第6話 天岩戸 -Heaven‛s Gate-

都からのぞむ西のかなた、空をふちやまぎわへと夕陽が沈む。

あかねいろに染まった空を背に、カラスたちがどこか遠くへ飛び去っていく。


町をく人々は心なしか急ぎ足だ。

陽がやまこうに沈めば都は闇に閉ざされ、昼間にはひそんでいた『虫』たちがうごめき始めるからだ。

都に夜が来る。

恐ろしい、悪意の時間がやってくるのだ。



「やるぞオメェら!」

「せぇのぉッ!」


荒々しい掛け声とともに、ならず者たちがしろがねの門へと体当たりをかました。

バキッと音を立ててじょうまえだんし、門が開かれる。


「おら、入れ入れ入れ!」

「全部ぶち壊せ」

「女ァどこだ!?」


思い思いの言葉を吐き散らしながら、気焔流の門下生たちが家へとれ込む。

その数はおよそ三十。

一人を除いて、全員が木刀を握りしめていた。


『殺人上等』

『天誅御免』

『気炎万丈』

『撲殺日和』

『死屍累々』

『八つ裂き』

『病老死苦』

…………

……


物騒な言葉が刻まれた木刀を手に、えんりゅうのならず者たちは屋敷の家具や壁を叩き壊し、気に入ったものがあればふところに収めた。

それは、まるで戦に負けた土地を襲うりゃくだつしゃたちのようであった。


「いやっほぅ! 屋敷一つまるまるぶち壊してイイなんて、楽しすぎるぜ!」


皿やガラスの割れる音。

物が引き倒される音。

破壊衝動に取りつかれたり声。


嫌な音が屋敷のあちこちから響き、混ざり合い、静かだったていないきょうらんつ。


「ん~、なかなかいい音だ」


そんな混乱にうっとりと耳を傾け、しんの着物をまとった男がニヤリと笑った。

毛をり上げたぼうあたまに、炎のように枝分かれした黒い大やけどが刻まれている。


「でもよォ、この音楽にはタンパク質が足りてねェ。あとは女子供の悲鳴が欲しいところだなァ?」


坊主頭の男は、禍山によく似た炎のような眼光をぎらつかせ、つぶやく。

彼こそがえんりゅうの実質的な指導者、さいばらやっかいだった。


「ったく、ざんも老いぼれたな。どこの馬の骨とも知れねぇ奴にられやがって……歳は取りたくねぇもんだなァ?」


いらたしげにつぶやくやっかいに、横から門下生の一人がたずねた。


「ですが、やっかいさん。本当にこの家のざんさんったんスかね?」

「あ?」

「道場にチクってきたあの男、どうにも信用なりません。俺たち、いいように利用されてるのかもしれませんぜ」

「かもな。だが、大した問題じゃねェよ」

「はい?」


やっかいは邪悪な笑みを見せた。


られて一番困ってんのは、『主を斬られたまま犯人を放置してたら、えんりゅうが世間にナメられちまう』ってことだ。だから、まずはとりあえずの犯人でっちあげてでも、残酷に処刑して見せしめねぇといけねぇ」

