった気焔流たち全員の絶命を確認すると、雹右衛門は
彼自身は、幼き日からの鍛錬と呼吸法により、高濃度窒素を
「待っていろ、雪路。今開ける」
雹右衛門は地下室奥の扉に手を掛けた。
その門は、雹右衛門が設計・製作した唯一の
名を、『
今回のような非常時に、雪路が逃げ込み逃れるための
門は完全に密閉されているから窒素の影響はないし、鍵を開けば自動的に
もしこの門の前を固められたとしても、地下道を通じて都のあちこちに設置した『
幼い日の悲劇を二度と繰り返さないための絶対安全の防御装置。
それが
雹右衛門はその鍵を取り出し、鉄門の鍵穴に差し込もうとした。
この鍵を正しい作法で鍵穴に差し込まない限り、この門が外側から開くことはない。
「雪路、怖い思いをさせたな。すぐ迎えに行くからな」
雹右衛門の心が『虫斬り』から心優しい兄に戻りかけていた。
その時。
「掃除がまだ
「……っ!」
背後から聞こえた声に、ゆっくりと雹右衛門は振り返る。
声の主は見当たらない。
どうやら、地上の声が階段を反響して響いてきたようだ。
「……すまない。もう少しだけ待っていてくれ、雪路」
完全防音の
「すぐに
鍵を
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