第4話 幕府 -Shogunate-
軽い天気雨が都を洗っていた。
この時期の雨は粒も軽く、すぐに
それに、もともと暑い夏の日だ。
だから町を往く人々は雨足の強いひとときだけ雨宿りをしてやり過ごすか、多少の雨は無視して普段の生活を続ける。
わざわざ傘を持ち歩いて差すのは、よほど濡れるのが嫌な人間か、もしくは
「ごめんください。
「はーい、ただいま参ります」
「いや、いい。おれが出る」
「お知り合い?」
「そんなところだ」
雹右衛門は、工房から刀を二本手に取った。
そして、
「ちょっとお客と外に出てくる。さっきも言った通り、今日は早くに上がって、戸締りはしっかりとするように」
「はい、兄さま。行ってらっしゃい」
「行ってくる、雪路」
雹右衛門は雪路に微笑みかけると、
「どうも、雹右衛門先生」
ニコニコと笑みを浮かべて会釈した相手を、雹右衛門はにらみつけた。
雪路には一度も見せたことのない、冷たく鋭い眼光だ。
「ここには顔を出すなと言ったはずだ」
「いやあ、面目ない。早めに伺った方がよいと思ったものですから」
笑みを崩さないまま男は町に向けて歩き出した。
歩きながら話そう、ということらしい。
雹右衛門は何も言わず、男の後に続いて屋敷を後にした。
「いやあ、暑いですなぁ。先生はそんな厚着で、暑くないんですか」
「火を入れた
「はっはっは。剣豪と斬り結ぶぐらいでないと、汗一つかきませんか」
時折、
雹右衛門は、男の名を知らない。
知っているのは『マサ』という通称と、幕府の『
「それにしても流石ですな、『虫斬り雹右衛門』先生。まさか、あの
「勝てると思って、奴を斬るよう依頼したのだろう?」
「もちろんですとも。ただ、
「……」
「めでたいことですよ。この時代に、
マサは、まるで恩人の
「……
口にこそ出さなかったが、雹右衛門はそう思う。
マサからは、『虫』とはまた異なった悪意の気配がした。
「忘れぬうちに、品は渡しておく」
雹右衛門は、
「はい、確かに受け取りしました。
「……それより、この
「ご安心を。むやみに平和を乱すことが無いよう、来たる日まで将軍家の
「なら、いい」
雹右衛門は小さく頷いた。
このやり取りこそが、『
人を争いに駆り立てる
「
受け取った
「
「……だが、野放しにしておくには危険すぎる。罪のない人が、
「その通り。ですから、
幕府は登録制度を
『壊さないこと』
『複製せぬこと』
『人を斬らぬこと』
この三原則を破った場合、登録者は即座に
その
「ところで」
雹右衛門は足を止めた。
「その辺をウジャウジャしているのは、そっちの手下か」
「おや、分かりますか」
「日頃から鉄の静けさに慣れていると、生き物の気配はやかましく感じるんだ」
「お気に
忍び、と。
マサはこともなげにそう言った。
「お互い気を付けるとしましょう。
「始末するのか」
「ええ、もちろん。彼らがまだ組織の形を保っているうちに、まとめて処理するのがよいでしょう」
マサはにこりと笑うと、雹右衛門に一礼した。
「先生には近々『大仕事』をお願いしたいと思っております。くれぐれも怪我無くお過ごしくだされ」
「大仕事……?」
「まだ未確定の案件です。また後日、改めて」
「……承知した」
雹右衛門は、深々と一礼した。
マサは
雹右衛門たちは、幕府に巨大な恩があった。
「では、失礼する」
雹右衛門は分かれ道で横に曲がり、マサと別れ去っていった。
その背を見送りながら「さて、はじめるか」と、マサは小さくつぶやいた。
「おい」
「はっ、お呼びでしょうか」
マサの声に
その辺を歩いているような
本物の忍びとは、そうと分からないような姿をしているものなのだ。
「これを城に届けるように。筋書きに変更はないから、予定通りに」
「
好奇心でマサが物陰を覗き込むと、そこにはもう誰もいない。
「おお、相変わらず煙のように消えおる。こんな者たちの存在に気付けるとは、さすがは雹右衛門先生だ」
マサは楽しそうに手を打って喜んだ。
しかし、その目だけは冷たく、どこか別の場所を見ているようだった。
「では早速、
つぶやくと、マサは再び歩き出した。
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