「そ、それでもし……アテが外れていたら……?」

「その時は、マサとかいう奴もぶっ殺せばいい。真犯人に行き当たるまで、目についた奴をぶち殺していけば、いつかは向こうからを出すだろうよ」

「む、無茶苦茶な……っ!」

「あ˝? 無茶苦茶やってこその気焔流だろうがよォ?」


やっかいは舌打ちすると、門下生に右手を向けた。


「ひっ……」


門下生の顔が、恐怖に歪んだ。

厄海の手に、小さな金属の塊が握られていたからだ。


ってる奴ァ……死ね!」


空気を弾くような破裂音。

と同時に門下生のがいが爆裂し、のう漿しょうが辺りに散らばった。


「ご……げ……ッ!」


頭をえぐられた門下生はその場にくたくたと倒れ、動かなくなった。


「半端なワルは、えんりゅうにはらねぇんだよ」


やっかいはぼやきながら、飛び出したのう漿しょうを指ですくい取り、くちゃくちゃとしゃくした。


「やっぱ、男のはぃな」

「や、ヤベェ……やっかいさん、やっぱヤベェよ……」


余計なことをすれば、次は自分の番かもしれない。

そういう緊張感が、場を支配していた。


「ちっ、弾ァ一個、無駄にしたぜ」


手を振るうと、厄海のわざものは着物のそでへと消えた。

やっかいぜんとする門下生たちをひとにらみした。


「おら、奪われたつちの妹を探せ。『虫斬り雹右衛門』とやらの前で、バラバラにして遊ぶんだからよォ……」

やっかいさん!」

「あ?」


屋敷の中を探していた門下生が、やっかいを呼んだ。


「どォしたァ?」

「それが、みょうな地下室を見つけまして」

「地下だとォ……」


やっかいが屋敷の奥に進むと、ぶつたたみが外されて壁に立てかけてあった。

その下に、地下へと降りる階段が続いている。


「何だこりゃア? なんでこんなチンケな屋敷に、かくぐらなんてあるんだァ?」


門下生たちをひきいて階段を下りながら、やっかいはぼやく。

階段は、思ったよりも深い。

現代建築の常識を当てはめるならば、地下三階から四階に相当するだろう。


くだっていったその先に、空間の広がりがあった。


「あ˝?」


そこには、小さな道場が開けそうな広さの地下室が広がっていた。

持ってきた明かりをかざすと、地下室の奥にざされた門がある。


「女はこの向こうか。きのきょに用意したモンじゃなさそうだが……」


やっかいは地下室の奥まで進むと、てつもんに手をけた。

しかし、押しても引いても門はびくともしない。

厳重に鉄のじょうがかけられているのだ。

門下生たちにちからずくでかからせても、とても開かないだろう。


「ち。これだと追いようがねェな」


しかし、やっかいらくたんした様子はまるでない。


「まあいい、こもってやり過ごそうってんなら、近所の人間一人ずつさらって来て、ここで血祭りにあげてやる。向こうから出て来るまで、悲鳴を聞かせ続けてやろうじゃねぇか……」


やっかいの顔が邪悪にゆがんだ、その時。


「ギャアッ!」

「…………あ˝?」


上から聞こえてきた悲鳴に、やっかいは降りてきた階段を振り返った。


「どうしたァ!?」


連れてきた門下生たちの大半は、まだ地上で家探しをしているはずだ。

何かがあったなら、誰かが状況を説明しに降りてくるはずだ。


そう思って階段をにらんでいると、足音がした。

こつん、こつん、こつん、こつん……


階段を、誰かがゆっくりと降りてきている。

その足取りは一歩一歩、落ち着いているように聞こえる。


「誰だ……?」


やっかいは、袖にんだわざものに手をやりつつ、階段をにらんだ。


「や、やっかい……さん…………」


フラフラと階段を降りてきたのは、門下生の一人だった。

彼は自分の身体を抱きかかえながら、ぶるぶると震えている。

夏だというのに、まるで凍えているかのようだ。


「寒い。火を……誰か、火を……」


階段を降りきると、門下生はばたりとその場に倒れ、動かなくなった。

うつぶせになったその背には、白くしもが降りたような跡が残っている。


「これァ……むくろと同じ傷か」


他の門下生たちが恐怖する中、やっかいはペロリと舌なめずりをした。


「『虫斬り雹右衛門』とやらのお出ましかァ」


がさをかぶった男が、ゆっくりと階段を降りてきた。

その手には濡れたが握られ、はくえんを周囲に放っている。


「お前が頭か」


かさの奥に光る月光のようなまなしが、迷わずにやっかいを刺した。


「おうよ。ってか、上には門下生をたっぷり置いてきたんだがなぁ? アイツら、どうしたよ?」

「全員斬った。人の屋敷をらすシロアリどもを生かしておく意味はない」

「かははっ、若ェくせになかなか気合入ったこと言うじゃねェか。気に入ったぜ」


やっかいは余裕のみをくずさない。

しかしその裏では、別のことを考えていた。


「……やべぇな、コイツ。を斬ったってのも、どうやらマグレじゃねぇらしい。かずだのみで殺るのはきびしいな……」


心の中で考えをめぐらせながら、やっかいは策をった。

狂った振る舞いとはうらはらに、やっかいの頭は静かだ。

けんじゅつりゅうかくみのほうものたちを率いてきたやっかいにとって、凶暴な門下生も、わざものも、残虐な殺人趣味も、達人『さいばらざん』の名前も、しょせんはおどしを演出する道具アイテムの一つに過ぎなかった。


たとえわざもの使いでも、単独での武力には限界がある。

戦国が終わり、剣の達人でありながらパッとせずにくすぶっていったざんを見てきたやっかいには、そのことがよく分かっていた。


「今頃はこいつの妹を人質にしていたぶってやる予定だったんだが……しかたねェ」


やっかいは考えをまとめると、からの両手をあげた。

戦意がないことを示す、降伏の合図ポーズだ。


「……何のつもりだ」

「何って、話をしようと思ってなァ」

「『虫』と話すことなどない」

「まァ聞けよ。俺らもテメェも、あの『マサ』とかいう奴の手のひらの上でおどらされてるんだ」

「……やはり、奴か」


雹右衛門の声に、わずかに動揺が見られた。

予想通り。

やっかいはにやりと笑みを浮かべた。


「心当たりがあるみたいだな。あのさんくせェ男が、俺たちえん流にテメェのことを密告チクってきやがったんだぜ? テメェがざんを斬ったのも、どうせ奴の差し金だろう?」


やっかいは、ニヤニヤみをつよめた。


「だったらよォ、ここで殺し合っても意味がねェ。マサをぶっ殺すまで、ここは一つ休戦といかねぇか?」


「悪い話じゃねェだろう?」と、目で雹右衛門に問いかける。


「こっちは、どうじょうぬしを斬られて門下生も大勢死んでんだ。確かに俺たちはテメェの屋敷を荒らしたがよォ、人の命よりは軽いと思わねェか?」

「……」


雹右衛門に反応はない。

迷っているのだ、とやっかいは判断した。


「それでいい。迷え、迷っちまえ、クソガキが」


心の中で舌なめずりしながら、やっかいは着物の袖に腕をしまった。


「信用できねェなら、これをやるよ」


やっかいは、着物の袖に手を伸ばした。

警戒する雹右衛門をよそに、やっかいはゆるやかな手つきで、仕込んであった品を取り出した。

今さっき門下生の命を奪ったばかりの、拳銃のわざものだ。


「これが俺のわざものまたのおろ』だ。戦国期にはっちょうだけ製造された、超小型自動拳銃のわざもの、その第四号だ」


厄海は、拳銃のつかに刻まれた『四』の数字を見せると、雹右衛門の方に数歩進み出た。

そして、そのくろがねの銃身を足元に置いた。


「俺たちを信用できないなら、たんとしてあずけてやる。マサを殺った後、つちとまとめて返してくれるなら、それでいい」


やっかいは、雹右衛門に挑発的な笑みを向けた。

ここで話に乗ってこないのは、こしけだ。

場の空気を作り、相手をこちらの土俵ペースに引きずり込む。


やっかいえんりゅう頭目リーダーとして優れているのは、そういうハッタリめいた雰囲気づくりの才能だった。


「本物だぜ? 信用ならねぇなら、手に取って確かめてくれよ?」

「……わかった」


やっかいの言葉に、雹右衛門はゆっくりと業物がある場所に歩み寄る。

そして、またろち四号を拾い取ろうと身をかがめた。

その瞬間こそ、やっかいが欲していた状況そのものだった。


「馬鹿め!」


やっかいは心の中で叫びながら、空になったはずの腕を振るった。

と同時に、他の門下生たちも木刀を手に動き出す。


えんりゅうには、門下生なら誰でも知っている暗黙の常識が二つあった。


一つ目は、『さいばらやっかいは同じわざもの持ち歩いている』ということ。

二つ目は、『やっかいが敵に〝四号〟の方を見せた時は、だまし討ちのあいだ』ということ。


「テメェみたいなガキと組むわけねェだろうがァッ!」


やっかいは、すきを見せた雹右衛門にもう一つのわざものを向けた。

またのおろの七号。

やっかいの真の切り札。もういっちょうまたのおろだ。


やっかいに武術の才能はない。

その代わりに、そでに仕込んだ拳銃の早撃ちだけはこの世の誰よりも練習してきた自信がある。


「死ねッッ!」


まばたきする間もないようなせつに狙いを定めると、やっかいは雹右衛門の頭めがけてまたのおろの引き金を引いた。

破裂音が響きわたり、弾丸発射の心地よいしびれがやっかいの手に伝わってくる。


「殺ったぜェ!」


厄海は叫んだ。

しかし……


「……?」


雹右衛門は無傷だった。

冷ややかに厄海を見つめながら、その場に変わらず立っている。


「あ˝ァ?」


どうやら、弾は外れていたようだ。

二人の距離は、ほんの数歩分しかないというのに……


「この距離でフツーはずすか……?」


その時、同時に雹右衛門に襲いかかろうとしていた門下生が胸を押さえた。


「お、おえぇ!」


突然、胃の中の物をおうすると、苦しみもがきながらその場に倒れた。


「お……ッ!?」


続いて、別の門下生が白目をいて倒れた。


やっかいさん、変ですぜ! 何だか、息が苦しく……」


そううったえた門下生は、頭を押さえてその場に倒れた。


「何だ⁉ 何が起こってやがる!?」


やっかいは、めまいにふらつく頭で雹右衛門をにらんだ。

視界がグラグラとれている。

雹右衛門の姿がゆらゆらとぼやけ、三つか四つに見える。


「ぶ、ぶすでもきやがったのか……」

「そうだ」


雹右衛門はそくとうした。

その手には、はくえんただよわせながら濡れそぼるきりの姿があった。


「そ、その刀のせいか……ッ!」

きりは、周囲の空気をむしばむ。風通しの悪い室内ならば、常人は数十秒で意識がくらみ、やがて命を落とすだろう」


その秘密は、きりまとえきたいちっにある。

窒素は大気中に最も多く存在する気体分子であり、それ自体に毒性はない。

しかし、窒素中毒と呼ばれるような現象は存在する。


スキューバダイビングにおける高圧下での窒素吸入はめいていのような症状を引き起こすし、液体窒素をうんぱんする際のミスで作業者が死亡する事故も起きている。


現代においてなお、危険。

科学の未発達なはらにおいて、きりはまさにようとうであった。


「畜生がァ……ッ!」


厄海は、こんだくした意識の中で思い出す。

たしか、階段を降りてきた時点で雹右衛門はきりを抜いていた。

あれはただ武器を抜いて警戒していただけではなかったのだ。


「テメェ、話を聞くフリして、時間稼ぎを……最初から全員を殺す気で……!」


厄海は、憎しみのこもった眼で、雹右衛門をにらんだ。

そしてもう一度、またのおろの引き金を引く。


「死ねェ!」


今度は絶対外さない。

そう願って放たれた弾丸は、雹右衛門の振るったきりに弾かれて地面に転がった。


「弾丸を、斬った……!?」

ざんにもできたことだ。おれにできないはずがないだろう」

「この……人でなし、が……ッ!」


やっかいは、あわを噴いてその場に倒れた。

胸を押さえてもがき苦しむ姿を見下ろし、雹右衛門は冷ややかにつぶやく。


「人でなし? 家に出た害虫を駆除しない人間が、どこにいるというんだ?」



やがて動かなくなった気焔流たち全員の絶命を確認すると、雹右衛門はきりのうとうした。

彼自身は、幼き日からの鍛錬と呼吸法により、高濃度窒素をすでこくふくしているのだ。


「待っていろ、雪路。今開ける」


雹右衛門は地下室奥の扉に手を掛けた。

その門は、雹右衛門が設計・製作した唯一のわざもの

名を、『天岩戸あまのいわと』という。

今回のような非常時に、雪路が逃げ込み逃れるための避難所シェルターだ。


門は完全に密閉されているから窒素の影響はないし、鍵を開けば自動的に換気かんきされるように設計してある。

もしこの門の前を固められたとしても、地下道を通じて都のあちこちに設置した『うし』から逃れることもできるし、一年程度なら中で暮らせるだけのちくもある。


幼い日の悲劇を二度と繰り返さないための絶対安全の防御装置。

それが天岩戸あまのいわとだった。


雹右衛門はその鍵を取り出し、鉄門の鍵穴に差し込もうとした。

この鍵を正しい作法で鍵穴に差し込まない限り、この門が外側から開くことはない。


「雪路、怖い思いをさせたな。すぐ迎えに行くからな」


雹右衛門の心が『虫斬り』から心優しい兄に戻りかけていた。

その時。


「掃除がまだんでいないんじゃないですか、雹右衛門先生?」

「……っ!」


背後から聞こえた声に、ゆっくりと雹右衛門は振り返る。

声の主は見当たらない。

どうやら、地上の声が階段を反響して響いてきたようだ。


「……すまない。もう少しだけ待っていてくれ、雪路」


完全防音のいわげると、雹右衛門は階段に足をかけた。


「すぐにませてくる」


鍵をふところにしまい込むと、雹右衛門は足早に階段を駆け上った。

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